しいと頭痛
主人公が嘔吐する場面があるのでご注意ください。
時は2019年。4月の第3木曜日。
午前6時。
ズキンッ
ガンッ
ゴン!ドン!ガゴン!
ブチっ
しいの頰に一筋の涙が垂れる。
「ぁ……たまが……」
いたい。その声すら発せられないくらいに。頭の中で鐘が響く。新幹線同士が衝突する。黒板に爪がかする。踏切音が鳴り続ける。苦しい?悲しい?怒り?どれも違う。瞬間、言い表せない感情が口から出てくる。ただ、それには味があった。なぜなら胃液だから。にがい。気持ち悪い。
「うええええええええ」
とっさにゴミ箱に吐いた。
「しいちゃん大丈夫?」
異変に気付いてやってきた雛子ちゃんが背中をさすってくれた。どんどん涙が溢れてくる。出すものもないのに吐き続ける。頭が重力に引っ張られる。どの方向を向いても楽にならない。身体全てが腐ったように、自由がきかない。
「いまバケツと坐薬持ってくるね。あと、ゼリーね。すぐ戻る」
胃に何も入ってないのに吐き続ける。いいのか悪いのか知らないけど、喉や口が気持ち悪いのでとりあえずゼリーを食べた。吐きまくる、ゼリーを食べる、吐きまくるを繰り返す。
普通の市販の薬は効かない。現在かかっている病院で出された坐薬(肛門に入れる形状の薬のこと)もなんとか吐かないようにすることができる程度だ。
坐薬を入れて30分ほど。吐き気は治まってきた。最近はあまり頭痛もなかったのに、ここ最近毎日外出していたせいだろうか……身体が悲鳴をあげていたのかもしれない。
寝返りをうちながらゼリーを頬張るけど、今すぐ地獄に落ちたほうが楽なんじゃないかと思うほど頭が痛い。もう一度言うけど頭が痛い。
「しいちゃん、電話」
なんで今かけてくるんだよ頭が痛いんだよ。
「えっと、ぜうす?先生から」
空気を、読んで。ぜうす先生。
「応答のボタン押して。雛子ちゃんはちょっと出てて」
雛子ちゃんは一瞬戸惑って、頭上の画面の“応答”をタッチして扉へ向かった。
「何かあったら呼んでね?」
ばたん。
「なんかあったの?」
「うげええ」
吐きかけた。吐いてないけど。
「え、大丈夫?」
神ノート見てないのかよ。
「昨日会えなくてごめんな。ノート見たよ」
見たのかよ。
「じゃあ今頭すっごい痛いから優しい“しい”じゃないし切っていい?」
「もうちょっといい?」
なによ?
「昨日、浜口先生からやっぱりしいが体育大会出ないって言ってるって聞いたから」
「もう出ないもん」
「なんで?」
「なんでも!」
「そっか。なんかあった?」
「しつこいし!今頭痛いって言ってんじゃん!こんなこと言いたくないから切っていいか聞いたのに!」
ちょっと沈黙があった。
「うん。また話しような。じゃあ……」
ぷつっ
「だから、そんなこと言いたかったんじゃないのに」
また涙が溢れてきた。別にぜうす先生が悪いわけじゃないのに。なるちゃんやあんちゃんも、ぐちはまも、みんな悪くないのに。ぜうす先生に当たってしまった。こんな自分好きじゃない。そう思うとまたあふれる。
頭痛いからってぜうす先生に当たって、かっこ悪い。自分勝手で、バカみたいだ。普通になりたい。普通の、女子中学生で、普通の女の子に。
てか、もう学校行かない!ニートになる!『本業』なんてくそくらえだ!何が体育大会だよ。暑いだけじゃん!
知らない。もう全部知らない!
「しいちゃん、電話終わった?」
その声の方を見ると雛子ちゃんが顔を覗かせていた。
「うん」
「汗かいてるだろうし、着替えよ。ほら、体操服持ってきたよ」
「なんで?いつも交互に来てる方のパジャマは?」
「昨日の夜に片方洗濯したの忘れて朝もう片方も洗濯しちゃって……まだ乾いてないの。それに、しいちゃんの学校の体操服……古風でいいじゃん」
「どこが?てゆうかもう学校行かないし。行かない学校の体操服なんて着たくない」
「わがまま言わないで。これ着たらしいちゃんの好きなガーリックラスク作ってあげるから」
「着せて」
はいはいという感じで雛子ちゃんが脱がして、拭いて、着せてくれた。思っていたより着心地がいい。通気性が良くて、なおかつ肌触りもなかなか。
「どう?初体操服」
「ふつー」
「似合ってるよ?」
「見えないからねむい。じゃなかったわかんない」
「子守唄歌ってあげよっか?」
「うん」
「ねんねんころりよ」
すかーっ
3秒で寝るのはしいの特技かもしれない。