156◇最強冒険者集団と最高難度ダンジョンの攻防
第六層・水棲魔物と『深海』の領域。
元々の第六層は、海のフィールドに砂で出来た通路が敷かれ、その上を進んでいくもの。
海中からは人魚や魚人、水棲生物の亜獣が冒険者を狙う。
また、通路は迷路のようになっており、魔物襲撃に対応しながら正しい道を選ぶのは難しい。
もし失敗すれば、最悪行き止まりで背後を魔物に突かれ、周囲も海なので逃げ場なしとなる。
今回、それが大幅に修築された。
最も大きな変化は、通路回り……と表現して正しいものか。
フィールド全体、と言うべきかもしれない。
これまでは海の上に敷かれた砂の道だったが。
新しい第六層は海の中に通る砂の道という形。
前に一度行ったことがあるのだが、あれだ、水族館みたいな。それも、床以外がガラス張りになったトンネル型の通路をイメージすると近い。
まるで海の中にいるような感覚を味わえる水槽ならぬ、実際海の中にいるダンジョン。
冒険者達は全方位を警戒せねばならなくなった。
逆に水棲魔物達は、全てが海になることによってあらゆる方向から冒険者を攻撃出来るようになったわけだ。
更にエアリアルさんの『空間把握』に対応すべく、冒険者達が分かれ道を進むその時まで、通路を水で塞ぐシステムを構築。
先んじて風の通り道を読もうとしても、その時点では通路は水で塞がれているので『正しい道』を導き出すことが出来ないというわけだ。
魔物マニアであるフロアボス【水域の支配者】ウェパルさん考案の進化したステージ。
だが、結果から言えば、脱落者を出すことは出来なかった。
功労者は、主に五人。
まずエアリアルさんとユアンくんの二人が、通路と水の境界面に空気の壁を展開。
それによって全方向からの不意打ちを遮断。壁を破壊するという手順を経なければ冒険者に手が出せず、それを果たす頃には迎撃態勢が整えられてしまう。
もちろんこれは想定内。長い長い通路を進む過程で、二人の【勇者】は絶えず魔力を消費し続ける。それだけでも充分過ぎる戦果。
予想外だったのは、レイスくんと――復活したヘルさんの動き。
二人は自分から通路の外、つまり海中へと飛び込んだ。
レイスくんは海側から正しいルートを探る為、ヘルさんは水棲魔物と戦う為。
これに第六層の魔物は掻き回された。
レイスくんは水魔法の応用で身体の周囲に水の入り込まない空間を作っていたが、ヘルさんは素潜り。
その状態で魚人を叩き潰し――海中なのに拳を振り抜いて魔物を破裂させてた――巨大な蛸やイカの亜獣の足一本一本を退場するまで引き抜いたり、武器を持った男性人魚に囲まれながらこれを全滅させたりした。
正しい通路を探るレイスくんの前に現れたのは、【海の怪物】フォルネウスさん。
高層の建造物ほどのサイズを誇る鮫の亜獣であり、人語を解する魔物。
レイスくんは風魔法や水魔法で迎撃するが、フォルネウスさんはものともせず彼に接近。
その巨大かつ鋭利な歯でレイスくんを噛み千切らんと迫った。
それを、横から殴りつける者がいた。
フランさんだ。
彼女はレイスくんが襲われるとみるや仲間の張った空気の壁を破壊して海に飛び込み、右の巨腕で水をグングンと掻き分けてフォルネウスさんに肉薄、そのまま殴りつけた。
大波でも起こりそうなほどの衝撃が生まれ、フォルネウスさんの半身が跳ねるように揺れた。
が、彼は僕の師匠が現役だった時代から魔王城に務める者。強者も強力な攻撃も慣れたもの。
すぐさま頭を振り、拳を振るった直後のフランさんを――食べた。
しかしこれは、本来は噛み砕こうとした一撃だった。
それをフランさんが咄嗟の機転で水を掻き、前に進むことで回避。
つまり、自らフォルネウスさんの体内に入ったのだ。
いかに頑強な生物でも、体内はそうはいかない。鍛えようのない部分というものが、ある。
