1章36話 真実
「『―――久しぶり』、キンライ」
魔王城の裏に並んだ、墓標の数々。偉業を成し遂げた国民はここの墓地群で称えられる。その中でも特に新しげを感じさせる墓石がキンライのものだ。
「ありゃ、先に誰か来てる」
墓石の下には花束が添えられていた。現在朝9時10分、同行しているブローやブラッディが添えたとは思えない。
「とすると、誰が来たんだ」
そう言いながらカイトは同じように花束を添える。
「ふん、なんだかんだ城内の奴らを紹介しないままだったからな。じーさんに世話になった奴は数知れずさ…よう、また来たぜ」
ブローは花束を添えてながら言った。
確かにアズフィルアの城下町と城内の自室、訓練場くらいしか移動していない。旅をしている時間の方が多かったくらいだ。
「カイトちゃんってば、馴染み始めたくらいでいなくなっちゃうんだもの。しかも再開したらイメチェンって!顔覚えられてないかもね〜」
煌びやかな花束を添えて、ブラッディはカイトに笑いかける。
「はは、手厳しいな。でも孤高の勇者様ってのも悪くないね」
「僕の部隊にいる機械技師は、『友達がいないからって引きこもるのはなあ』って言ってたぞ」
「異世界転生してもボッチ認定されてる!?」
そんな冗談を言いながら、やはりどこか寂しさを感じる。ちょうど一人分の心の穴。
「…四天王、三人になっちゃったな」
「カイトが来るまでも三人だったさ。でも『ダイヤ』に空きができるなんて初めてだ」
「ウワサだけど、お孫さんがダイヤに就任するって聞いたわよん。なんでも、魔王サマのお墨付き」
「孫って、まだ幼くて危険なんじゃないのか!?」
「ああ、僕も了承しかねる。剣術嫌いで戦闘嫌いの彼女が向いているとは思えない」
「ワタシもはんたーい!…一体、何考えてるのかしらね」
駄々をこねるような言い方をし、ボソッと呟くブラッディ。たまに見せるその真面目な面持ちは、普段の自由気ままな彼女とはかけ離れたものだ。
「戦闘経験のない子を四天王に入れる理由か…」
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『クロサキカイト、俺を殺してみろ!キンライも女も俺が殺したぞ!貴様の周りのグズ共は全て俺が殺してやる!』
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ふと、魔王の言葉を思い出す。人間は『怒り』によって強くなる。
「まさか…俺に交流を持たせる気か」
「な、なんだと?」
「実は俺、魔王に襲われたんだ。この国のトップっていう手前、言うのは控えてたんだけどな。混乱を招きかねないだろ」
「魔王様がカイトちゃんを?嘘、ではなさそうね」
カイトの暴露に対し、二人は考え込む。疑うこともなく理由を探しているところから、カイトへの信用が感じられる。何を言われるかと身構えていたカイトは、二人の様子を見てホッとする。
「信じてくれなかったらどうしようかと…」
「カイトちゃんは顔に出るからわかりやすいのよ!」
ふふん、とドヤ顔でブラッディはカイトへ笑いかける。相変わらず過激な格好でナイスボディを見せつけてくるスタンスは変わらないものの、表情そのものは幼さを感じさせる。
「しかし、ダイヤの一件には繋がらないな。それに一度攻撃した魔王に動きがないのもおかしい」
「魔王の奴、人を強くするのは怒りって言ってた。俺がキーレストっていう状態に馴染んでるのも、怒りがきっかけだった…大切な人を亡くしたんだ」
カイトはキンライの墓を見る。添えた花束が風で揺れている。
「―――『繋がり』。俺の大切な人を増やして、片っ端からぶっ壊そうって訳だ。ぶっ殺そうって訳だ…!」
拳を強く握りしめる。魔王に対して怒りがふつふつと沸いてくる。
―――『カイト、大丈夫。私はココにいるよ』
が、心の声によってそれはかき消される。声の主はいつだって優しく語りかける。
「…確かに『人間』という種族自体をうまく扱えれば戦争のコマにでもなるんだろう。魔王自体、どうやら変な瞳術を使うみたいだ。洗脳や催眠の線も考えられる。俺自身、そんな技を破る方法なんて知らないしな」
「やけに頭がキレるようになってきてるな、カイト。始めの頃とは別人だぜ。」
「あまりの無能っぷりで人が二人死んでるからな…キンライの孫についても、俺の目の前で殺すために呼んだんじゃないか?」
「もしそうだとしたら、魔王ちゃんてば、効率主義みたいなフリして結構性格と頭が悪いわよね!」
「―――で、どうするんだカイト」
ブローは大きく息を吐き、カイトを見つめる。
魔王が、戦争の勝利のためにカイトを傷付けようとしている。その事実を確信してしまったカイト。
「どう動くのが正解かは分からない。ただ、俺の周りにいる奴らが不幸になっていくのは見過ごせない…俺、魔王城を出るよ」
「出た後は?」
ブローは姿勢を変えず、そのまま質問を続ける。
「魔王を討つ。トド国やサンライト国に協力してくれる仲間がいるかも知れない。しばらくは仲間集めだ」
魔王を討つ。魔王に仕えている二人に言うのは得策ではなかったかも知れない。それでも、カイトは己の願望を告げた。魔王への恨みは、もはや隠せる域にないのだ。
「そう、なっちゃうわよね。カイトはこの国に愛着があるわけじゃないし、嫌なことされたら出て行くに決まってるわ。でも、アタシたちが魔王様に止めるよう言ってみるってのはどう?そしたら出ていかなくたって」
「ブラッディ達が俺を大事にしてくれてるのはわかるよ。ただ、そう言っちまうと、今度は二人が対象になりかねない」
「仮にも、じーさん殺しの疑いがあるからな。僕らも魔王に殺されるかもしれない」
二人に反応に敵意はなく、むしろカイトの意見に寄り添ってくれた。国が荒れている以上、魔王に対して思うところがあるのだろう。
しかし、『仮』とは―――?
