将来の芸術家の予定
ギードたちが劇場に入ると、案内された席は王族や上流貴族が使用する貴賓席だった。
「……いいのか?、こんな席。こういっては何だが不敬にはならないのか」
義父の心配をギードは笑顔で打ち消す。
「ええ、大丈夫です」
その席は人波で溢れる劇場内が良く見える高い位置にあり、舞台からは見えるが下からは見ることが出来ない。
二十人ほどが入れる小さな部屋である。
「特等席だ。すごい」
甥っ子は目を丸くして下を覗き込んでいる。
「すごいねー」「すごいねー」
ミキリアとナティリアがその隣ではしゃいでいる。
「危ないですよ」
と、同行しているギード家の青年執事がはらはらして見守っている。
「失礼します。お連れ様がお着きになりました」
劇場の案内係が客の訪れを告げる。
「ありがとう」
祖父母の一家が不思議そうな顔をするが、ギードは構わず同席する連れを招き入れた。
「お招きありがとうございます。ギードさん」
「いえいえ、シャルネさま。このような席を確保していただいたのですから、当然です」
『始まりの町』領主シャルネとその夫、そして娘の一家だった。
幕が上がると興奮していた子供たちも雰囲気にのまれたのか、静かになった。
芝居の中に音楽と歌が効果的に使われ、盛り上げている。
ユイリは見ているというよりも目を閉じて音楽や歌を聞いているようだ。
タミリアとミキリアは反応が似ている。
劇を真剣に見ていたのは最初だけで、あとはこの部屋の中に用意されている軽食やお菓子をふたりで食べていた。
ギードとしては静かでいいので放っておく。
意外だったのはナティリアである。
「おとーしゃま。あれはなんですかー」
「んー?」
舞台を指さしたり、チラシを持ち出してあれこれと聞いてきた。
劇場など初めてのギードには答えられないものばかり。
困っているとイヴォンが説明してくれた。彼は脳筋ぽい見かけによらず、芸術に詳しい。
「あれは外の風景を絵や小物で表現しているんだよ」
ナティリアは壁に描かれた絵や、動く影絵、役者が出たり入ったりするのを目を輝かせて観ている。
しかし最後のほうは興奮し過ぎて疲れたのか眠ってしまっていた。
ギードは執事と共に先に家に帰らせた。
途中で休憩が入り、約一時間半ほどの劇であったが見ごたえはあったと思う。
双子はうれしそうに機会を作ってくれた祖父母にお礼を言う。
「お祖母さま、お祖父さま、すごく良かったです」
「おいしかったです!」
タミリアがミキリアの頭にごつんと拳骨を落としていた。
シャルネ一家も娘が眠ってしまったので、劇が終わると同時にすっといなくなった。
部屋に残っていたギードたちのところに劇場の支配人らしい男性がやって来た。
「ぜひ、うちの歌姫と楽団長がご挨拶したいと申しておりまして」
ギードは祖父母と顔を見合わせる。
客はすでに外に出されており、劇場内に残っているのは後片付けをしている劇団員や楽団員だけである。
「よかろう。下へ降りていけばよいのか?」
老舗商会の会長は威厳たっぷりに答えた。
芸術というものは維持するためには莫大な費用がかかる。
劇団や楽団に所属している者はたいていがそれだけでは食べていけず、貴族や裕福な商家の後援を受けていた。
こうして貴賓席の客に主役や楽団長が顔合わせをお願いするのはそのためである。
「あー、支配人さん。お願いがあるんですが」
高名な魔法剣士であるタミリアの後ろから、影の薄いエルフが支配人に声をかけた。
首を傾げながら
「何でしょう」
と支配人は応える。
「申し訳ありませんが、楽団員の方々を何人か呼んでいただけませんか?」
支配人は楽団長以外と聞いて、誰も帰らないうちにと慌てて呼びに行った。
劇場の別室に、先ほどの劇中の衣装ではない私服の役者たちや楽団員が並んでいる。
中には不機嫌そうな者もいるが、多くは新しい後援者を得ようと笑顔を作っていた。
タミリアの姿を見ると知っている者も多く、彼らのほうが興奮して握手を求めて来たりした。
祖父母や伯父一家も有名な劇団員に挨拶をされて顔を赤くしたり、歌を褒めたりしている。
この様子だと衣装の一部を援助してくれそうだと支配人はほくほく顔をしていた。
やはり服飾の商会の一家だということは知っていたようだ。
楽団員のところへギードはユイリを連れて挨拶に向かう。
「皆さん、お疲れのところ申し訳ありません」
ギードは気配を消す魔法を解除する。すると、黒髪から覗くエルフの耳が露わになった。
舞台の上の者たちのほとんどが人族だ。
珍しいエルフの姿に目を見張る。
エルフ特有の耳は、聴力が発達していることを意味していた。
普通の人族では聞き取れない音を聞き、外れた音に不快感を示す。音楽家にとってはある意味怖い存在なのだ。
「とても素晴らしい出来でした」
ギードは微笑む。
その時、楽団員の一人の女性がそっと近寄って来た。
「あの、お久しぶりです。ギードさん、タミリアさん」
ギードは咄嗟に名前が出なかったが、
「あの迷子の」
と言われて思い出した。
以前ギードが雨の森で保護したことがあった、美しい金色の髪をした人族の女性であった。
「あー、あの時のべっぴんさん」
「はい。ターラーです。覚えていてくださったんですね」
タミリアも思い出したようで、三人で懐かしく思い出話をする。
彼女は最近になって狩りのグループを引退し、結婚して王都に腰を落ち着けたそうだ。
昔やっていた音楽をもう一度始め、今はこの楽団に所属している。
彼女は人族でありながら、その身体にエルフの血を受け継いでいた。そのため、子供の頃から人族の薬が効かず、病弱だった。
迷子になった森でギードと知り合い、エルフの薬を得たことで彼女は健康になったのだ。どんなに感謝しても足りないほど感謝している。
「ギドちゃん、知り合い?」
「そうだよ」
ギードはそう言うとユイリにターラーを紹介する。
「森のウロの中でお世話になった時はまだ赤子だったのに」
美しい人族の女性に、大きくなりましたねと言われてユイリは顔を赤くする。
「音楽がお好きなのですか?」
「はいっ」
ユイリは、ターラーに楽器や音楽の話を熱心に聞き始めた。