ごうんっ、ごうんっ、と海が鳴いた。違った。フランさんが体内からフォルネウスさんを殴っている音だった。
彼はそれでも、自ら大量の水を飲み込むことでフランさんを溺れさせようとした。あるいは吐き出そうとしたのかも。どちらにせよ、上手くいかなかった。
レイスくんに、口の周りを氷結されたのだ。
【湖の勇者】は幼馴染を救助するのではなく、彼女ならば内側から敵を倒せると信じた。
そして、それは現実のものとなった。
フォルネウスさんの腹が弾け、そこからフランさんが脱出。
十歳の二人が、異常な攻撃力と適応力、そして信頼関係によってフォルネウスさんを倒してしまった。
いや、年齢は関係ないか。あの二人が、純粋に強かったということ。
その後フランさんを通路に戻したレイスくんは、正しい道を確認。
エアリアルさんとユアンくんが大量の魔力を消費しながら仲間を守り、フロアボスのエリアに到達。
海中を航行する謎の船団が出現したが、ヘルさん一人によって壊滅した。
フロアボス戦では、それまで魔力を温存していたスカハさんが最大出力の雷撃を放ち、配下達を打倒。
何人か退場の危機に瀕した者はいたものの、結果的には脱落者無しで突破されてしまった。
その件について、フォルネウスさんは『鍛え直さねばなりませんな』と穏やかに笑い。
美しき人魚のウェパルさんは『悔しい……何度もシミュレートしたのに、めちゃくちゃな奴ら……。いいわ、次こそは海の恐ろしさを教えてあげる』とリベンジに燃えていた。
「そういえば」
時は今に戻り、リビング。
話が一段落したところで、リリーがそう切り出した。
「第七層戦ですが、あれは驚きましたね」
言ってから、彼女は優雅にカップを口許へ運ぶ。
「……あぁ、うん。僕らも驚いたよ。知ってはいたつもりだけど、あれほどとはね……」
第七層・空と『険しき』試練の領域。
空中に道が敷かれ、鳥人を始めとした翼を持つ魔物が冒険者を襲う。
これだけならば第六層の空バージョンに過ぎないが、もちろんこの層特有の個性がある。
古き良きダンジョン攻略をコンセプトとした第七層は、トラップあり、謎解きあり、理不尽なリセットあり――スタート地点に戻されるやつ――となっている。
それと、通路から落下すると――厳密には、通路のある位置より下に身体の一部が達すると――その人物は永遠の落下を強いられ、棄権することでしか解放されない。
謎解き関連で落下した場合は例外で、スタート地点に戻されるという措置がとられる。
第二層攻略で獲得した復活権で、ユアンくんを。
第四層攻略で獲得した復活権で、ヘルさんを。
それぞれ復活させた冒険者集団。
「私達があれだけ苦労した第七層を、いとも容易く攻略してみせるとは……」
第六層攻略で獲得した復活権では――マルグリットさんを復帰させた。
ヘルヴォールパーティーの【召喚士】で、大商会のお嬢さん。
柔らかい物腰、優しげな微笑、真面目でありながら、衣装替えの為とはいえ一瞬全裸になることもいとわない大胆さも備える、清楚な感じの女性。
彼女は契約した生物だけでなく、己の所有物を召喚することも可能。
その時々に適した装備を呼び寄せて戦う、珍しいタイプの【召喚士】だ。
そんな彼女だが、その知的な容貌に見合う知性を備えており、これが第七層に刺さった。
フロアボス【雄弁なる鶫公】カイムさんが嬉々として、時に長く悩みながら生み出した謎の数々を、彼女はポンポンと手際よく解いてしまったのだ。
『「天の流した涙が伝い落ちるは、地に縛られた者が頂と空想する……」――あぁ、ではヘル姉様、三番と五番を破壊してください。はい、山のオブジェを破壊すれば先に進めるようです。え? 二番は山ではなく古代の墳墓ですし、七番は丘です。丘と山の違いですか? 定義は曖昧なのですが、七番の丘の横にある建造物は実在するものでして、そこは地域住民に丘と呼ばれているので除外していいでしょう』
