125◇友人との乾杯、彼の勇者の面影
「どうかな。そうだとしても、急ぎたかったのは僕の事情だ」
一位になることさえ出来れば、【黒魔導士】を入れたフェニクスの判断を批判する声がやむと思った。
こいつは、僕が友達だからパーティーに入れてくれたのではなくて。
僕らは共に頂点を目指す対等な仲間で、フェニクスが僕を誘ってくれたことは間違いなんかじゃないんだって。
そう、証明したかった。
「……ともかく、わたくしは恩を返しきれぬままに貴方との縁を失いかけた」
「返してくれたよ。ベリトの件で充分さ」
彼女の指導もあり、ベリトの動きはより蟲人らしくなっていた。
「……不十分です。仮に返し終えたのだとしても、あれからそう時が経っていないというのに、再び借りを作ろうとしている」
「借り? もしかして今回の頼みの件かい?」
リリーが頷いた。
僕は、明るく笑う。
「君ほどの【狩人】が防衛を手伝ってくれるっていうんだ。感謝こそすれ、恩を売る気なんてないよ。僕はそこまで、強欲ではないつもりだけど?」
リリーが目を丸くし、フェニクスが小さく微笑んだ。
「それともなにかい? 役に立てるか分からないが、友人のよしみで参加させてくれって頼みなのかな? 確かにそれなら、貸し一つってことになる」
そこまで言うと、ようやく彼女も唇を緩めた。
「……いえ。いいえ、レメ。必ずやお役に立ってみせます。わたくしに機会を、さすれば――貴方に勝利を齎しましょう」
「いいね。ならこれは、対等な取り引きだ」
改めて、僕らは乾杯した。
僕が彼女の方に木樽ジョッキを差し出すと、彼女は控えめに自分のをぶつける。
こうして僕は、またまたレイド戦限りではあるものの、頼れる仲間を得た。
「……で、なんでお前は嬉しそうにしてるんだよ」
僕はフェニクスを睨む。
「いや、レメが認められるのが喜ばしくてね」
「気持ち悪いぞ」
「レメ、それは言い過ぎというものです。確かにフェニクスの貴方に対する友情はその……深すぎると申しますか、正直、以前から気になってはいましたが……。とはいえ、友愛というものは得難き宝です。わたくし達は誤解していましたが、それによって冷静な思考が乱されるということがないのなら、尊重すべきでしょう」
あぁ、みんなはフェニクスが親友だから無能をパーティーに入れていた、と思っていたのだったか。
その前提が消えた後なら、幼馴染への情は何も悪いものではないということだろう。
「それに、わたくしでも分かることはあるのです。レメ、貴方だってフェニクスの良い評判を聞いた時には、機嫌が良くなるではないですか」
「……リリー? そんなことはないんだけど?」
そりゃ悪い気分にはならないけども。
「貴方のように人を読むことに長けた者でも、自分のことは分からないものなのですね」
「いや、だからね……」
どう説明したものかと思っていると、彼女がくすくすと笑っていることに気づく。
……からかわれたようだ。
「リリーもそんな風に笑うんだね」
「ごめんなさい。戦闘中や先程の会話では迷わない貴方なのに、フェニクスのこととなると言葉に詰まるのが、少し……」
ぐっ……。
複雑なのだ。
僕らは幼馴染。かつては僕が兄貴分で、フェニクスを狙うイジメっ子達を追い払ったりしていた。
けど十歳の時に【役職】が判明して、世界が変わった。
僕から友達はいなくなり、唯一残ったフェニクスはなんと【勇者】だ。
それから僕らは冒険者になることを約束し、それを果たした。
幼馴染で、親友で、兄弟同然で、仲間で、宿敵。
そりゃあ、相手が馬鹿にされれば腹立たしいし、褒められれば喜ばしい。認めよう。
ただ、単に仲がいいからそうなのかと言われると、違う気がするのだ。
「少し……少し、フェニクスの気持ちが分かった気がします。貴方は、正しさではなく、優しさではなく、本音で人を救うのですね」
その時リリーが浮かべた笑顔が、芸術作品みたいに美しかったものだから、僕はしばし固まってしまった。
カシュみたいに癒やされる可憐さでも、ミラさんみたいに心臓が高鳴る妖艶さでもない。
それは、美しい景色を見た時と似ていた。自然と目を奪われ、感嘆のため息が溢れるのだ。
「……よく、分からないんだけど」
「驚きました、貴方にも分からないことがあるだなんて」
「君が驚いてないのは分かるけどね」
僕は苦笑しつつ、照れを誤魔化すように頬を掻いた。
その後、フェニクスの魔物魔力体について確認したり、二人をどのタイミングで召喚しどう動いてもらうか話したり、リリーと契約したりした。
「冷たい……冷たいとはなんですか。わたくしはただ、意味もなくヘラヘラ出来ないだけで……」
卓上に柔らかい頬を乗せ、耳を真っ赤にしているのは――リリー。
彼女がここまで酔うのは初めて見た。
今まで仲間にも話せなかったスーリさんの件を吐き出せて、どこか気が抜けたのかもしれない。
「あ、あぁそうだね。それがリリーのいいところだと思うよ」
世間の評判について不満を垂れるリリー。在り方は変えないが、だからといって傷つかないわけではない。
「……貴方の愛想笑いが、わたくしは嫌いでした」
「うん、僕もあれは好きじゃなかったかな」
「でも……先程のは…………すぅ」
「リリー?」
どうやら寝てしまったようだ。
「……私が連れて帰るよ」
「どこかに連れ込むなよ」
「酷すぎないかい、それは」
「まぁ、それは冗談として。僕もついてくよ。お前がリリー背負って街を歩くとか、軽く明日のニュースになるからな」
認識阻害があれば、その心配は要らない。
「あぁ、それは助かるよ」
僕が一人でリリーを宿まで送るという手もあるが、なんとなくよくない気がする。
具体的には「レメさん女の匂いがしますよ一体どなたと匂いがつくほどに接近されたのでしょうそういえば今日は【狩人】リリーとお逢いになられたとか……ふふ、ふふふ」的な感じで、ミラさんの機嫌が悪くなる未来が見える。
勘定を済ませ、僕らは店外へ。
しばらく、僕らは無言だった。
「あ、そういえば。レイスくんの話題の時、何か言いかけてただろ」
「……ん、あぁ」
人通りの多い大通りを並んで歩くが、誰も僕らを気にしない。
「彼がさ、誰かに似てると思うんだけど、どうしても出てこなくて。何か気づかなかったか?」
フェニクスは、僕の質問に質問を重ねた。
「……レメ、君は、『最後に勝つのが勇者』という言葉を、どこで最初に聞いたんだい?」
いや、それは質問の形をした答えだった。




