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体操服から始めるニート生活  作者: 兎虎彩夜華
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しいとぜうす先生/しいと秘術

 

 時は2019年。5月の第2木曜日。

 ぐちはまとの一悶着も解決して、一息つきたい午前11時ごろ。北校舎4階の相談室にて。


「こないだはごめんなさい。頭痛いからって、先生に当たって。あと、訳あって体育大会出ることになったよ」


「いや、オレこそ電話切っていいか聞かれた時に切っとけばよかったんだけど。体調はもう大丈夫?」


「全然大丈夫」


 顔に安堵が現れる。


「そっか」


「うん。それで話って?電話もその用件だったんだよね?」


「ああ。実はしいちゃんに会ってもらいたい人がいて」


 え?もしかして、『これがオレの正妻だ!』とか?

『オレの恋人の誕プレ考えてるんだけど、会ってどんな人か知ってもらった上で一緒に選んでくれないか』とか?


「無理ムリむり。そんなのいやだ」


「まだ何も言ってないけど」


「あ、ごめん。それで?」


「前にオレの恋人にもそんな症状の人がいて」


 前カノとかもっと無理。あれでしょ?より戻したいとか言うやつ


「話聞いてる?」


「聞いてる。続けて?」


「うん。それで、病院いろいろ回った結果、上墨清賀(うえすみせいが)先生っていう先生にたどり着いて」


「男だった」


 ぜうす先生が不思議そうな顔でこっちを見ている。まあ、女を紹介されると思っていたのは勝手なしいの想像なので当然だけど。


「先週できたおっきい病院あるじゃん。たしか、革新技術開発総合医療センター、だっけ?」


「ああ、真堕(しんだ)町創生計画とか言うやつ?」


「そうそう。そこに上墨先生が来るんだって。だから、一回行ってみたらいいんじゃないかなーと思って」


「大型の病院って紹介状とか無くていいんかな?」


「あー、ごめん。そこまで考えてなかった。上墨先生に連絡してみるよ」


「ありがとう、ぜうす先生。あー、そーいえば、雛子ちゃんからお土産預かってるんだった。ちょっと改造しちゃったけど、はいどうぞ」


ちょっとわざとらしかったかもしれないけどまあヨシ!ポケットから万年筆を取り出した。豪華客船『さるわたし』初航海限定10個の特製万年筆。の、改造版。録音機能や、ライト、人工知能“IZUMO(イズモ)”を勝手に搭載してみた。そして、真っ黒だった塗装には金の鶴が描かれている。これこそ、しいの誇る簡単十分クオリティーなのだ!


「はいどうぞ。先生」


「ん、ありがとう。そろそろ出よっか」


 今究極に眠いんだけどなあ。

 立ち上がったけど視界が揺れてる……これはやばい。


「もう眠くて倒れそう」


「え、ちょっと待ってほんとに大丈夫?」


「ごめんぜうす先生。万年筆のほうのIZUMO(イズモ)、玄関に青島がいるから家まで送ってって伝えてくれる?あと、神楽剣志(かぐらけんじ)に命令権を移譲(いじょう)。」


 万年筆の金の彫刻が青白い光を灯した。


『万年筆型IZUMO、1M019型起動します。高梨依鶴(たかなしいづる)社長から青島隆二副社長に連絡します。権限移行プログラムを実施中……命令権を神楽剣志(かぐらけんじ)様に移譲完了しました』


「先生、私もう限界。青島に頼めばなんとかしてくれるから、執事のコスプレじじい探して」





  *




「えっちょっ」



 しいは死に絶えたように、腕の中で眠っていた。


「しいちゃん……青島って誰?おーい。寝ちゃったか」


 アイツも、頬を撫でたら寝てるのに微笑んで……じゃなかった。保健室まで彼女を連れて行かねば。


 俺って教師向いてないよなあ。


「生徒と教師、だもんな」


「ああ。そうだな。姫さんにいかがわしい事しやがって」


 振り返ると執事コスプレの男が立っていた。


「姫さんは教師としてのお前が好きだ。尊敬とかほざいているが、あれは恋してる顔だ。愛していると言っても過言ではない。だが、それはあくまで教師のお前に対してだ。お前が教師じゃなくなった途端に愛は冷める。気をつけろ」


「えっと……」


 わざとらしく彼は礼をして、そのあと歩み寄ってきた。


「株式会社イズモ副社長、並びに姫さんのマネージャーを拝命しております。青島隆二と申します」


 この人が青島さんか。思ったよりおじさんに見えるのは話し方のせいなのかは分からないが、どっちかというとダンディーなお兄さん?的な感じだった。


「自己紹介はこのへんにして。神楽(かぐら)様の車を貸してもらえんでしょうか」


 へ?


