162◇最後の四天王
最近、僕の執務室には結構人が来る。
僕が招くこともあれば、急に人が訪ねてくることもあった。
今日の来訪者は前者。事前に約束をしていた。
「失礼する、参謀殿」
「えぇ、どうぞアガレスさん」
燕尾服めいた衣装を身に纏った、二十代後半ほどの男性。後ろに撫でつけられた銀髪と、額の両端から生えた山羊のような角が特徴的な、魔人だ。
四天王の一人であり、【時の悪魔】の異名をとる魔物でもある。
いつもキリッとしていて、冷静沈着な男性という感じ。
突如参謀に抜擢された僕にも丁寧に対応し、色々と気を遣ってくれる紳士でもある。
ただ……。
「こんにちは、アガレスさんっ」
参謀秘書こと犬耳亜人のカシュが、ほわほわした笑みで客人を迎える。
「あぁ、カシュ嬢。今日も元気そうでなによりだ。おぉそうだ、よければこれを受け取ってくれるだろうか。ご家族と一緒に食べるといい」
アガレスさんが取り出したのは、様々なクッキーの詰め合わせだ。綺麗な箱に、クッキーが沢山入っている。
「……! いつも、ありがとうございます。でも、いただけません」
魔王城の魔物さんに大人気のカシュは、しょっちゅう色々と貰ってくる。アガレスさんは中でも、よく差し入れをしてくれるようだ。
「気にすることはない。手土産だ、参謀殿の分も当然ある。君の分を用意しても、別段おかしくはあるまい?」
カシュがちらり、と僕を見た。
「カシュが嫌じゃないなら、受け取っていいと思うよ」
ごくり、と唾を飲むカシュ。彼女はクッキーが大好き。姉も弟妹もだというから、ほんとは嬉しいのだろう。
「で、では。ありがとうございます、アガレスさん」
箱を大切そうに抱え、にぱっと笑みを咲かせるカシュ。
アガレスさんは身体を震わせ、天を仰いだ。
それから深く息を付き、微笑する。
「気にする必要はない。幼い身空で苦労も多いだろうに、君はとてもよくやっている。直接の上司でなくとも、労いたくなるというものだ」
褒められて照れるカシュ。
「あ、お茶をお持ちしますねっ」
とてとてとお茶の準備に向かうカシュ。
その後ろ姿を眺めているアガレスさんに、僕は声を掛けた。
「どうぞ、掛けてください」
「あ、あぁ。いやしかし、カシュ嬢は本当に素晴らしいですな。家族の為に懸命に働く姿には胸を打たれるものがある」
「えぇ、本当に。働き者で、助かってます」
「彼女に手を差し伸べるとは、参謀殿の懐の深さには感服するばかりです」
「誘ったのはミラさんですよ」
「その点に関しては、やつの判断を称賛すべきでしょうな」
「結果的に、僕もよかったと思ってます。パーティーを抜けて落ち込んでいた時、カシュのおかげで元気をもらっていたので、少しでも助けになればという思いもあったんですが」
「素晴らしい。私もかつて魔王様にお声掛けいただいたことで、生きる意味を見つけたものです」
彼の忠誠心の始まりは、そこかもしれない。
幼い者への庇護欲的なものが先にあったのか、魔王様をきっかけに芽生えたのか少し気になるが、尋ねないでおく。
「出逢いが人生を好転させることは、ありますよね」
僕の場合、カシュもそうだし、ミラさんや師匠……あとフェニクスなどなど、幸運な出逢いに恵まれた。
一つでも欠けていれば、今には辿り着けなかったかもしれない。
「えぇ、まったく」
深く頷くアガレスさん。
「あ、そういえばクッキーありがとうございます」
「よいのです。童女の微笑みが見られたのだから、安いものです」
「……あはは」
まぁ、僕もカシュの笑顔が見たくて果物を買っていた部分があるし。
それに、アガレスさんは本当に良い人なのだ。
まぁそもそも危ない人を魔王様が雇い、側近にするわけがないのだけれど。
若干言動に不安を覚えることがあるだけで、優秀かつ善良な人なのである。
「それで、相談があるとか」
「えぇ、ですがまずは……」
しばらくしてカシュが運んできたお茶を、一啜り。
「申し訳ないのだが、カシュ嬢。参謀殿と二人きりにしていただけるだろうか?」
