101◇剣の師
ギギギ、と軋みを上げながら鎧の前部が開く。
僕は咄嗟に槍の長さを戻していた。
銀光が駆け抜けた。
稲妻のように速く、それは槍が戻るスピードを上回っていた。
何らかの攻撃、ではない。
フルカスさん自身だ。
白い毛髪を流星の描く光の筋のように靡かせながら、彼女がただ走っている。
――心臓に穴が空いてるんだぞ……!?
疾過ぎて見逃すところだったが、彼女の通り過ぎた場所には魔力の残光が舞っている。
僕らの攻撃は成功したのだ。
普通ならば即座に退場する、致命傷。
気合いでは説明出来ない。傷口からして再生能力持ちではないだろう。心臓が無いとかあっても弱点ではないとか、そんなことはない筈だ。彼女の体の作りは人間と同じな筈。
この世界には、極めて死ににくい生き物はいても、死なない生き物はいな――そうか。
死ににくい生き物。
彼女の種族については考えていたが、確信に変わる。
人に近しい容姿、大食漢、力が強い。
そして、高い生命力。
「今度こそ、返してもらう」
まだ戻っている途中の槍を追い越したフルカスさんは、手刀で槍を断ち、そのまま握る。
彼女の持っている側の方が――長い。
「剣はどうしたのだ」
「え」
その声は、僕と――ベリトのものだ。
何故なら彼女が槍を取り戻したその瞬間に、ベリトが退場したから。
槍を掴むと同時、彼女は角度を調整し槍を伸ばした。
それはいまだ鎧の腕に捕まっているベリトの頭部を貫き、即座に遣い手の手許に戻る。
――見もせずに……!
ベリトの体が崩れ、魔力の粒子と化す。
それに伴い白銀の全ても消え失せる。僕の右手と杖を繋いでいた白銀も消えてしまい、落としてしまう。
ただの棒と化した槍を捨て、左手で落下中の杖を掴む。
それをしていなければ、串刺しになっていた。
上半身があった空間を穿つのは、フルカスさんの魔法具。
ベリトを退場させ、槍を戻し、反転させて僕に向けてから、狙いを定めて、突く。
それだけの行程に掛かる時間が、一瞬未満。
瞬き程の刹那で槍が戻ったかと思えば、フルカスさんが眼前に迫っていた。
その銀の瞳が、僕を捉えている。
思わず、口から溢れた。
「――鬼」
彼女は唇を僅かに笑みの形に歪めた。
刺突が来る。
読めたのに、僕の左耳が貫かれて千切れ飛んだ。
「正解」
体勢を崩した僕の腹を、彼女がボールにでもするように蹴飛ばす。
意味もなく呼吸を再現する魔力体の肺から、酸素が吐き出された。
地面を転がる僕の体。
――あぁ、そういえば種族を当てたらそう言ってくれるって話でしたね。
なんてことを頭の隅で思う。
大昔は角の生えた個体が多く魔人と間違えられることも多かったというが、鬼は魔法を使えない。一部には妖術と呼ばれる幻惑の魔法を使える者もいるようだが、基本的には身一つで戦ったという。
魔力の魔人、生命力の鬼なんて言われていたそうだ。
その言葉が指す通り、鬼は凄まじい生命力を誇るという。
魔力器官が優れているわけではないのなら、魔力を変換しているわけではないのだろう。
だとすると、一体その生命力はどこから来るのか。
食べたものからエネルギーを得ているのか。
「剣の師に何を教わった」
回転の途中で地面に左腕を突き、体が浮いたところで体勢を整える。
彼女の攻撃をどう回避する、なんて考えていた僕に、フルカスさんが言った。
――その一言で、彼女の意図を悟る。
この大会で仕込み杖の剣を何度も使ってきた僕だけど、まともに剣で戦ったと言えるのはギリギリ、マルクさんとの勝負だ。それだって決着は黒魔法と、後は尖った骨で着いた。
あのまま、フルカスさんが負けたら。
姿を晒すことを避け、【刈除騎士】として退場を選んだら。
【黒魔導士】レメが、フルカスさんに鍛えてもらった剣の腕が知られぬままに終わってしまう。
そうなれば、レメはまた魔王城でレメゲトンとしての仕事に戻る。
冒険者として表舞台に立つ機会は、そうそう得られない。
その為に、衆目に正体を晒すことをよしとしたのか。
先代からずっと、正体不明の黒騎士を貫いていたのに。
――視る。
剣の師に褒めてもらったのは、そこくらい。
――『そう、レメは何年もパーティーを『見てた』。常に、違和感なく勝たせる為に。それで磨かれた、『観察力』。だから参謀の仕事も上手い。よく見て、勝つ方法を探す。これが上手い』