とか。
『「天に問うまでもなく、己が救われると思う者は前へ。資格なき者は……」――分かりました。レイス様とフラン様のみ、あちらの門をお通りください。ユアン様は……私共と同じ場所へ』
とか。
『「今日より良い明日を求め、十日を生きよ……」――分かりました。これから魔物が出現します。私が指示を出しますので、その通りに退場させてください。勢い余って倒しすぎてはいけませんよ、ヘル姉様』
とか。
『「時の針を止め、強引に戻……」――分かりました』『「裁きを……」分かりました』『分かりました』『分かりました』『分かりました』……という感じで、マルグレットさんは謎を見つけるとほぼノータイムで解決方法を見つけてしまうのだ。
ちなみに、最初のものは番号の振られた九つのオブジェと謎の示された石版があり、正しく動かさなければ先へ進めないもの。
文を全部読むと、何かを動かすか、破壊する必要がありそうだと分かるのだが、詩的な表現に満ちた長い文章を読むと、なにがなんだかよく分からなくなってくる。
正解は『山を壊せ』だ。引っ掛けで実在の丘も混ぜてあったりした。
二つ目は有名な伝承にある門をモチーフにした問題で、ざっくり言うと『無垢な子供は適性を確かめるまでもなく天国へ行ける』というお話だ。
そこまでは割りと知っている人が多いのだが、実はそのエピソードに出てくる『無垢な子供』は身長まで判明しているのだとか。
つまり、これまた長く詩的な文章を正しく解釈すると、『伝承に出てくる無垢な子供の身長より背が低い者は門をくぐり、そうでないものは待機せよ』となる。
だいぶ知識が問われる問題だ。
三つ目はタイマーの設置された限られた空間に魔物がぽつぽつと降り立つのだが、適当に倒すだけだと失敗扱いになる。
タイマーは一度切れるとリセットされ、またカウントが始まる。
カウントダウンの回数は十回で、正しい攻略法は『一度目に倒した魔物の数より、二度目に倒す魔物が多くなるようにする。二度目に倒した魔物の数より、三度目に――』と十度目まで繰り返すこと。
ちょっと意地悪なのは、途中でフィールド上の魔物だけだと足りなくなるので、周囲を飛行する魔物も倒す必要があること。
こんな具合に通常ならば長い時間が掛かりそうな第七層を、マルグレットさんのおかげでスピーディーに攻略されてしまったというわけだ。
もちろん、魔物との戦いなど力が必要な場面も多く、他のメンバーにも活躍の場はあった。
謎解きに貢献出来たのは、レイスくん、【狩人】スーリさん、【魔法使い】ミシェルさんくらいのものだったが。
ただ、エアリアルさんは敢えて口を挟まないようにしているようにも思えた。
ちょっとしたピンチはありつつも、そうして第七層は攻略されてしまったのだ。
カイムさんは『中々の頭脳……しかし悔しいものですな』と、マルグレットさんを認めつつも、防衛失敗に己の力不足を感じてるようだった。
……いや、問題はちゃんと難しかったです。
謎解き系は、意外と視聴者受けもよかったりする。
クイズ番組などの、『テレビの向こうのあなたも一緒に考えてみましょう』的なあれと同じ感じに受け取られるのだろうか。
最近では珍しいので、それもあるだろう。
戦闘能力だけでは切り抜けられない戦いというのが、新鮮に映るのかもしれない。
「確かフェニクスパーティーでは、主にリリーさんとフェニクスさんが謎解きを担当されていましたね。ベーラさんの自由な発想も見事でした」
ミラさんが言う。心なし、先程までより言葉が柔らかい。
「ありがとうございます。とはいえ、反省の多い攻略でした」
フェニクスは微笑と共に答えた。
「森暮らしが長かったものですから、外の世界には興味がありまして。色々と調べるのが趣味のようなものなのです。意外な形で役立てることが出来ました。とても時間は掛かりましたが……」