アガレスさんがそんなことを言うのは初めてだ。なんなら僕と話している時でもカシュを見ているくらいなのに。
カシュは納得したように頷く。
「ひみつかいぎ、ですね……」
ふっ、と彼は表情を綻ばせた。
「あぁ、そのようなものだ」
「はいっ! それではさんぼー、わたしはすぐとなりのへやにいますので」
「うん、終わったら声を掛けるよ」
キリッとした表情を作ったカシュが、速やかに退出する。
それを確認してから、僕は首を傾げる。
「秘密会議なんですか?」
「子供の夢を壊すのは忍びないと思いましてな」
「夢?」
「彼女は、参謀殿を始め全ての魔物が、侵入者を全滅させんと知恵を絞り、防衛に赴いていると思っているのでしょう? そうではない者がいると、知られたくないのです。エゴかもしれませんが」
「……話を伺っても?」
アガレスさんは、準備していたようにそれを口にした。
「私はやつらに勝てないでしょう」
やつら、というのは冒険者達か。
「そんなことは――」
「よいのです、参謀殿。もちろん、諦めるわけではありません。これはそういった話ではない」
……彼の言いたいことは、分かる。
「エアリアルさん、ですか」
彼が頷く。
「あれは、次元が違う。四大精霊契約者ということに加え、当人の戦闘能力も凄まじい。人類最強の異名も誇張ではないでしょう」
「それは、えぇ、そう思います」
「第八層戦を見て、確信致しました。彼の者は、あのフルカス殿が直接戦闘を避けるほどの強者」
フルカスさんは強い。
武技だけならフェニクスを上回るだろう。
それでも、戦えばフェニクスが勝つ。
そして、エアリアルさんはその武技でもフルカスさんとやり合える実力がある。
そこに加え、魔法技術と威力も群を抜いている。
世間では、エアリアルさんをこう呼ぶ者もいるくらいだ。
――世界最強、と。
そんな子供の夢みたいな単語を当てはめても、笑われないのがエアリアルという勇者なのだ。
「ですが、我々は負けるわけにはいかないのです。何人も、第十一層を汚すことは許されない」
「はい」
勧誘してくれたのはミラさんで、雇ってくれたのは魔王様だ。
きっちりと、仕事で報いたい。
魔王城は、攻略させない。相手が誰であっても。
親友であっても、憧れの大先輩であっても、それは変わらない。
「だが、気持ち一つでは変えられぬ現実があるのも事実」
単騎で勝利をもぎ取るだけの強さが、エアリアルさんにはある。
フェニクスが第十層でフロアボスと副官をことごとく退場させたシーンを見れば、四大精霊契約者がめちゃくちゃなのは分かるだろう。
「つまり、相談というのは」
「えぇ、第十層に繋ぐ為の戦いについてです。情けない限りですが――」
「いえ、そんなことはありませんよ。僕らは魔王城の仲間なんだから。全員で勝てば、それでいいんです。むしろ、信頼してもらえて嬉しいです」
だってそうだろう。
敵の全滅ではなく、数を減らすことに注力する。
突破される前提で、第十層の者達が少しでも有利に戦えるよう動く。
それはつまり、第十層でなら敵を全滅させられると考えてくれているということだ。
勝ちを託すだけの価値があると、考えてくれているということ。
「なんでも言ってください。協力は惜しみません」
「……ありがとうございます」
「参謀ですから、仕事の内ですよ」
「そうであったとしても、貴殿に感謝を」
「では、受け取っておきます。――それじゃあ、防衛についてですけど」
「えぇ、ご相談したいのは私の魔法が最も刺さる相手についてです。こういったことは参謀殿が詳しいと耳に挟みまして」
「あ、はい。まぁ、冒険者には詳しいと思います……」
そんな風に、僕らの話し合いは続いた。
敵の残り人数、想定される復活権の対象、誰をどう狙うべきか。
アガレスさんは勝てないと言ったが、それは本気を出さないということではない。
本気で勝ちに行くが、勝ちの目が薄いことを理解し、次に繋ぐ為に戦うことを第一とするということ。
第九層戦開始が、近づいてきていた。