よく見ろ。彼女も不死身じゃない。そんな生き物はいない。
いつもは汗一つ掻かない彼女の顔を見ろ。他の者ならば無表情としか思えぬだろうが、散々見た顔だ。変化を見逃すな。苦しそうではないか。痛みはなくとも心臓のダメージは動きに出る。彼女自身、それを動かすのに難儀しているのだ。
来る。
滑らかな動き。左の踏み込みと共に動く上半身。左の足が大地を踏み、力を込めるのと突きが放たれるのは同時。
【狩人】リリーの「神速」並みの刺突が、僕の胸部を襲う。
僕は斜めに跳んだ。
彼女の槍を回避する為ではない。
突きは受け止める。
杖で。
鋭い刺突が僕の杖を突いた。その衝撃は凄まじく、中空の僕の体が回転する程。
「――――」
その力に逆らわず空中で一回転した僕は、勢いそのままにフルカスさんの首目掛けて剣を振るった。
彼女の突きで、鞘部分が砕けると分かっていた。
フルカスさんは目を見開いたが、即応。
上半身を逸らして回避。
そこに、再度速度低下を掛ける。心臓を貫き鎧が止まった段階で解除してしまったのだ。
既に魔力を大分消費していたので、再生成に励んでいた。
僕は彼女の槍に着地。地面に下りるまでの一瞬が惜しい。
普通ならば体勢が崩れるところだが、フルカスさんはこの程度で槍を落とさない。
「縮め」
彼女の槍が、短槍レベルまで縮んだ。
当然、僕が立つスペースなどない。
だが、一手遅い。それは読んでいたし――僕は既に彼女に飛び掛かっていた。
――『その目と、黒魔法は相性が良い。敵を遅く、弱く、脆くして、敵の攻撃を避けて、自分の攻撃を当てる』
防御力低下を重ね掛けし、上体を戻しつつあったフルカスさんの右肩から左脇腹に掛けてを切り裂く。
舞う魔力粒子。
その日初めて、訓練でも出来なかった師への一太刀を決めることが出来た。
――『その目を、一対一用に調整する。出来れば、少しはマシになる』
「……それでいい」
フルカスさんが微笑んだ気がした。
「――だが、甘い」
「ぐっ……!?」
彼女の左手が僕の首を締めていた。
自慢の槍も捨て、右手の方は僕の左腕を抑えている。
このまま首の骨が折られれば、僕の方は退場する。
「最後まで気を抜くべきではない」
「分かってます」
「? ……。――……!」
僕の右手が、彼女の胸に突き入れられていた。
確かにオロバスさんの槍の投擲を受けてから、自力では剣を掴めないほどの負傷だったし、フルカスさんとの戦いの最中では持ち上げる素振りさえ見せなかった。
だから、動かないと考えてもおかしくない。仮に動いても大したことは出来ない。
でも、既に穴が空いている胸の傷に、先の一撃で更に傷口が広がった心臓の穴に、突っ込むくらいは出来るのだ。
槍の傷は背中まで貫通しているが、心臓が通るほどの隙間はない。
だから僕はただ全力で、彼女の心臓を押し潰す。
「何か、勘違いしているなら言っておく。自分はただ、勝ちたいだけだ」
分かっています。誰だって負けたくない。フェニクスに負けた時も、助っ人という名目ではあるものの再戦を望んでいた。
僕の為なんかではなく、あくまで自分の為と言いたいのだろう。
僕の師匠は二人とも、厳しくて、優しくて、素直じゃない。
本人がそう言うなら、否定はすまい。弟子とはそういうものだ。
ギリギリと軋む首の骨から、してはいけない音が鳴り響きかけたその時。
ふっと、フルカスさんから力が抜けた。
「……【黒魔導士】、レメ」
「……は、い」
上手く声が出ない。
「――見事だ」
視界が開ける。
目の前にいた対戦相手が、光の粒子に変わってしまったからだ。
「はぁ……はぁ……っ」
なんという、強さ。なんという生命力。
心の臓に穴を開けられながら、戦闘を続行。魔法具の伸縮を超える速度での移動速度を誇り、その槍の冴えは武の極地に達している。
僕が辛うじてでも、最後だけでも対応出来たのは。何度も何度も彼女の槍捌きを目にする機会があったからだ。剣の手ほどきを受けた、弟子だったからだ。
僕自身の強さは、彼女に遠く及ばない。
でも、今日だけは。
この試合だけは、タッグトーナメントだから。
僕とベリトで、フルカスさんとオロバスさんに。
『……――勝者、レメ・ベリトペア……!!』
――勝った。




