008
カロンは目の前の光景を信じられない思いで見ていた。村に突然現れたダカットという冒険者の男、その男の目的を聞き出そうとした、その矢先のことだ。
「なんだ、それ……」
理解は出来る。だが受け入れがたい。人間の手足が無機質で歪な鉄塊になっているなどと言うことは。
「人間、なのか?」
だから自然と、口からはそんな疑問が漏れた。
とても、気味が悪い。
このダカットと言う男は鉄の腕のようなものを差し出しているが、カロンはそれの近くにいることすら恐ろしく感じる。
「……元は普通だった」
しかし、ダカットはそんなカロンの反応に少し目を細めただけで、今までと同じように話を続けた。
何故なら彼にとって、カロンの反応は寧ろ慣れたものだったからだ。昨日のエイリャのような反応の方が珍しいのであって、一般的な人間はカロンのような反応の方が当たり前なのである。
「元は?」
「精霊を知っているか」
「そりゃあ知ってるけど。あの、延々風を吹かせてるやつだろ」
カロンは村にいる精霊を思い浮かべた。いつも同じ場所にいて、いつも同じ高さに浮いていて、いつも同じ強さで風を吹かせている妙な土塊だ。
何でそんなことをしているのかよく分からないが、カロンの祖父のそのまた祖父より前の時からずっと変わらないらしいので、そう言うものだと納得するしかない。
「それだけじゃない」
「って言うと?」
「精霊にはもっと種類がいる」
しかしダカット曰く、カロンが知っている精霊というのは、色々いる中のたった一種類にしか過ぎないらしい。
「ただ浮かんでいる奴。土を耕す奴。近寄ると弾く奴。水を作る奴。とにかく数え切れない程だ」
「なんか面白そうだけど……」
ダカットの語る精霊像は多彩で、カロンは大いに興味を惹かれた。この蒸らしか知らない彼にとって、聞くだけでワクワクとしてくる内容だ。
だがこの話が始まった経緯を考えれば、それだけでないだろうというのはカロンにも分かる。事実、事情を語るダカットの表情は硬く険しいものだ。
「今言ったのは、安全な部類だ」
「やっぱり、危険なのもいるのか?」
「いる」
そう言うと、ダカットは右手の大きな指を一本ずつ曲げながら例を挙げ始めた。
「近寄るとバラバラに切り裂く奴。恐ろしい速さで飛んでいる奴。魔物を強化する奴」
一つ数える毎に、彼の指がギリギリと音を立てる。
「海を凍らせる奴。それから——」
そして最後の一匹を数える時、ダカットは手を強く握り締めた。同時に強く金属の擦れる音と、何かが割れる硬質な音がする。
「生き物を別のものにする奴」
見れば、ダカットの巨大な右手は所々が割れ、表面の鉄板がひしゃげていた。どれだけ強い力で握ればそんなことになるのか、カロンには見当も付かない。
だがそれでも、カロンは今の話でダカットが何を言いたいのかは理解できた。
「じゃあ、その腕と脚は、精霊にやられたって言うのか」
「ああ」
その事実に、カロンの喉がゴクリと音を立てる。
人間を鉄の塊にしてしまうなど、正しく悪魔の所行だ。ダカットの言う他の危険な精霊も恐ろしいが、最後の一種類ほど精神的にクるものはない。
「……」
カロンはダカットに対して何を言って良いのか分からなくなってしまった。
ダカットは怪しい男だ。それは今も変わらない。
しかし今の話を聞いておきながら、今すぐ出て行けなどとは、カロンは口が裂けても言えそうにない。
「む?」
と、そんな折。重い空気を纏う彼らの元に、小さな足音がタタタタと近寄ってきた。
「じゃあ精霊さんにおねがいすれば、わたしもかっこよくしてくれる?」
「エイリャ!?」
はしっ、とダカットの外套に飛びついたのは、小さな赤毛の女の子。エマの娘のエイリャだ。
彼女は何処から聞いていたのか。カロンにとってあり得ないような疑問を、ダカットに対して投げかけていた。
更新遅れました。
筆が……止まる……。日常シーン難しいです。
2017/11/16:行間に改行を挿入しました。