1章37話 決別
ブローとブラッディの二人から、ひたすらに事実だけを告げられていく。
バラバラな時系列を、ポツポツと。
二人はバツが悪いように伝える。
ヴァンはキンライを殺してなくて。
ユージンが魔王城にいて。
カイトが気絶した時にキンライは追いついていて。
そこにはキンライとヴァンがいて。
でもヴァンはキンライを殺してなくて。
そんなの…
「悠仁が、キンライを殺したみたいじゃないか…」
その時、久しぶりに学生時代のユージン…朝田悠仁の姿を思い出していた。カイト、黒崎海斗の唯一の親友だった。
カイトはキンライの墓の前へ行き、膝から崩れ落ちた。同時に、カイトの中にあるもう一つの意識が、焦燥を感じさせた。
―――『カイト、私は…』
彼女の声が頭の中で飽和する。
カイトに全魔力を与え、その身を消滅させたフィシカ。彼女は魔王を討つために、カイトについて来ていた。もちろん、『キンライは魔王に殺された』という情報はカイトから聞いたものだ。師匠であるキンライを殺されたのだ、カイトについていくのは自然なことだった。
「死んだ…俺の、勘違いで…」
―――『…』
フィシカなら、なんて答えただろう。受け取った記憶を参照にしても、答えは出ない。故に、脳に浮かび上がっていた彼女の声は聞こえない。
「ユージンに、どう言えば…ヴァンにどう会えば…レツ、レイ…俺は…」
大理石の墓に反射する顔を見る。涙を流している憎たらしい自分の顔と、呪いのように見える、彼女の面影。
これは、罰なのか。
「カイト…辛いだろうがきっとこれが真実だ。じーさんはユージンに殺された…お前には難しい問題だ、ゆっくり考えてから、どうしたいか答えを出せばいい。魔王には僕達が言っておく」
「気に負うことはないのよカイト!魔王が貴方を騙したせいで…カイトは何も悪くないの!貴方は被害者だから」
ブローとフィシカが駆け寄る。咽び泣くカイトの背をさする。
そうだ、どれだけカイトが間違いをしようと、この二人は、キンライは、フィシカは―――きっとカイトを責めない。
黒崎海斗は戦争に疎いから。
本当の勇者ではないから。
異世界の戦争に巻き込まれた被害者だから。
異世界について何も知らないから。
甘いから。
関係ないから。
黒崎海斗に、目的などないから。
だから黒崎海斗は何も悪くない。
「―――ってない…」
言葉が、漏れる。
「―――変わってないんだよっ!!ここに来てからなんにも!」
「カ、カイト?」
号哭に驚くブロー。しかし、一度漏れてしまった言葉は、留まることを知らない。カイトは立ち上がり、言葉を続ける。
「アホヅラで召喚された時から、馬鹿みてぇに大衆の面前で浮かれた演説してた時から!なんにも変わっちゃいない!!そりゃあそうだ、俺には全く関係ないからさ!誰が死のうが気がつかねぇし、どこで戦争が起こってようと、知ったことかよ!俺は異世界召喚された、無気力で取り柄のない主人公サマだから、そんなの考えてねぇよ!日本じゃないどこかの国で、楽に威張りたいだけだ!…そうさ、俺はきっと特別な人間だからお前らよりも強いんだよ!大賢者の子孫で、女にもなれて、人生を何回もやり直していて、念じればステータスウインドウが出て、しかも数値が全部振り切っててさ、ちょっとした魔法でも街が一つ消し飛ぶんだ!日本にしかない知識で威張り散らして、バカな女どもを侍らせて、間抜けな男どもにひれ伏せさせる!クラスで虐めてきた奴も、つまんねぇ大人も、異世界ではクソくらえだっ!死んだ魚の目をして、ボサついた黒髪で、お洒落なんて気にしなくて、アニメとゲームとネット配信だけ見てれば満足で、ネット小説ばっか読んで、親のことなんかなんか気にしてなくて、でも本気を出せば、やる気を出せば、誰よりも凄いのが主人公なんだよ!俺が気持ち良ければ何も考えなくていいんだ!味方が死ぬのも演出で、俺が輝くためのエッセンスさ!この世界は、俺が輝くためだけの舞台なんだっ!!」
息を切らしながら、叫ぶように言葉を紡ぐ。ブローとブラッディは、立ち上がり叫ぶカイトを、驚きながら見ている。
「…なんだよ、なんなんだよこの世界。俺の知ってる異世界じゃない、本やネットで見た異世界じゃない…成り上がりものかと思ったら敵は親友ですって、馬鹿じゃないのか?俺が想像してた異世界は、もっと簡単な場所なんだよ、機械仕掛けの神様が俺を導いてくれるんだ。俺に、目的をくれるんだ。その方が絶対面白いから…俺の、知ってる異世界は―――」
再び崩れ落ち、空を見上げる。空は相変わらず青く、広いままだ。
「…じゃあここは、この異世界はどんな世界だった?僕たちは、どんな奴らだった?」
ブローが問いかける。声の調子を落としたカイトに対し、優しく接する。
どんな奴らだったか…彼らは舞台装置だったのか?