カイトの心に引っかかりが生まれた。
「仮にも、ってキンライを殺したのは魔王で決まりだ。二人と俺は離さなきゃならない」
「殺害の現場を見たのか?」
ブローは質問を続ける。
「見た、わけじゃないけど」
「じゃあ誰から聞いた?」
「魔王からだ」
「信じるのか?相手は何をしてでもお前を手に入れようとしている奴だぞ」
キンライを殺した犯人探しから始まった、魔王城への帰還。答えを求めるあまり、肝心なことに気がついていなかった。あまりにも証拠が不揃いだ。
「あの時僕は、じーさんが魔力を放出している様子を感じ取った。おそらく龍化したときのものだ」
「ヴァンと戦った時だ。しばらくして、俺の前にヴァンが現れた。キンライはいなかったんだ」
「一緒にいなかったのか…情報の擦り合わせをしよう。僕は東の勇者と戦っていた。じーさんが龍化した時、勇者は僕との戦闘をやめて、魔王城へ向ったんだ」
「東の勇者…ユージンか!でも、俺は会わなかったぜ」
「いいえ―――ユージンという男、魔王城に入っているわ。私、魔王城にバリアを張っていたの。でも、バリアは二回破られた」
口調や仕草が変わり、急に大人しさを見せるブラッディ。真剣な表情を浮かべている。
「一度目は、瞬間的な炎属性の攻撃…爆破系かしらね」
「ヴァンだ。あいつはクナイだとか蛇崩っていう名前の妖刀だとか、見た目のわりにクセのある戦い方だった」
「負傷兵の治癒に手間取って、数キロ先にあるバリアの修復に時間がかかってしまったの。きっとその間に入られたんだわ。ヴァン―――ヴァン・フレイビア、サンライト国の三銃士ね」
「お前が連れ去られた後、ほとんど入れ替わる形で魔王城に着いたんだ。城の状態は酷いもんだった。魔王がいた王室への道は瓦礫で埋まっていた――― 妖刀、蛇崩か。どんな特徴か分かるか?キンライの最期は、背後から一突きだった。死体の様子から、きっとその剣に仕組みがある筈だ」
「ひと、つき?しかも背後から?蛇崩は刀身が蛇のようにうねる刀だ。鞭のように使うんだ」
「しかし、貫いているということは刀剣で間違いない。いいか、刃物で貫かれているんだ。図体のデカいドラゴンの時に負った傷じゃない」
「…俺が最後に聞いたキンライの声は、ドラゴンの苦しそうな咆哮だった。てっきりドラゴンの姿でやられたと思ってたんだが…最初はヴァンを疑ったんだ。でも奴じゃなかった」
「ドラゴンの力が残ったまま、勝手に龍化が解けることがある。大抵は致命傷による強制解除なんだが、その際に皮膚が再生される…ドラゴンの時のダメージは残ったままでな。しかし、実際のじーさんは見るからに負傷していた。つまり、じーさんが死んだのは龍化が解けたあとだ…じーさん、最期は広間じゃなくて廊下にいたぜ。カイト、お前が気を失った後、じーさんは追いついてたんだ」
「…ねえカイト、二回目のバリアが破られた時、あれは東の勇者のものだったわ。魔力差がどうこうとか、そういった類の力量じゃない。能力的な別の何かを感じ取ったの」
二人から、ひたすらに事実だけを告げられていく。
バラバラな時系列を、ポツポツと、バツが悪いように伝える。ヴァンは殺してなくて、ユージンが魔王城にいて、俺が気絶した時にキンライは追いついていて、そこにはキンライとヴァンがいて、でもヴァンは殺してなくて…そんなの…
「悠仁が、キンライを殺したみたいじゃないか…」
その時、久しぶりに学生時代のユージン…朝田悠仁の姿を思い出していた。カイト、黒崎海斗の唯一の親友だった。




