しいと不登校
時は2019年。5月の第2木曜日。
10連休明け三日目。
あれからもう3週間。誰とも連絡を取らず、しいは一人で(仮)ニート生活を楽しんでいた。そして今日は雛子ちゃんが返ってくる日だ。
「ただいまー」
「おかえりー!どうだったすごかった?」
雛子ちゃんはこの10連休を豪華客船『さるわたし』で過ごしていて、超高速航行で行く地球一周旅行から今日帰って来たのだ。
「うん。お土産買ってきたよ。それよりしいちゃん、担任の先生からの着信がすごかったんだけど……」
「あー、うん。ごめん。何回も電話かかってくるし家庭訪問にくるから居留守使ってた。それより雛子ちゃん、頼んでたアレ買ってきた?」
「もっちろーん。じゃじゃんっ」
雛子はスーツケースの中から絵画を取り出した。
「やったー!ふぇいますなやつ!いくらだった?」
「オークションでは私の全財産でもお金足りなくて何も買えなかったんだけど、艦を降りたところに元石油王のハンサムな方がいて譲ってもらったの」
「なに、お父様とスカイダイビングするって言ってた人?それ」
「そうかも」
新しくコレクションに加わった絵画を渡り廊下の一番手前に掛けると、イタリアンホワイトのコレクションが完成した。
「やっと揃ったね」
「うん。すごいね」
そこには様々なイタリアンホワイトがあった。
イタリアンホワイトはキク科ヒマワリ属。だいたい白色。いわゆる白いヒマワリというやつだ。
その絵画や写真、折り紙や生花を20点ほど自室につながる渡り廊下に飾ってある。空中廊下になっているので、その下には庭が広がっていてもちろんイタリアンホワイトが植えてある。毎年7月から9月ごろに咲き誇るイタリアンホワイトはこの家の顔のようなものだ。
まあ、なぜイタリアンホワイトを気に入ったのかはまた別の機会に説明するとしよう。
ピーンポーン
「うわっまただ。雛子ちゃんって、ネズミーランドで列並んでて自分の順番来たらキャストの人に“パスの方通しますねー”って割り込まれちゃうタイプ?」
「なにそれ?まあそうだけど」
「やっぱりね」
インターホンにはお馴染みの担任の顔があった。
「今日は入れてもいいよ。いつまでもインターホンの前に居られたらオバケみたいで怖いし」
「失礼なこと言わないの」
「はいはい」
4月の第3木曜日から学校に行っていないのだが、そこから3日か4日おきくらいに担任が訪ねてくるようになった。リビングに来るような気がしたので部屋に引き揚げることにする。
「依鶴さーん。話しようやー」
なんて声が聞こえてきたと思ったら、がちゃんっと嫌な音がした。
は?今、“がちゃん”って言った?
「あ、先生大丈夫ですか?お怪我は……」
もしかして……と思ってドアの隙間からそっと覗いてみる。
「私の、お気に入りの花瓶」
こちらに気付いたようで、担任が申し訳なさそうな顔でこっちを見てくる。
なんでそんな顔してるんだよ。悲しいのはこっちなのに。
「なんでそんな顔してるんだよ。悲しいのはこっちなのに」
声に出てた。
「それ私のお気に入りだし、世界で一つしかない特注品だから弁償してよ?担任の先生」
「担任の先生って……それに」
「そうよ。弁償なんかしなくたってお金は」
「雛子ちゃんは黙ってて?応接室に紅茶をお願い」
「うん……」
「担任の先生はこっち」
「おう」
担任の先生をリビング横の応接室に案内して自分はウォークインクローゼットに戻る。
今日は着るはずのなかったスーツに身を包み、今度はリップではなく口紅を塗る。口紅は、嫌な案件や面倒な時に気を引き締める用になっている。
応接室に戻るとちょうど雛子ちゃんが紅茶を出しているところだった。
「お待たせしました。雛子ちゃん……今回は、ね?」
心配そうな雛子ちゃんに部屋を出るよう促す。そして、渋々出て行く雛子ちゃんを横目に会話を始める。
「担任の先生」
「は、はい」
「ちょっと百万円の借金はかわいそうだから、いうこと聞いてくれたら弁償は勘弁してあげる。けど、私の1番お気に入りのコレクションだったから恨み続けるけどね」
「うらみ……」
「そう。恨み続ける。それで、何をさせようかなー」
