144◇君と僕の○○○○関係
ミラさんは、出会ってから今日までずっと、僕の味方でいてくれた。
でも、味方だからと言って、それで全てが気にならなくなるなんて、人間の心はそこまで都合がよく出来ていない。
驚きはしたが、同時に腑に落ちる。
「……前にエアリアルさんと逢うって話した時、事情があるから一緒には行けないって言っていたけど。その事情が……これだったりするのかな」
ミラさんは驚くように目を見開いてから、微苦笑した。
「……実は、そうなのです。レメさんが活躍されるほどに焦燥感が募り……その、自分には並んで歩く資格がないのではと悩むようになり……。もちろん一緒にいられるのは幸せなので、隙あらばお話したいとも思うのですが」
「う、うん」
面と向かって幸せとか言われると、反応に困ってしまう。
魔王城にいる時は、空いた時があればよく話す。
家にいる時もだ。
だから多分、彼女が言う資格とは――。
「貴方が、そんなことを気にしない人だというのは分かっているのです。だから、私の事情なんです」
相手がどう思うかではなく、自分でそれに納得出来ない。許せない。
そういう気持ちを、僕は否定出来ない。
僕だって、自分の実力が不足していると思えばフェニクスパーティーを自発的に抜けていただろう。
僕とあいつは友達だけど、同じ道を選んでおいて自分が相手に大きく劣るなら、悔しくて情けなくて、とても一緒にはやれない。対等な仲間ヅラして、並んで歩くことを自分に許せない。
「その……どんな分野でも、実力が開きすぎると話が合わなくなるでしょう?」
少し違うが、精霊と契約していない者には、精霊との関係性というものがよく分からない、みたいなものだろう。
あるいは僕で言うと、普通の【黒魔導士】に黒魔術は理解出来ない、という感じかもしれない。
スタート地点が同じ、一つの分野・職種があったとして。
そこに属する全ての人間が共感出来るものがあるとすれば、それは極初期に味わう苦労や喜びなどだろう。
その道を極めた者の苦労を、初心者が理解することは難しい。場合によっては、何を言っているかさえ分からないなんてこともあるに違いない。
良い悪いの話ではなく、そういうことがある、というだけの話。
「貴方が悩んでいる時、貴方が喜んでいる時、それが何故なのか、どういうものなのか、理解出来ない程に離れてしまうことが、私は恐ろしいのです」
彼女が危惧しているのは、それか。
魔物として、戦う職業の者として、僕と致命的なまでに距離が出来てしまい。
同じ舞台にいるのに、別の生き物のような隔たりを感じるようになること。
そんなことはないよ、と言うことは……出来ない。
「それに……こんなことを言うのはおこがましいかもしれませんが……」
「なんだい?」
躊躇いを見せたが、彼女は最終的に口を開いた。
「く、悔しいではないですか。私はレメさんを尊敬していますし、手伝えることがあればいくらでも手を貸したいと思います。でも、私も魔物なのです。仲間だからという理由で競争心を捨てられるほど、私は出来た人間ではないのでしょう」
「…………」
「ご、ごめんなさい。よく分からないですよね、すみません、変な話をして」
彼女が顔の前でパタパタと手を振る。今自分が吐き出した言葉を、かき消そうとするみたいに。
「いや、そんなことないよ。僕は今、うん、すごく喜んでる。感動してると言っていい」
「……え?」
本当だった。
胸が震えている。
「僕が、フェニクスのことをライバルだと思っていると言ったら、笑うかい?」
「ま、まさかっ。実際にレメさんは【炎の勇者】に勝利しています。お二人をライバルと称することに意義を唱える者はいないでしょう」
「それはレメゲトンの話だよね。たとえばフェニクスパーティー戦の前、【黒魔導士】レメが初対面の君にそれを言ったなら?」
「そ、それは……。それでも、私はレメさんを笑ったりはしません」