リリーは確かに、知識の吸収に貪欲だ。
ただ謎解きには柔軟な思考も必要。
フェニクスが僕を見た。
「魔王城は、私達が挑んだ時よりも難度が上がっているね」
「レイド戦仕様だ。お前とリリーもその範疇ってことにしよう」
第十層に辿り着く者がそうそう現れるとは思えないが、現れる度にこの二人を呼ぶわけにもいかない。フェニクスパーティーは多忙だ。
「君が助けを求めるなら、私はいつでも応じるよ」
「いい、いい。大丈夫。仲間には困ってない。今回だけでいいよ」
「あはは」
フェニクスは笑った。
そのタイミングで、僕とフェニクスの腹が、同時に鳴る。
気づけば結構な時間になっていた。夕食時。
「お夕食、今から作りますね」
「あ、うん。ありがとう」
「よろしければ、お二人もどうですか? ……実は人数分材料を買ってしまっているのですが」
「そういうことでしたら、是非」
「で、ではわたくしも……お邪魔でなければ」
フェニクスとリリーの返事を聞き、ミラさんはニッコリ微笑んだ。
「お手伝いいたしますか?」
「あら、ありがとうございます。リリーさんは、料理をされるのですか?」
「旅の道中で、料理が出来るのはわたくしとラーク、という具合でしたので。お邪魔にはならないかと」
ミラさんの身体が揺れた。
「……! で、ではリリーさんの手料理を、レメさんは何年も?」
リリーが焦る。くせ毛がパタパタと忙しなく動いた。
……昔から気になっているんだけど、感情に呼応してるよね? 髪の毛が。どういう仕組みなのだろう。それとも錯覚だろうか。
「い、いえ、レメ個人に振る舞うということはなく、仲間全員の食事を用意しただけで……」
メラメラと、ミラさんの周囲から炎が揺らめいているように見える。
「是非一緒にお願い出来ますか? ……それとレメさんの好みの味や料理をご存知でしたら、言い値で情報を買わせていただきます」
「い、言い値……? あの、いえ、どうでしょう……。メンバーそれぞれ、なんとなく反応のよかった料理というのはあったかと思いますが。アルバでしたら、アレは大きい肉があればそれで満足という単純な男なのですが」
「レメさんの情報はいくらですか?」
僕は具体的にこの料理が好き、というものがあまりなかったりする。ミラさんの料理は全部美味しいので、いつも美味しいと答えているのだけど、彼女が知りたいのはそういうことではないようだ。
「金銭を要求しようなどとはっ。料理しながら思い出してみようと思うのですが、それでよろしいでしょうか」
ミラさんがうふふ、と微笑んだ。
「私、貴女のことを誤解していたかもしれません」
少し二人の距離が縮まった、かな。
胸を撫で下ろし、ふとフェニクスを見ると、笑っていた。
「なんだよ」
「いや、別に」
「言えよ」
「彼女のことを大切に思っているのだね」
「やっぱりそれ以上言うな」
こいつと恋愛の話をする気はない。
相談すれば真剣に応じるだろうが、そんなことは関係なしに言いたくない。
こういう時は話を変えるに限る。
「それより、ちゃんと考えてあるのか?」
「ん? ……あぁ、彼のことだね。君の話も聞いて、私なりに答えは出せたよ。これなら、彼の目を覚まさせることが出来ると思う」
「ふーん、そうなった時、勝てるのか?」
これは疑っているのではない。
焚き付けている、とでも言えばいいか。
フェニクスも分かっているのか、楽しげに応える。
「私は負けないさ。最後には必ず勝つ。君にもね、レメ」
「ふぅん。楽しみにしとくよ、どっちもな」
女性陣が和やかに料理する中、僕らはしばらくくだらない話を続けた。
あ、お皿を出したり後片付けしたりは、やらせていただきました。
そんなこんなで、その日は四人で食事を摂った。
第八層攻略は、目前に迫っている。