狭い保健室を広くする、いつでも学校入れる権をもらう、んー違うな。
「ああ、そうだ。うちの学校の体操服くそダサいから、体操服変えてくれたらチャラにしようかな」
「それは、来年から……ですか?」
「そんなの今からに決まってんじゃん。在校生徒の分は払ってあげよう。デザイン決めたら見せに来てね。体育大会までに間に合ったら、体育大会出てあげてもいいよ」
「そんなの私の一存では決められんよ」
「じゃあ弁償できるの?」
「でき……ません」
「うんそうだよね。じゃあ、やってね。なんなら校長先生にこっちから話つけてあげよっか」
沈黙が続く。
「まあ、沈黙はイエスを意味するって言うし。行こっか」
体操服を変更する契約書にサインしてもらう。
はまぐちって、羽間愚地だったの?先祖のネーミングセンスってゆうか当て字?センスすごすぎ。
ピーチティーを飲み干し、応接室を出る。
「じゃあ、また後で。IZUMO、ニャインボットの用意を」
『了解です。ニャインボットの用意をします』
「あとでって……」
ニャインボットの最高速度は車より速いし、担任の車に乗る気もないのでニャインボットの用意をする。ちなみに、心配してくれているのに冷たい態度をとったので、雛子ちゃんに『送って?』なんて言う選択肢はない。
時速120キロで砂利道をぶっ飛ばす。車ではこうはいかない。
あっという間に学校に到着。職員玄関のインターホンを押す。
「こんにちは。高梨依鶴です。元気に脅しにきました!」
こないだは『はいどうぞー』と無機質な答えが返ってきたが、今回は違った。
「あれ、しいちゃん。今、はまぐち先生が家庭訪問に行ってるんじゃ……」
それは、ぜうす先生の声だった。
「神楽先生、鍵開けてください」
「ああ……うん」
ガチャッと鍵が開く。
ニャインボットに乗るためにスニーカーを履いてきたため、ヒールを持ってくるのを忘れた。
とんだ失態だが仕方がない。内ズックに履き替えて、校長室を目指す。
コンコンコンッ
「はーい」
「イズモ代表取締役兼社長の高梨依鶴ですが、商談に参りました。失礼します」
ガチャッ
「ああ、姫さん。ちょうど商談中ですよ。わざわざきてくださらんでもよかったのに」
「なんで青島がここにいるの?」
「こないだ姫さんが体操服がダサいってぼやいてたから、どうにかしろってことかなーって思って。こんなんでいっすかね?」
渡された紙には、青を基調とした最強の体操服がプリントされていた。宇宙服にも使われる最新の繊維を使われている。男女用の2種類と性別無関係の2種類を合わせて4種類のデザインから選べるようになっていて、かっこいいし気に入った。
「はっはっはっ。サインしましたよ。高梨さんと青島さん、うちの学校の繁栄にご協力よろしくお願いしますね」
「はい!」
ほんの数分で校長室から出て来たのに、ぐちはまが待っていた。
「どんだけ頑張って車飛ばしてきたの?てゆうか、命拾いしたね、ぐちはま」
「あ、ぐちはまに戻った」
そっちかよ。まあいい。数週間続いた(仮)ニート生活は今日でおしまいだと思う。まあ、とにかくぜうす先生に無性に会いたいし会いてえし会いとうござるので会いに行こう!きっと職員室にいるはず。
青島やぐちはまをほったらかして職員室に直行した。このあいだは躊躇したけど、今日のしいはこないだのしいとは違う!
ガラガラッ
「失礼しま……」
目の前にぜうす先生。このシチュエーションが前回あれば、無駄に頭痛に苦しまなくてもよかったのに。
「しいちゃん」
「うん」
「ちょっと話そうか。次の時間も授業入ってないから」
「うん」
そして二人は相談室に消えていく。
『これから何を話すとかどうなるとか、この際どうでもいいんだから』
誰に言いたいのかもわからないそんな言葉がふっと頭に浮かんだ。
本当に上履きをズックって言うんですよw
分布図的には東北地方にもズックは居るみたいですね。
東も西も南も“うわばき”とか“うわぐつ”なのに、どっからズックが伝わってきたんでしょうか......
あと三年くらいで新幹線くるので、北陸観光の際には是非福井に!
って、なんでこんなこと書いてるんだろう。
おやすみなさいw