「ありがとう。ミラさんは優しいね。けど、大多数の人は取り合わないと思うんだ。【黒魔導士】ごときが、四大精霊本体の契約者と自分を対等だと思ってるなんて、笑い話にもならない」
「…………そのように考える者は、確かにいるでしょうね」
彼女は苦しそうに、だが首肯する。
「うん。でも、僕は本気だった。フェニクスのことは誰よりも知っているし、認めている自信がある。けど、それでも僕は自分があいつに劣っているとは思わなかった。思ってはいけなかったんだ。僕らは、互いに『こいつとなら一位になれる』と思って組んだんだから。僕の側から、勝手に自分の価値を下げてはいけなかった」
パーティーを去ることになった時も、僕は自分がフェニクスに見合わないと認めて抜けたんじゃない。
あくまで、パーティー存続の為だ。
「はい」
僕は、心から微笑む。
「僕らも同じだね」
「――――っ!」
僕の黒魔法の効果を、知っていても。
魔王の弟子だと判明しても。
魔王の片角を継承した者だと分かっても。
黒魔術を行使出来ると知っても。
【炎の勇者】を倒しても。
ダンジョンの立て直しを成功させ、タッグトーナメントで優勝しても。
多くの強者と契約し、彼らの力を借りられるようになっても。
他の層の作戦立案に携わるようになっても。
角から周囲の魔力を吸収するなんてめちゃくちゃなことに挑戦することになっても。
それでも、彼女は僕を別枠扱いしなかったのだ。
遠いとは感じても。
届かないと諦めることを、しなかった。
とても、とても心が強い人だ。
そんな彼女を心から尊敬する。
そして、同時にとても喜ばしい。
人の滅びた世界で、生き残りに巡り会えたような。
それは、衝撃的で感動的な喜びだった。
「君は僕の恩人で、仲間で、友達で……そして、ライバルだ」
じわり、とミラさんの瞳が潤む。
絞り出すような声で、彼女は応える。
「……は、い」
それから、彼女は一度目を閉じた。
そして、開く。決意に満ちた瞳が、姿を現した。
「私は【吸血鬼の女王】カーミラ。レメゲトン様第一の契約者にして、魔王軍四天王が一角を担う者。必ずや冒険者共を血祭りに上げてご覧に入れましょう。そして、私が貴方様にも劣らぬ魔物であると証明してみせます」
「あぁ」
僕もレメゲトンとして、彼女の決意に応える。
「ふふ」
言い終えると、カーミラはミラさんに戻った。
「私、怖いです」
「あの人達は、強敵だよね」
「あ、いえそちらではなく。レメさんが」
「え、僕が?」
「はい」
彼女は、とても嬉しそうに笑う。その頬は、赤みを帯びていた。
「これ以上ないくらいにお慕いしていると思ったのに、もう、さっきより惹かれているんです」
それから、わざとらしく牙を覗かせた。
「あぁ、このままでは、私はレメさんをミイラになるまで吸い尽くしてしまうかもしれません」
「……そ、それは困る、かな」
彼女に吸血された時の、至上の快感を思い出してぶるりと身体が震える。
「そして私は罪の意識から自らもまた命を断つのです」
「誰も幸せになれないね……」
どうやら冗談のようだ。この場合、半分は冗談という感じかもしれないけど。
今も彼女は丸めた人差し指の第二関節を、がじがじと噛んでいる。吸血衝動を堪えるように。
「あー、えーと、うん、それで、第三層なんだけど」
やや強引に話を戻す。
このままだと、進んで自分を差し出してしまいそうだ。
くすりと笑みをこぼしながら、ミラさんも応じる。
「はい。正直、単純な戦力という意味では第二層は深層に劣りません。その第二層を、退場者二名に収めて攻略するとは……やはり彼らは強敵ですね。気を引き締めねばなりません」
魔王城における深層は第六層から。そこからは『攻略推奨レベル』が『5』となり、超一流の冒険者でなければ挑戦することさえ許されない。
今回、レイスくんとフランさんは例外的にその先の攻略も許可されている。
もちろん、そこまで進めれば、だが。
