しいと保健室
時は2019年。4月の第3月曜日。
超田舎町、「真堕町」から車をぶっ飛ばして2時間。
最寄りの病院にて。
「あなたは、うつ病ですね」
「絶対違います!」
「は?」
「仕事辞めたいだけなのでうつ病じゃないです。明日はライブに行くので。ライブに行くような私はうつ病じゃないですよね」
「そんなことはないと思いますけど。はやく転職されてはいかがですか?」
「無理です。仕事行ってきます」
「……いってらっしゃい」
じゃあ何できたんだこいつって顔された。
今日こそ仕事辞めたいんだ。
『学校』という名の仕事を。
「しいちゃん。病院どうだった?」
「くそだった。うつ病という病名はもっと深刻に悩んでて、すごおく辛い人に診断しなきゃなのに」
「そっか。しいちゃん、何言ったらうつ病って診断されたの?」
聞いてきたのは18歳、高校卒業したてほやほやの保護者?
五人囃子雛子である。
「しいは普通に仕事辞めたいとか、仕事きついとか、仕事ぶらっくとか、仕事について話しただけ」
「それってちゃんとうつ病なんじゃない?」
「違うもん!しいは社畜なの!仕事辞めたい社畜なの!早く会社向かってよ!」
「はいはい。今日体操服登校でしょ?体操服に着替えたら?」
「ここで着替えたら丸見えじゃん。それに、制服の方がかわいくない?」
雛子ちゃんはサイドブレーキを下げて、『それではご準備をー?』と言った。
シートベルトかちゃっ
サイドミラーよしっ!
「「しゅっぱーつしんこー!」」
がたがたがた……舗装されてない道を行きの倍の速度でぶっ飛ばし、6時間目終了5分前にこの私『しい』こと、高梨依鶴は保健室に登校した。
「こんにちは!保健の先生!」
「いづるちゃん、もう夕方やで。それと、保健の先生じゃなくて名前で呼んでほしいなあ。ちゃんと私には、吉崎和湖っていう名前があるんだから」
男子生徒の足首をアイシングしながらも、しいに丁寧に対応してくれるこの先生のことは、そこまで嫌いではないとおもう。
「じゃあわこちゃん?」
「先生な。おばさんやから『わこちゃん』っていうのもどうかと思うけど」
「わこちゃん先生!」
「まあ、よし。それで、担任の先生呼ぶ?」
担任の先生……正直言って顔が思い出せない。誰だっけ?
「どっちでもいい」
「そっか。それで、今日は登校しないつもりやったの?」
「そんなことないよ?2時間かけて病院行って、診察前にマンガ立ち読みしてマスカラとリップ買ってから診察受けて、帰ってきたらこの時間だっただけ」
「そうなんだ、電車で行ったの?」
「雛子ちゃんが車で送ってくれた」
「いっつも迎えにきてくれる赤い車のお姉さんかな?」
「そそ」
なんて話をしていると、呼んでもないのに担任の先生が入ってきた。
「担任のせんせー。来てくれんくても良かったのに」
「はは、微妙に傷つくわ」
「わこちゃん先生に手当てしてもらったら?」
担任の先生は向かいの椅子に腰掛けて、頭をぽりぽりかいている。こういうところがあんまり好きじゃない。
「吉崎先生の名前は覚えれたんか。わしは?」
「髪の毛剃ってる先生の名前なんて知らなーい。てゆか、なんで来たの?」
「そうか。先生の名前、ハマグチって言うんやけど、知らんのか。いや、それは別によくてやな。依鶴さん体育大会出んのかなーと思って」
体育大会?そんなの出るわけないじゃん。暑いし、人いっぱいいるし。てゆかこの町、超田舎なのに駅すっごいし全校生徒500人の中学校なのに登校する道砂利だし、意味わかんない。あと、ふつうにキモい。
「依鶴さんとかきもーい。そんなんだから人気ないんだよ?体育大会は出ません!」
「それは、わしの住んどる市と、この学校の微妙な差っていうか。わしのとこでは生徒みんな先生のこと『ぐちはまー』とか呼び捨てせんし、靴のことズックって言わんからなあ」
「まじで?」
「まじで」
かるちゃああああしょおっく!え、ズックはズックじゃない?内ばき、中で履く靴。ズックじゃん。
「びっくりぽんきちなんやけど。そうなの?わこちゃん先生」
「高校だったらまだいいけど、大学行ってそれ言うと確実に『何それ?』って笑われるね」
まじかあ。
「さて、そろそろ掃除の時間終わるし、わしは戻るけど、クラスの女子呼んでこようか?」
「それもいいけど、ぜうす先生と遊びたい!ぐちはま、呼んできて!」
「ぜうす……ああ、神楽先生のことね。了解了解、呼んでくるわ」
そう言ってなんだか嬉しそうに、担任の先生は廊下に吸い込まれていった。もしかしたら、彼は相当なMなのかもしれない......と思ったような、思ってないような。
数分後。
「ご所望の神楽剣志の到着ですよー」
「わああああああああああああああああああああ!」
思いっきり抱きついてしまった。ぜうす先生、まじ神!
「見られてる見られてる!」
「いいじゃん。ぜうす先生、おはよお!」
「うん。おはよう。とりあえず離れよっか」
「いや」
「いやじゃなーいっと」
引き剥がされたー。
「相当な懐きっぷりですね」
「ほら、変な目で見られるぞ?」
「もう見られてるもん」
「それで、何のご用で?」
「ぜうすパワーを貯めてから帰ろうと思ったの。あさって役員会議だから頑張れって言って?」
「しいちゃんはあの『イズモ』の社長さんだもんな。宇宙科学の会社とかすごいな。頑張れ!」
もう最高!ぜうす先生の『めっちゃ頑張れ感の溢れるガッツポーズ』だけがしいを勇気付けてくれるの。本当に。
「ありがとー!しい、ぜうす先生がいるなら仕事辞めない」
「え?仕事辞めるの?」
「イズモのほうじゃなくて、学生の『本業』の、学校のほうの仕事」
「あー。それは辞めちゃダメだな」
「何でよ!こないだのテストもオール100点だったし、授業とかつまんないじゃん。友達もいないし......来なくてもいいじゃん」
「まあ、本っ当に嫌なら月1でも2ヶ月に一回でもいいし、学校に来てくれるだけで嬉しいけど、でもオレは寂しいよ?」
わあああああああああああああ。何てこと言ってくれるんだこの人は!尊敬する。決して好きではない!尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬尊敬!
「神楽先生、そろそろ帰りの会じゃないですか?」
わこちゃん先生は時計を指差してそう言った。
「んじゃあ、しいちゃん。そろそろ行くな」
「ちょっと待って!」
むぎゅーっ
今度は短めに、全力でぜうす先生の大きな手を握りしめた。
「ぜうすパワー充填完了ですっ!いってらっしゃい!」
「はい。いってきます」
そういってぜうす先生は出ていった。ぜうす先生のいない保健室にもう用は無い。自分も雛子ちゃんの車に向かうために保健室を後にした。
「あー疲れた。もう活動限界。ここで寝ちゃっていい?」
「えー、しいちゃん24時間きっちり寝ないと起きれないじゃん。役員会議明後日だから、起きたらちゃんと資料作ってね?」
「りょーかいしましたっ!」
「じゃあおやすみ」
「うん。おやすみ」
3秒後にはすーすーと静かな寝息が車内に響いていた。
こんばんは。
他の作品も3、4月中に上げます。
ゆるうく行きましょう。