004
次の日の早朝。ダカットは日も昇らない時間から起き出し、宿を出て村を散策していた。
朝の早い村人達すら起き出してこない時間帯であるため、村の中に人影はない。そんな村中を彼は真っ直ぐに突き進み、村に面した森に割って入っていった。
木を避け、右腕で藪を払い、草を踏みつぶして森を進む。
彼が歩く度に大きな足音が鳴り響き、周囲の小動物や草食動物などは音を警戒してか一匹も姿を見せない。
ダカットは静かな森の中を、視線を彷徨わせながら黙々と歩いて行った。
「む」
しばらくして、ふとダカットの視線と足が止まる。彼が見つめる先にいたのは、角を生やした大きなネズミだった。
「ホーンラットか」
一般にホーンラットという名前で呼ばれている、力の弱い魔物である。あまりの弱さに一般人でも十分に対処することが出来、本当に魔物なのかとしばしば議論されるほどに弱い。
しかしそんな弱さであっても魔物は魔物。凶暴かつ人類に有害で、危険な生き物であることに変わりはない。
ダカットが一歩足を踏み出すと、その音に反応してホーンラットが振り返った。
「チュー」
ねずみ色の一抱えもある図体にしては可愛らしい鳴き声である。
だがその瞳は敵意一色。即座に振り返ったかと思うと、ホーンラットは前足を立てて毛を逆立てる。
正に戦う気満々と言ったような仕草だったが、ダカットは気にすることもなくガシャンガシャンと近寄っていった。
「ヂッ!」
そうやってダカットが間合いに入った瞬間、ホーンラットは短い鳴き声と共に勢いよく飛びかかった。
鋭い前歯を突き出し、ダカットの横腹へ向けて高く跳び上がる。
ホーンラットの前歯は危険だ。噛まれれば重傷は間違いがなく、傷のせいで病気になって死ぬことも珍しくない。
とはいえ、それは当たった場合の話である。
「むん!」
ダカットは跳び上がったホーンラットを空中で、大きな右手で横合いからむんずと掴んだ。
ホーンラットが大きいとは言っても、一抱え程度の大きさである。彼の右手のサイズからすれば、何とか掴めないこともない。
「ヂッ! ヂ、ヂー……チューチュー」
ホーンラットは捕まえられたままジタバタと暴れるが、ダカットの右手は緩む様子もない。
無骨な指がギリギリとホーンラットの胴体を締め付ける。その内どうやっても抜け出すことが出来ない事が分かったのか、ホーンラットはおとなしくなり、細い声で鳴き始めた。
こうなればもう、生かすも殺すもダカット次第だ。
彼は腰の後ろから左手ですらりとナイフと抜き出すと、ひと思いに捕らえた獲物の喉へと刃を突き立てた。
「ヂッ」
ホーンラットは短く声を上げると、そのままピクリとも動かなくなる。
ダカットは獲物が息絶えたのを確認すると、刺さったままのナイフを更に押し込んで喉を深く裂いた。そして右手で保持したまま逆さにしてやれば、傷口からドボドボと真っ赤な血液が流れ落ちる。
彼は血抜きをしているのだ。
「良い朝食が手に入ったな」
しばらくして血抜きが終わると、ダカットはホーンラットを右手で持ったまま村の方向へと踵を返した。
そう、彼は今、朝食になりそうな獲物を狩りに来ていたのだ。
決して宿の食事に満足が出来なかったというわけではないが、新鮮な肉が食卓に並べばより満足のいくものになるだろう。そう考えたが故の朝の狩りである。
そうして順調に獲物を得られて上機嫌なダカットだったが、突然彼はピタリと足を止めた。
「む?」
「ギャ?」
すると、彼の進行方向である木の陰から、彼のよく知るシルエットが姿を現す。
子供のような背丈に、緑色の肌。禿げ上がった頭から生える小さな角と、全身筋肉質な肉体。そしてその手に持った安っぽい木の棍棒。
その名もゴブリン。非常に繁殖力の高い、人型の魔物である。
「ギャギャ!?」
ゴブリンの方もダカットと出会ったのは偶然であったのか、驚いたように鳴き声を上げて、飛び退くように後ずさった。
ダカットは咄嗟に周囲に目をやるが、他にゴブリンがいるわけでもない。目の前の個体が驚いていることからも、本当に不意な遭遇のようである。
ゴブリンは一瞬ダカットの右手に握られたホーンラットへと目をやったが、背を向けて全速力で逃げ出した。
「ギャギャギャギャ!」
「逃がさん」
逃がしてしまえば群れを連れてこの辺りまでやってくるかも知れない。そうなっては村人が襲われるかも知れず、あまりに危険だ。
ダカットは右手に持っていたホーンラットを左の肩に担ぐと、右手を握り締めてゴブリンの背中へと跳んだ。
彼の両足は鉄の脚。重量も凄いが、それを動かす膂力もまた凄まじい物がある。ダカットはその膂力を持って数十歩もの距離を一息で詰める跳躍を見せたのだ。
「ギャ!?」
振り向いたゴブリンの目が驚愕に見開かれる。その瞳に映るダカットは巨大な腕を振り上げ、鉄塊のような握り拳をハンマーのように振り下ろすところであった。
地面に、重い衝撃音が走る。避けることも叶わなかったゴブリンは押し潰され、あっけなくその生に幕を閉じた。
ダカットの右手から緑色の液体が滴り落ちる。ゴブリンの血液だ。
「こんなところにゴブリンが出るとはな」
彼はその液体を見ながら呟き、そのまま踵を返して村へと向かっていった。
今回はアクションシーン的な何かです。あんまり動かないとつまらないかと思い、入れてみました。
まぁ殆ど動かないんですけどね。(汗
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2017/11/11:行間に改行を挿入しました。
2017/12/16:誤字訂正しました。