「えっと、それはどういう」


「ここにはジェット機で来たんすけど……」


 さっきから大きな音がすると思っていたら、いつのまにか窓から青い巨体が顔をのぞかせていた。校庭に停泊中らしい。


「あれで帰ればいいじゃないですか」


「いえ、先週姫さんに『家の前に飛行機なんか止めないでよ!イタリアンホワイト枯れちゃうでしょバカ青島ぁ!』とぶたれまして。イズモの飛行機は世界一クリーンで静かだって自慢し始めたのは姫さんなんだけどなー」


 声真似がしいちゃんの声にとても似ているのは気のせいだろうか?


「それで、移動手段がないと」


「そういうわけです。最近体調を崩されたので炎天下の中担いで帰るのは避けたいというのもありましてね」


 なんかこの人をしいちゃんと二人きりにするのもなあ。それに運転荒そう。


「まあ、いいですけど。その代わり俺が運転するので乗っていってください」


「それは……」


「何か不都合でも?」


「いえ。ありがとうございます」


「先に玄関で待っていてください。鍵、取ってきます」


 職員室で相談室の鍵と自分の車の鍵を入れ替えて自分も玄関へ。そこにはしいちゃんを背負いながら靴を履こうとしている青島の姿があった。


「大変ですね。副社長の仕事としいちゃんの相手は両立できてるんですか?」


 自分も靴を履き替えて駐車場を目指す。


「姫さんの部下は皆優秀なのでね。むしろ暇ですよ。ドア開けてもらっていいですか」


 言われたようにリモコンの解錠ボタンとドアを開くボタンを押す。


「あーそっか。IZUMO持ってないのか」


 どういう意味だろう?


「さっき貰いましたけど?出発しますよ」


「IZUMOだったらいちいちリモコン操作しなくても勝手に開閉してくれるんで癖になるんだけど……って、姫さんに貰ったんかい。羨ましいやつめ」


「IZUMOってそんなにすごいんですか?」


「うちの姫さんをなめてもらっちゃ困るね。IZUMOはね、姫さんが古代エジプト秘術と最先端科学技術を使いこなせるから成せる技なのさ」


「古代エジプトの秘術?」


「そそ。姫さんは世界のありとあらゆる秘術を使えるの。ピラミッドも秘術で建てられてる。まあ、姫さんは自分で秘術使ってることに気づけないんだけどね。ちなみにワシは中華系秘術専門」


「なにそれ」


 ぽつりぽつりと雨が降り始めた。と思ったのだが、小雨は数十秒で土砂降りに。急いでワイパーを起動させたものの、洗車状態で目の前が見えない。


「ありゃあ。雛子さんがお怒りだね」


「雛子さんって、しいちゃんのお姉さんの?」


「違う違う。雛子さんは日本秘術の覇者で、お姉さんとかそんなんじゃない。まあ、姫さんに唯一物申せる逸材ではあるんだけど。それより運転はIZUMOに任せたほうがいい。下手すると横転するから」


「えっと、どうすればいいかわからないんですけど」


「IZUMOに、『運転を任せる』って言えばいいのよ。そしたら車に術式が組み込まれてだいたいは勝手にやってくれる」


「えっと。IZUMO、運転を任せられるかな?」


 ハンドルの手前に翠の円陣が現れ、術式が車に刻まれる。


『了解です。運転を開始します』


 青島さんの言った通り、車は俺が運転しなくても勝手に走った。そのまま車に運転を任せて、沈黙の十分をやり過ごすとやっとしいの家に到着した。三つの門を抜けてIZUMOが玄関の前に車を横付けさせる。すると中からバスローブ姿の女性が出てきた。


「青島くん」


「はい」


「今日は定期メンテの日だから起きたまま連れて帰ってきてって言ったよね?」


「それは……すまん!雛子さまの言うことなら何でも聞きます」


 どうやらこの女性が雛子さんらしい。なんか思ってたイメージと違う。


 二人が家に入っていき、数分後に雛子さんが再び出て来た。


「あなたが神楽剣志(かぐらけんじ)さんで合ってる?」


「はい」


「今からしいちゃんの検診なんだけど、ちょっと実験したいから付き合ってもらってもいいかな?」


 実験……


「いま、非意識的秘術使用による特有症状の改善と恋愛感情の関係性について調べてて。とりあえず中に入って?」


 なんだかよく分からなかったが、言われた通り家の中に入ることにした。豪華なシャンデリアと赤絨毯が出迎えてくれる。雛子さんの後に続いて螺旋階段を下っていき、広い空間に出た。先程までのような豪華な感じはなく、壁も床も青いビニル材質で覆われていた。


 中央にはバラ風呂……そこにしいちゃんが浸かっていた。


「えっと、これはどういう?」


 ドンッ


「じゃあ、いい思いしてきてね」

 そう、聞こえた気がした。


 いってえ。何で押すかなあ?

