129◇悩む、悩む、カシュが出迎えてくれる。笑顔になる
カシュを迎えに行く道中、僕はこれまでの二週間に手がかりがないか考えていた。
今思い返しているのは、『恋情の悪魔』シトリーさんとの会話。
ネコっぽい印象を受ける少女で、夢魔の姿をとっているが、実態は豹の亜獣。
魔王城の四天王で、僕の友人でもある。
『吸収? あれは魔力を吸い取ってるんじゃないよ。レメくんも知ってると思うけど、夢魔が吸うのは精気だもん』
『知識としては知ってるんですが、具体的にどう違うのかと思いまして』
『ふぅん? いいけど、ミラちゃんに聞けばいいのになぁ』
『ミラさんに?』
『だって吸血と同じだよ? あっちは生気とかって言うけど、血も一緒に吸ってるから分かりやすいよね』
シトリーさんが説明してくれたところによると、『魔力吸収』が難しいのは、ありのままの魔力を捉えること自体が困難だから。
魔力は全ての源。
魔法も生気も精気も、魔力を加工したもの。
『魔力そのものに干渉するのって難しいんだよ。ふかのー、ってくらいに。生き物の魔力って魔力器官から生成されるでしょう? その過程で「意識」と「操作」が出来るように加工されてるんじゃないかって話、聞いたことない?』
『……あります』
空気中にも魔力は含まれるが、それに命令して魔法にすることは、出来ない。
どうして? 体内の魔力は自分の技術が伴えば、想像通りの魔法になるのに。
そこで考えられたのが、自然の魔力と魔力器官が生成する魔力は違うのではないか、という説だ。
これはおそらく事実だ。魔力は全ての源。無意識でも操作する術がなければ、人は生きていけない。魔力を生み出し、己が生きる為に加工する機能は全ての生き物が備えている。
魔法を使う生き物は、その機能を『意識的』に使えるように進化した者達。
『精気も生気も、生命力だよね。生きてる人は目の前にいて、触れるわけだから、エネルギーを奪うイメージって、そう難しくないんだよ。血を吸ってエネルギーを奪うのも同じ。「分かりやすい」んだ』
その説明では伝わりづらいと思ったのか、シトリーさんは更に続けた。
『ほら、水魔法でバシャアって水掛けられたらさ、濡れるでしょ? その水は飲むことも出来るし、濡れた服を絞れば落とすことも出来ちゃう。「魔力」から「水」に加工されたことで、誰でも触れる、分かりやすい何かになった』
『固有の術も魔法も、発動には認識が重要、ということですか……?』
『たぶんね。シトリーは色んな生き物になれるけど、イメージが苦手なものは再現も苦手なんだ。魔人の角もね、よく分からなくて』
『そうなんですか?』
『うん、吸血も吸収もね、食事なんだ。エネルギー補給なんだよ。それって別に普通のことでしょう? でも角のさ、体内に魔力を溜めるのって、普通のことに置き換えられなくてさ。だって食べたものは消化されちゃうじゃん。身体の中に貯金するみたいな感覚、って言われて想像出来る?』
僕はそんな風にイメージしてます……。
まぁイメージって、ピンとくる人もいればそうでない人もいるものだろう。
『食べたものが脂肪になったりするじゃないですか、あぁいうイメージなら……』
『脂肪って響きがもう可愛くないからムリなんだけど、それを抜きにしてもダメだよ。だって角は沢山魔力を込めても大きくならないでしょ?』
……なるほど。完全な代替イメージにはならないわけか。
シトリーさんの話は興味深い。が……。
『魔力そのものを、吸うのは不可能ですか?』
ちなみに吸収も吸血も本来は生命力を吸うのだが、魔力体戦闘時は敵の身体も魔力で出来ているので、吸い取るのが魔力に置き換わる。
ただこれはあくまで仕様でしかなく、血や精気を吸うというイメージのまま能力は行使されるのだという。
僕の質問に、シトリーさんは不思議そうに首を傾げた。
『考えたこともないなぁ。だってそれってね、変でしょう? 焼いたお肉を美味しく食べられるのに、わざわざ生肉を探しにはいかなくない? ……ん、分かりにくいかな?』
『いえ、大丈夫です、分かります』
今すぐ何かを食べたいという時に、美味しい食事を摂ることが出来る。
そんな能力を持っているのに、わざわざ魔力――この場合食材とたとえるのが妥当か――を吸収しようとは思わない、という話だろう。
その通りなのだが、魔人に備わっているのは魔力を角に溜める能力。
『だからね、もし目に見えない、ただ在るとしか分からない魔力を身体の中に入れるってことに、レメくんが分かりやすいイメージを用意出来れば、スッと出来るようになるかも』
そのアドバイスは大変ありがたかった。
だけど、どれだけ頭を悩ませても上手くいかなかった。
僕だって、二週間ただ悩んでいたわけではない。
たとえば、魔法。
あまりに非効率的で効力もしょぼいので普段は使わないが、僕も一応は魔法使い【役職】なので、属性魔法も使える。
露出させた角に、濡らす程度の水魔法や、マッチより儚い火魔法などを掛けてみるも、吸収する気配はない。もちろん魔力は感じ取れるのだが、角に注入することは出来なかった。
自分のものならあるいは、とも思ったのだが。
ダンジョンコアのあるフロアは最高の修行環境だ。
本来、魔力は感じ取るのも難しいもの。フェニクスの魔力を喰らえばさすがに一般人でも分かるが、空気中の魔力を人は感じ取れない。薄すぎるのだ。
その点、コアから放出された魔力は濃いし多い。
それでも、敢えて魔力の少ない環境に身を置いたりもした。
魔力が『無い』ことを強く実感することで、『在る』場所でより強く感じられるのではないかと思ったからだ。
それ自体は上手くいったのだが、成果は上げられなかった。
シトリーさんのアドバイスは、あくまでシトリーさんの実体験に基づいたもの。
ありがたく胸に留めつつも、囚われてはいけない。僕は僕の答えを出さなければいけない。
分かっては、いるんだけど。
そうこう考えている内に、カシュの家の前に到着。二階建ての集合住宅。各階五部屋ある内の、一階の真ん中が彼女達の住居。
僕は両手で顔をほぐし、思考を切り上げる。
カシュにまで心配させるわけにはいかない。
ノックの形にした手は、今日も扉を叩くことはない。
いつも誰かしらが僕の訪問に気づき、扉を開けてくれるからだ。
大抵はカシュだが、この前のように姉のマカさんだったり、あるいはお母さんだったり弟妹だったりする。
足音? 気配? どうやって気付いているのだろう。
カシュに聞いてみたことがあるが、恥ずかしそうに俯くだけだった。
一瞬、鼻をひくひくさせていたような……まさか、匂い? 僕は臭うのか?
「おはようございます、レメさんっ」
カシュの花咲くような笑顔を見て、心配は霧散する。
悩んでばかりで、少々考え過ぎるようになってしまったようだ。
「うん、おはよう」
「上がってください。今日のご飯は、わたしも手伝ったんですっ」
「それは楽しみだな。それじゃあ、お邪魔します」
毎日二度の朝食。一度目は寮の自室。二度目はカシュ宅。
この二度目の朝餉で、まさか解決の糸口を掴めるとは、この時の僕は考えもしなかった。




