愛に狂う
息抜きに書いた作品です。
設定がふわっとしていて、主人公のイメージもあるので口調等は許してください。
私の八歳の誕生日に、目の前で母が首を吊った。
この国で一番美しいと言われる美貌の父と、素朴で大人しい母は政略結婚だった。母はいつも微笑んでいた。
父が外で愛人を囲っていても、屋敷で存在を無視されていても、使用人に軽んじられていても、父の両親になじられても、母は優しく微笑んでいた。
でも、私は知っていた。母が政略結婚とはいえ、父を愛していた事を。その愛のせいで、少しずつ母の心が壊れていくのを。そして、私の八歳の誕生日に母は完全に壊れた。
そして母が自殺した半年後に父が連れてきた愛人は、母の姉だった。父と愛人に手を引かれて、興味津々の表情で私を見るのは、同い年の異母妹。
愛人はどこかの貴族と婚姻していたが、既に離縁済みらしい。
父と愛人は真実の愛で繋がっているらしく、母が死んで晴れて名実共に結ばれた。そして、その愛の結晶が異母妹。
父は、今まで寂しい思いをさせてすまなかった、これから四人で幸せな家族になろうと言った。
母はどこまでも哀れだと思った。
――――――――
「ここに居たのか、ナディア」
「……エルヴェ」
エルヴェ・ブランセット、次期侯爵当主。
艶やかな黒髪、宝石のような紫の瞳、端整な顔立ち、誠実な性格、確かな地位、多くの貴族の令嬢から想いを寄せられている男。そして異母妹、フローディアが昔から深く想いを寄せている相手。
私の幼馴染。
「……煙草は体に悪い」
「そうだね、エルヴェ」
ソファの上に横になっている状態で、煙草の煙を燻らせながら妖しげに微笑む。
白銀の髪、エメラルドの瞳、父とそっくりな美貌。
かつての母の様に優しげな微笑みを向ければ、誰もが欲しがってもない愛を捧げてくる。
ありもしない私の愛を欲しがる。
「伯爵が頭を悩ませていたぞ」
「さあ、私には何のことか分からない」
「伯爵家の令嬢としての自覚をもて」
「自覚?ああ、道具としての自覚ね」
貴族同士の繋がりのために嫁いで、子を産む自覚ね。
「そうじゃない!伯爵も夫人も、フローディアもお前を愛している。もう十年だ……許せとは言わないが、少しは歩み寄ってもいいんじゃないか」
この男は何を言っているんだろう?
私は父と似たような事をしているだけなのに。
母は父を一心に愛したが、父は母に歩み寄ることはなく、死ぬまで存在を無視した。
だから私も父と同じように、父を愛人をあの娘の存在を無視しているだけなのだ。
私の事も、母と同じように居ないものとして扱ってもらっていいのに。仲良く幸せな家族ごっこなんて興味がない。
「エルヴェ、貴方も私を無視してくれていいんだよ?」
「……子供のような事はやめろ」
私は子供のようなのだろうか。
確かに母からの一方的な愛は、父の真実の愛とやらに不必要で邪魔なものだったのだろう。
だが、母は自殺に追い込まれる程罪深いことをしたのだろうか。
お互いに伴侶がいる身で、真実の愛だからと不義理を働くのは罪深くはないのだろうか。
「ナディア……俺はお前を心から愛している」
「……ねぇ、エルヴェ。もし私と貴方が結婚するとして、その後貴方の存在を無視して、貴方の弟と愛し合って不倫関係になるの。そして愛の結晶を産んで、みんなで仲良く家族になりましょうって言っても、幸せ?」
純粋な疑問だった。
「……っ!!すまない、俺の歩み寄れと言う言葉は失言だった」
煙草を吸いながら、気怠げにエルヴェの歪んだ顔を眺める。
「エルヴェ、貴方気づいてるんでしょ?フローディアが貴方を愛してる事に」
「……ああ」
「フローディアとなら幸せな家族になれるんじゃない?」
「俺が愛しているのはお前だけだっ!!」
エルヴェは本当に面白い。
私は知っているのだ。誠実と言われているが、割り切った関係の女が何人かいるのを。他の女に口付けている口で、抱いている体で、愛を叫ぶ程面白い事はない。
「大きな声を出して悪かった……また来る」
そう言って、エルヴェは蝶の髪飾りの贈り物を置いて帰っていった。
「……愛ねえ」
――――――――――
「お姉様……エルヴェ様とはどんな話を?」
月を見ながらタバコを燻らせていると、フローディアが部屋に入って来た。
愛人にそっくりな愛らしい顔、ブラウンの緩く波打つ髪、父と同じ目の色。私と同じ色。
「……っ!!無視しないでください!!私はお姉様と仲良くしたいんです!!」
今日は本当に騒がしい日だ。
仲良くしたいと言いながら、嫉妬の感情が隠しきれていない。何がしたいのだろうか。
「どうしてお姉様ばかり……好き勝手していても、綺麗だから皆んなに愛されて、許されてっ……!!」
私が存在を無視しているせいで、いつもの一人語りが始まった。
煩わしいと反応を返したところで、この娘とは会話のやり取りが出来ないのが想像できる。
「どうしてエルヴェ様は、お姉様なの……私の方がずっとエルヴェ様を愛しているのにっ!!」
そう言って部屋から走り去った。
結局、あの娘は何が言いたかったのだろう。
どうでもいい事だが。
「……愛ねえ」
窓から空を見上げると、母が死んだ日と同じような恐ろしいほど綺麗な月だった
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