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第五話:風呂に入る

 とりあえず、今日は遅くなったので、三人は宿屋へ宿泊することにした。

 二階の一人用を二部屋予約していたので、ケンは一人で泊り、廊下を隔てた部屋にナオミとハナが二人で一部屋に泊ることにした。

「ベッドが一つしかないので、一緒に寝ましょう、ハナちゃん」とナオミが言うと、ハナは無言でうなずいた。


 部屋に入ると、ハナは斧を隅に置いて、中を見回した後、

「ケン、一緒の部屋じゃない。なぜ?」とナオミに聞く。

「え、だって、男女別々じゃないと……」とナオミがとまどっていると、

「ナオミ、ケン嫌いか」とハナがナオミに言った。

「え? 別に嫌いじゃないけど」

 突然、ケンのことを質問されて、ナオミはちょっと慌てた。

「じゃあ好きか」

「べ、別にどっちでもないよ」と少し顔を赤くして、ますます慌てるナオミ。

 ナオミは本当のところケンに好意を持っているのだが、何だか恥ずかしくてハナに言えなかった。


 話題をそらそうと、ナオミは部屋の窓を開ける。

 夕焼け空の中、北西の方向にナガーノ山が見える。

 高い山々の尾根がくっきりと見え、まるで絵画を観ているようだ。

「あの山からハナちゃんは来たのね」

「うん」とうなずくハナ。

 ハナは山を指さしながら、

「もうすぐ。赤。黄色。きれい」と言った。

「え、赤、黄色? ああ紅葉か」

 もう、秋だもんなとナオミは思った。

「ハナちゃんの生まれたとこに行ってみたいなあ」とナオミが言うと、

「いつか、案内する」と嬉しそうにハナが言った。

 窓際に一緒に並んで立っていて、ふとハナの頭を見ると、髪の毛がだいぶ汚れているのに気づいたナオミは、

「ハナちゃん、一緒にお風呂に入ろうか」と誘った。

「風呂? 入ったことない」とハナが答える。

「え、体を洗ったことないの?」

「川で洗う」

「そうなんだ」

 冬は冷たくないのかなとナオミは思った。


 宿屋の共同風呂の脱衣所で、靴を脱ぐとハナの足が随分大きいのにナオミは気づいた。

 靴がデカい。

 ナオミと同じくらいある。

「ハナちゃん、足が大きいなあ」とナオミが驚くと、

「これ、普通」とハナは答える。

「ハナちゃん、何才なの」

「十二。ナオミは?」

「私は十八才よ」


 ナオミは洗い場で、ハナの髪の毛を洗ってあげた。

 金色でボサボサの髪の毛が、きれいなストレートヘアになった。

 体を洗った後、ナオミとハナは一緒に湯船に浸かる。

「ふう、気持ちいいわね」とナオミは目をつぶる。

 さっき、ハナに言われたことを頭に浮かべていた。

 ケンのことだ。

 剣士の腕前も相当なもんだし、ぶっきらぼうのふりして、実は性格も優しい。

 ちょっと頑固なとこがあるけれど。

 あと、顔もけっこういけてる。

 恋人として正式に付き合わないかと言おうとしたことがあったけど、幼馴染なんで、何となく恥ずかしいのでやめてしまった。

 うーん、ケンの方から告白してくれないかなあ。


 そんなことを考えていて、ふと目を開けると、ハナがナオミの胸をじっと見ている。

「な、なに?」思わず両手で胸を隠すナオミ。

「ナオミ、胸大きい」と真面目な顔でハナが言う。

「エヘヘ、ハナちゃんも、もう少し年を取ればいずれ大きくなるわ」とナオミはちょっと恥ずかしがる。


 体が温まったので、風呂を出てバスローブ姿で二人は部屋に戻った。

 ハナは背が低いのでバスローブの裾を引きずって廊下を歩いている。

「お風呂どうだった」とナオミがハナに聞くと、

「川より、気持ちいい!」と嬉しそうにしている。


 部屋に入って、「パジャマ、パジャマ」と言いながら、ナオミが荷物からハナ用のパジャマを探していると、ハナがさっさとバスローブを脱いで、裸になってベッドに入ってしまった。

 それを見て、

「あの、私、そういう趣味は無いんだけど。いや、差別はよくないけどね」とナオミが困っていると、

「趣味でない。いつも裸で寝る。体、調子良くなる」とハナが答える。

「え、そうなの」とナオミがベッドへ近づくと、

「ナオミも、そうする」とハナはナオミのバスローブを怪力で掴んで剥ぎ取った。

「キャー!」

 素っ裸にされたナオミは思わず悲鳴を上げる。

「何かあったか!」とナオミの悲鳴を聞いたケンが部屋に飛び込んで来た。

 ナオミの裸を見て、ケンは部屋の中で固まった。

「バカ!」とナオミは叫び、慌てて毛布で体を隠して、枕をケンに投げつける。

「イテ!」と顔面に枕をぶつけられたケンは、すごすごと自分の部屋に引き上げた。


 その様子を見たハナが、

「ナオミ、怒ったか」とナオミを見上げて、心配そうな顔をする。

「いや、怒ってないよ。びっくりしただけ」とナオミは笑う。

 ケンに裸を見られてしまった。

 ちょっと顔を赤くするナオミ。

 けど、まあ、いいか。

 小さい頃は一緒にお風呂に入ったりしたこともあったしなあと、ナオミが子供の頃を思い出していると、

「裸で寝る、やめる」とハナが言いだして、ナオミから予備のパジャマを借りる。

 裾をまくっても、ダブダブのパジャマ姿のハナを見て、ナオミは少し笑ってしまった。


 一緒のベッドに入り、室内のランプを消す。

 暗い部屋のベッドの中で、ナオミは、

「それにしても、ハナちゃんはどうやってウラーワ村まで来たの」とハナに聞いた。

「山を下りた。だいぶ歩いた。疲れた。チチーブでアラ川、舟にもぐり込んだ。川下ってるとき、舟の人、見つかった。降ろされた。少し歩いたら、この村」

「ふーん、大変だったのね。ところで、ハナちゃん、なんでお金が必要なの」

「弟、病気。お金、必要」とハナが答える。

「そうなんだ、病気かあ。可哀想。弟さんの名前は」

「タロ……」とハナは眠そうに答える。

「タロちゃんはどんな病気なの」とナオミが聞くが、ハナはもういびきをかいて眠り込んでいた。

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