 もみっ

 ん?もみっ?


「ぜうすせんせいぃ」


 下を見ると、頬を林檎のように赤く染め上げたしいちゃんがいた。


「しっしいちゃん?」


 あ……む、むね。


「ちょっとしいちゃん」


 俺の手の上からしいちゃんが自分の胸を揉ませようと手を添えている。


「私の夢の中に初めて出てきた人がぜうすせんせいなんて……運命だねえ」


 周りを見回すと、さっきまでの青い部屋ではなく真っ白な空間が広がっていた。ちなみに俺は白いシャツとジーンズ、しいちゃんは白いワンピースといった具合でとにかく白い。


「先生、好きだよ」


「知ってる。けど、今のは忘れて」


 しいちゃんからどいて横に座る。


「先生」


「ん?」


「ここ夢の世界だから、私のこと好きにしていいんだよ?」


 しいちゃんがこっちへ寝返りをうって服の裾を引っ張ってくる。


「だとしても先生だから。たとえ夢の世界でも今は遠慮しとくよ」


「今は……ねえ」


「ところでしいちゃん。俺なんでしいちゃんの夢の中にいるか知ってる?」


「たぶん、雛子ちゃんの秘術だよ」


 え?


「私、無意識のうちに秘術を使っちゃうだけで、他人が使った秘術は分かるし、もちろん知識はインプット済みだよ?夢に出てきた時点で雛子ちゃんに全部聞いてると思ったのになあ」


「何で自分で使ってるのに気づかないの?」


「昔、お母様に秘術使えるようになったよって自慢したら『普通の子が欲しかったのに』とか、『何でそんな嘘ばっかりつくの』とか散々言われて。術式とか認識できなくなった」


「お母さんの存在って子どもには大きいもんな。俺でも多分そうなるよ。へえ、秘術か」


「あはは。なんで驚かないの?ぜうす先生、普通の人じゃないみたい」


「ああ。8歳の時に宇宙人に誘拐されてから殆どのことに驚かなくなったね。何故か地球に帰ってこれて、今こうして教師をしてる」


「うっそだー」


「ほんとだって」



 そんな雑談をしながらゆっくりとした時間を過ごした。



 ――翌日午前11時25分――


「おはよう」


 ダブルベットの側にはドストエフスキーの“罪と罰”を読む雛子さんの姿があった。


「いい夢見れた?」


「うん。ぜうす先生と、らぶらぶする夢」


「そんなことしてないだろ」


 きゃははっと声を上げてしいちゃんが抱きついてくる。


「なんか忘れてるような気がするんだよなー」


 あ。


「学校!」


 急いでベットから出ようとすると、ドアが開き青島さんが入ってきた。


「ちゃんと声真似で休むって電話しといたぞ。『もしもし?神楽剣志ですが』ってね」


「声真似って……青島、そんなことに秘術使うのやめたら?」


 秘術だったのか。どうりで昨日もしいちゃんの声に激似だったわけだ。


「さて。今日はローストビーフにしようか」


「やったー!ぜうす先生も食べるよね?」


「ああ。ご馳走になろうかな」


「じゃあ、ダイニングに集合で。青島くんの分は抜きね」


「まだ怒ってんのかよ。待ってくれ、雛子さん」


 青島が雛子さんを追いかけて部屋を出て行く


「ぜうす先生。こっち向いて」


「ん?顔に何かついてる?」


「ううん」


 ちゅっ


「初キスは、先生にあげる」


「それは困る。俺は」


「先生だから。わかってるよ。ぜうす先生は先生だから何も返してくれなくていいよ」


「わかってるならいい」


 どこが“いい”んだよ!笑い返すな自分!


「俺って教師向いてないよなー」


「そんなことないよ?世界中のみんなが向いてないって言っても、私が向いてるって証明してみせる。私だけはぜうす先生の味方だから」


「わかった。でも、これからも俺としいちゃんは生徒と教師だ。わかった?」


「ううー。わかった」


「じゃあ行こっか」






「うん!」


今回はちょっと長めです。

平成、終わっちゃいますね。

しいちゃん達はすでに令和を生きてますねw

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