「だね」
レイド戦仕様にパワーアップした魔王城は、普段の『攻略推奨レベル』があてにならない。
第一層は番犬の領域から、番犬と『獄炎』の領域にパワーアップ。
第二層は死霊術師の領域から、死霊術師と『陥穽』の領域となった。
無人の街。進んでいくと至るところから【骸骨騎士】と【生ける死体】が出てくる。
後者は、それまで第二層で命を落としたした冒険者たちの亡骸。それを操るのは【死霊統べし勇将】キマリスさん。
また、その街にはダークエルフである【闇疵の狩人】レラージェさんが潜み、刺さった箇所から魔力体が腐食する矢を放つ。
難攻不落の魔王城に挑めるだけの冒険者達が、魔物として立ちはだかるだけでも驚異的。
まぁ、フェニクスのやつとの戦いで一度ほぼ全滅したらしく、キマリスさんはいたく落ち込んだらしいけれど。
第十層戦で【氷の勇者】ベーラさんの魔力体を入手して以降、新たに蒐集した冒険者達も強者。
「しかし、あの少年は実に優秀ですね。レメさんを勧誘したという一点だけでも評価に値しますが、それを出来るだけの『目』を確かに持っているようです」
「……レイスくんは、勉強家なんだろうね。僕も驚いたよ」
第二層はレイスくんとフランさんの二人組を軸にする方針だった。
ただ、そこはたった二人のパーティー。自分達を前面に押し出すのではなく、一流のパーティーに上手く指示を出していた。
主に頼ったのはスカハパーティー。先の戦いで信頼を勝ち取ったのか、スカハさん達はレイスくんの判断に従って行動。
他の面々も、主軸とする二人を立てるよう動いた。
セオさんの糸を進行方向に張り巡らせ、罠の有無を確認。
パワーアップした『陥穽』……つまり罠の部分はそのほとんどが効果を発揮出来なかった。
十字路の中心に来た時点で敵が襲撃してくることを見越し、エアリアルさんに二箇所、ユアンくんに一箇所、『空気の壁』を作ってもらうことで敵を一方向に限定。
これをヘルヴォールパーティーの面々が撃破。
なんて具合に、各々の武器を最大限活かす采配を見せた。
更に驚くべきは――。
「やはりそうですか。【生ける死体】への対応には目を瞠るものがありましたが……」
レイスくんは自分自身も戦闘に参加した。
フランさんの『異形の右腕』は凄まじく、掠っただけでその部位が消し飛ぶほど。
二人の戦いは、どちらも目が離せない魅力があった。
フランさんのは、蹂躙だ。
小さい身体に、大きすぎる右腕。
普通なら日常生活を送るのも困難だろう。だが、彼女はまるで嵐だった。
近づくもの全てが吹き飛び、破壊され、魔力粒子を飛び散らせる。
【破壊者】という【役職】を体現するが如き、鮮烈な暴力。
対して、レイスくんは実に流麗。
まるで相手をよく知っているかのような、完璧な対応で【生ける死体】を撃破。
僕はそれを、こう予想していた。
「チェックしていたんだと思う。魔王城の二層に進出して、仲間を【生ける死体】にされたパーティーの攻略動画を」
誰が落ちたかを数えるだけなら、難しくはない。
だが第二層で【生ける死体】にされた冒険者の戦い方を頭に入れる為、それ以前の攻略を研究するとなると大変だ。
【生ける死体】はキマリスさんが操っているが、この操作には二種類ある。
彼が直接、細かく操る完全操作と。
単純な命令を出し、後は【生ける死体】に任せる部分操作。
脳が無事な個体なら、元の身体の持ち主の判断基準で動かすことも可能なのだとか。
そんなわけで、キマリスさんはフロアボスエリアに座したまま、【生ける死体】を操ることが出来るというわけだ。
ほとんどは部分操作なので、元の身体の持ち主を研究することには意味がある。
「……レメさんのようですね」
「あはは……。冒険者オタクは、何も僕だけじゃないからね」
確かに、同業者の攻略動画は観ないという冒険者も結構いる。
ランク上位、話題になっているもの、後は有望な新人が現れた時だけチェックするという人も多い。
