006
家の裏手へ回った後、ダカットはエイリャが引きずってきた木箱にホーンラットを乗せると、腰の後ろから先程とは別の小ぶりなナイフを抜き出した。
刃の形状が丸く短く、背面がのこぎりのようになっている。刃こぼれしづらい素材で出来た解体用のナイフだ。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
「おじさんは、なにかをたくらんでるの?」
ダカットが解体を始めようと用意が終わった頃、それを眺めていたエイリャが不思議そうな瞳でダカットを見上げてきた。
彼女の疑問は先程の若い男が叫んでいた内容に対してのものだ。それなりに大声であったから、家の裏にいたエイリャにもしっかりと聞こえていたのである。
「何も企んではいないが」
「そうなの? でも、カロンおじさんがさっきたくらんでるって、おっきなこえで言ってたよ」
「あれは憶測だ」
どうやら先程の青年はカロンという名らしい。
カロンの憶測は普通なら気分を害しそうな内容ではあったが、ダカットは別段そんな様子もなく答えを返した。何故ならダカットはその見た目から、ある程度陰口を言われることに慣れていたからである。
「ふーん?」
そんなダカットの反応に、エイリャもよく分からないと言ったように首を傾げた。
エイリャからしても、元々それほど興味のあった内容ではない。ただ偶々聞こえてきたから聞いただけなのだ。なのでそれに対してよく分からない答えが返ってくれば、彼女の疑問に対する興味は急速に薄れてしまう。
「それより、解体をするぞ。手伝ってくれるか?」
「はーい」
そんなことよりも、今は解体だ。
ホーンラットの肉。解体を手伝えば昼食に並び、お腹いっぱいに満足感を与えてくれるだろう。
エイリャは期待感いっぱいになった目をキラキラと輝かせて、ダカットの指示に従って解体を手伝い始めた。
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腹を割いて内臓を取り出し、皮を剥いで肉を解体する。言ってしまえばこれだけの作業だが、これがなかなかに重労働だ。特にエイリャのように小さな子供にとっては、ホーンラット一匹を持ち上げることすら難しい。また、彼女は刃物を持たせてもらえなかったので、肉分けの手伝いすら出来なかったのだ。
そんなわけで、エイリャは桶を持ってきたり、皮を引っ張るのを手伝ったり、そう言った補助的な手伝いをすることになった。
「そのままだ」
「これでいーい?」
「……よし」
エイリャが皮を引っ張る間に、ダカットが肉と皮の間にナイフを入れる。破れないように少しずつ丁寧に。刃が動く度に少しずつ皮が剥がれていき、終いには綺麗なピンク色をした皮なしホーンラットが出来上がった。
「次はー?」
「頭を落とす」
そう言うと、ダカットはホーンラットの首の切れ目からざくざくと肉を切っていき、骨の周りまですっかり切ったところでナイフを反転させてのこぎりの部分で骨を断ちきる。
すると背骨の支えがなくなった首から上がごろりと転がり、用意していた桶にボトリと落ちて収まった。
「わぁ」
「後は部位毎に切り分ける」
その様子はグロテスクなものだったが、エイリャは普段から大人達が解体するのを見ているため、特段引いた様子もない。逆に彼女は転がった頭を覗き込んで、自分でもやってみたいと興味をそそられた。
「やらせて!」
「ダメだ」
「えー、けちー」
しかしそれはダカットににべもなく拒否されてしまったが故に、エイリャは唇を尖らせて文句を言う。
とはいえそれも、半分はポーズだ。本当はナイフを握らせてもらえないことくらい、エイリャにも分かっているのである。何故なら村での解体作業でも同様であるし、危険だと言うことも分かっているからだ。
そういうわけで、エイリャは文句もそこそこに、次の解体を手伝い始めた。
子供は移り気。興味津々。
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2017/11/16:行間に改行を挿入しました。