―――いや、違う。
「みんな、生きてる」
胸に手をあて、フィシカの記憶を反芻する。膨大な記憶の量。それに伴う感情の波、この気持ちは本物だ。
異世界で出会った人達は、全員心があった。
意思があった。
悩みがあった。
「みんなに過去や歴史がそれぞれにあって、その積み重ねがこの世界なんだ」
キンライの墓を見る。『ソード・キンライ』の文字を見て、現実の死を実感する。
「みんな生きて、血を流して、死んでいく…そんなの、どこにいたって当たり前なのに」
この世界はフィクションじゃない。よくできた物語じゃない。あの日食べたカレーの味も、機械魔兵に吹き飛ばされた痛みも、手のマメを潰すような努力も、魔王城に戻るまでの道中も、全部本物なのだ。本で読んだような、都合の良い世界なんて、元の世界と一緒で、自分次第なのだ。
「…俺、幼い頃の記憶がないんだ」
今ならなんでも話せる気がする、そう思ってカイトは口を開いた。
「へえ、僕と一緒だ」
ブローが相槌をうつ。ブラッディも優しい表情でカイトを見る。
「気がついたら病院にいてさ、両親は行方不明。親戚の家を転々としてたんだ。あんまりいい扱いはしてくれなかったよ。嫌になって、高校生になる頃には寮で暮らしてた」
小さい頃の記憶なのであまり覚えていないが、周りの大人たちは自分を怖がっているように思えた。行方を
晦ますような大人たちの子どもだから、得体が知れないということなのだろうか。
「悠仁は、転々とする俺に毎回ついてきてたんだ。『この程度の距離なら大した問題じゃないさ』ってさ、金持ちの坊ちゃんらしいだろ?…それこそ記憶を無くす前から仲良かったらしいんだ」
病院で目が覚めると、そばに悠仁がいた。カイトの生活を支えてくれたのは悠仁だった。
「いっぱい助けられたよ。めちゃくちゃ過保護でさ、包丁一つ持たせてくれねーの」
包丁というか、刃物は一切手にできなかった。それほどまでに、悠仁は生活に溶け込んでいた。
「異世界の話は、昔から悠仁を通して聞いてた。まあ、約束がどうとか、家柄がこうとか、ガワの話だけで何も教えてくれないんだけどな」
次第に、悠仁はカイトの憧れとなった。
「本屋に行くと『異世界』って書いてあるブースがあってさ、めちゃくちゃ読んだよ。めちゃくちゃ読んで、めちゃくちゃハマった。唯一の趣味だった。『ライトノベル』って言ってな?異世界の夢物語が書いてあるんだ。もちろんフィクションだぜ」
「でも、それに縋ったんだ。現実が苦し過ぎて、縋るしか無かった。現実世界に居場所なんかないと思ってたから」
「フィクションの世界に、行けるかもしれない。どこか知らない世界なら、一からやり直せるかもしれない」
「んで、このザマさ。身体が強くなろうが、魔力を扱えるようになろうが、心は何も変わっちゃいない。俺だけずっとフィクションの中にいるんだ。だから甘いままだし、被害者ぶったままなんだ…こんなクズ、誰も認めてくれない、誰も分かってくれない」
「これが―――黒崎海斗なんだよ」
気がつくと、カイトは涙を流していた。
重い沈黙の後、再び口を開く。
「俺、四天王やめるよ。今までありがとうな」
「ちょっと待ってよ、気に負うことはないって言ったじゃない!カイトがどう思っていても、魔王に騙されたって言う結果は変わらないわ」
「だからだよ。魔王は俺の感情を揺らすために、なんでもやるつもりだろうからな。放って置けない」
目元を擦りながら、魔王城を睨む。魔王は止めなければならない。魔王は不幸を作り過ぎた。
「四天王をやめて関係を断つ。俺一人で魔王を討つ―――命が惜しいなら、もう俺に関わらないでくれ」
俯いたまま、二人の間を過ぎ去る。
「…サンライト国側につくのか?いや、そうでなくても―――魔王軍を手にかけるなら、僕たちとカイトは敵対関係になるぞ」
「ブローは俺に手を出せない。だろ?」
引き止めるブローに対し、カイトは微笑みかける。その顔はとても女性らしく、フィシカの面影を感じさせた。
「っ、その顔―――」
奥深くに眠るフィシカの記憶と感覚、それがブローとの関係性を感じさせる。カイトの笑みを見ると、ブローは傷ついたような面持ちになる。
「ブラッディ、一旦トド国で体制を立て直すから、城や城下町にいるみんなの避難をしておいてくれ。一週間後にまた来る」
「え、ええ」
ありがとう、そう言ってカイトは城内へ戻っていった。
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カイトが城に戻って数刻、ブローは呟いた。
「…東の勇者の一件言うべきじゃなかったな」
「そうね、きっとカイトちゃんは今が1番苦しいと思うわ…でもきっと、心のどこかで分かっていた筈。素直で夢みがちだけど、現実を見ていないわけじゃないもの…どうするの?」
「今のカイトが魔王に敵うとは思えない―――しばらく出掛ける」
ブローは念じると、緑色のエネルギーを纏い、蝶のような羽を出現させ、宙に浮く。
「出掛けるって、どこへ?」
「忘れたのかブラッディ、僕は変装の達人なんだ―――サンライト国へ行ってくる」
ブローの周りに煌く魔力は、ゆっくりと身体を包み込み―――見覚えのある男へ姿を変えた。男は少し咳き込み、ブラッディに伝える。
「んっん…さて、俺は今からカイト様だ。ブラッディ、城下の連中に伝えとけ―――一週間後、サンライト兵が攻めてくるってな」
36話と分割しました。タイトルもハンターハンターみたいになるところでした。危ない危ない




