しいと友達
時は2019年。4月の第3木曜日。
12時30分くらい。
ピピッピピピッピピッピピピッピピッ……
かちゃっ。
「んぁー」
雛子ちゃんが目覚ましかけてくれてたんだと思う。今は12時30分。給食終わったくらいかな?リビングに降りると、シナモンのいい匂いがした。食卓には一つのメモが。
『推しの握手会行ってくるね!
シナモントーストが焼けてるだろうから、チャイと一緒に良い午後を。学校には行くかわからないって連絡してあるから気分乗ったらいってらっしゃい。4時ごろには帰ります』
オーブンからトーストを取り出し、湯を沸かす。今日は、学校行こっかな。
チャイを飲みながら制服に着替える。昨日暇すぎてインナーを水色にしてみた。あ、髪の毛の話ね。怒られないだろうかーなんて思いながら編み込み、ヘアアイロンでいじって完成。
家を出る頃には1時になっていた。ニャンウェイに乗って移動する。陽射しが強いけど仕方がない。白いパラソルをさしながらニャインウェイで登校する女子中学生が今日、たぶん今世界で初めて生ました!
校庭を走り回る男女を横目に職員玄関のインターホンを鳴らす。
「こんにちは!高梨依鶴です。今日も元気に登校してきました!」
「はいどうぞー」
こっちのテンションに構わず低い声で返事がきて、鍵が開く音がした。
「あ、依鶴ちゃん?」
中に入ると、そこには上は制服なのに下は体操服の半ズボンという奇妙な格好の女子達がいた。
「かのんちゃんたちは先行ってて。依鶴ちゃんもうんだかんだでにゃんだきゃんだするから。うんよろはーい」
なんか謎の異言語を話している。
「えっと……」
「私は一緒のクラスの、安西絆那」
「私は成宮。杉下成宮。今から体育館でバドミントンするんだけど一緒にどう?」
杉下と成宮って、どっちも苗字じゃない?
「あー、ごめん。保健室寄らないといけなくて」
「そっか。またねー」
「うん」
1度しか会ってないのに顔覚えてるとかすご。女子中学生のコミュ能力って半端無いなと思う。そんなことを考えながら、曲がってすぐそこの保健室へ向かった。
「あ、わこちゃん先生がいない……」
いつもは“OPEN”になっている掛札が、今日は“吉崎は職員室にいます”になっている。
「職員室か。行きたくないなー」
「どーしたん?入らんの?保健室」
うっわびっくりしたー。
えっと、さっきの、
「杉下さんと安西さん」
「“なる”と“あんちゃん”でいいよ?な!あんちゃん」
「うん。吉崎先生おらんのかー。依鶴ちゃんも一緒に呼びに行く?」
ここで断る理由もないか。一人で職員室行くのも嫌だし。
「うん。一緒に行こ」
しいの見立てとしては、職員室は保健室の真上にあるから案外近いし、すぐ離れるだろうという感じだ。
「ぐちはまから聞いたけど、依鶴ちゃん体育大会出るんやろ?なるもあんちゃんもクラスリーダーになったから、わからんことあったら聞いてなー!」
そういえばノリでぜうす先生とそんな約束をしてしまったような……やらかした。
「うんありがと。そういえば、なんで戻ってきたの?」
「あー、うちのクラスの男子が足ひねって動けんくて、しゃーないし呼んできてあげるわーってことになって」
めっちゃ優しいじゃん!
ぐちはまに『この学校は女子が強いから男子なんて怖くないでー』なんて聞いていたから、ガッツリ系ってゆうか性格強い人たちの集まりなのかと思ってた。
いよいよ職員室の扉……って、気後れしてたら秒で呼んできたー!
「いつの間に友達できたん?依鶴ちゃんすごいやん」
「何言っとんの、せんせー?なる達は全校生徒みんなが友達やから!な?あんちゃん!」
「うん。やから、依鶴ちゃんももう友達やで!」
「あ、ありがとう」
え、友達ってそんな軽く作れるの?
「じゃあ先生、その足ひねった男子のとこ行っとるし」
「はーい。成宮さん、絆那さん、ばいばーい」
「だから“なる”と“あんちゃん”だって!」
「なるちゃんとあんちゃん……」
「そそ。じゃーねー」
やっと二人と別れた。保健室の鍵もゲットした……けど、もう一つ大切なミッションがある。さっきは確認できなかったけど、職員室にぜうす先生がいるか確かめねば。
「失礼しま」
がらっ
「す……」
なんだ。ぐちはまか。
「ぐちはま、ぜうす先生は?」
「さっき反対側のドアから出ていったで?」
「へ?」
反対側のドアの方向を見るが、もうぜうす先生の姿はない。
「そんな残念そうな顔すんなやー。それより体育大会出るって?無理せんくていいからな」
「今日ぜうす先生に会えなかったらでなぃ」
「ん?」
「今日ぜうす先生に会えなかったらでない!出ない!」
「なんやどうしたん」
「これぜうす先生の机に置いといて!」
「ああ、うん」
チャイムが鳴り、見知らぬ先生達が横を通り抜けていく。
ぐちはまが帰ってきた。
「いづ……高梨さん、神楽先生5時間目から出張やからおらんくて。保健室で帰り待つか?」
「いい!」
保健室の鍵を押し付けて走り出す。
「体育大会はー?」
「出ない!」
なぜか涙がこぼれていく。ニャインボットで全速力で帰った。
まだ、2時前。もちろん雛子ちゃんも帰ってないし、涙でぼやけながら自分で目覚ましをセットした。
もう泣く体力もないと主張するように涙は引っ込み、しいは眠りについた。