小説家だからといって、全ジャンル古今東西の書物を読破するのは無理。
好みもあるし、自分の原稿もあるだろう。
冒険者も同じ。
攻略映像を観るには端末が必要だが、これは旅に携帯出来るものではない。
必然、設備のある街にいる時しか観られないが、これは大体が仕事が入っている。
仕事の後は、食事なり風呂なりを済ませると暗くなっている。疲労もあって、眠い。
人気になるほど、同業者をチェックするのが難しくなるものだ。
……まぁ僕は第四位パーティーとは思えないほど暇だったので、ダンジョン攻略の時間以外は動画視聴に集中出来たのだけど。
他の四人がインタビュー受けたり映像板出たりコマーシャル撮ったりしてる間ね。
「私もレメ推しとして散々動画を集めて研究しましたが、あれはとにかく時間を持っていかれるのですよね。自分の好きなものならとにかく、勝利の為の研究となると楽しいだけとはいかないでしょうし」
「彼ならやるだろうね」
なにせ、目指す先は【不屈の勇者】だ。
絶対に諦めず、勝利まで進み続ける。
ちなみに退場者の二名は、ヘルヴォールパーティーから一人と、エアリアルパーティーから一人。
ヘルヴォールパーティーは普段戦うことの出来ない冒険者【生ける死体】との戦いに熱中し過ぎたところで、レラージェさんの矢を受け、一人落ちた。
ヘルヴォールさん一人を倒す為だけに建物を破壊して瓦礫に埋めたりなどの一幕もあったのだが、彼女は当たり前のように倒壊した建造物から這い出て、楽しげに笑った。
実は、ヘルヴォールパーティーは上位パーティーの中でも攻略中の退場が多い。
真正面から突っ込み、どうにかするというパワフルな方針だからだ。
「本当に十歳なのでしょうか……末恐ろしいどころか、既に恐ろしい少年です」
エアリアルパーティーの脱落者は、【疾風の勇者】ユアンくん。
彼は第一層でグラさん相手に動揺した件以降、冷静さを取り戻し攻略に貢献していた。
だがベーラさんの魔力体と対峙したことで動きが鈍り、その隙を衝かれる形で大ダメージを負い、しばらく経ってから魔力漏出で退場した。
育成期間の同期だという話だし、動揺してしまったのだろうか。
ベーラさんもそうだが、戦闘能力的には一線級の人でも、精神状態によってはコロっと落ちてしまったりする。
レイド戦という大舞台で経験を積ませようとは、エアリアルさんも意外とスパルタだ。
……いや、それだけユアンくんに期待を掛けているのだろうな。
そんな中、レイスくんの冷静さは際立っている。
キマリスさんは、レイスくんとフランさんペアのコンビネーションを前に撃破されてしまった。
赤子の時からの幼馴染というだけあって、二人の呼吸はぴったりと合っていた。
浅層は辿り着くパーティーもそれなりにいる。動画の数も同様。
そして今回のレイド戦の日程からして、フロアボス単体の強さを短期間で上げるには限度がある。
そこにレイスくんの研究と対策が加わると、丸裸も同然。
【勇者】はそれだけで別格の存在だが、エアリアルさんやフェニクスのように『四大精霊本体の契約者』という要素とは別に、彼は脅威だ。
「でも、勝つんだろう?」
彼女は力強く頷いた。
「はい……! 貴方との出会いがあったからこそ、今の私があるのです。貴方が四位まで駆け上がったように、私も魔王城の四天王に抜擢されるに至りました。あの日からずっと、貴方を観ていました。今度は……レメさんが私を観てくださいますか?」
「あぁ、もちろん」
十四人へと数を減らした挑戦者達。
二人のフロアボスを撃退したことによる復活権の行使は保留。
十四人のまま、第三層への進出を決定。
次の主軸はエアリアルパーティーか、ヘルヴォールパーティーか。
どちらにしろ、業界トップスリーのパーティーが中心となって、吸血鬼を狩る。
これに対するは、四天王を務める【吸血鬼の女王】カーミラ以下、優れた【吸血鬼】の面々。
激突の時は、近い。




