1章33話 直感と知識
実に6ヶ月振りの更新です。途中まで書いては止め、途中まで書いては止めを繰り返しています。過去の駄文を見ながら、日々成長を感じています。よろしくお願いします。
「さて、点検の時間だ。クロサキカイト」
身長は150cmほど。
無造作な黒髪に吸い込まれそうな程真っ暗な瞳。
幼い顔立ちとは真逆の服装。黒い騎士服という印象を持ちつつも、所々に金属部があてがわれているからか鎧としてのイメージも浮かぶ。
彼は。
魔王は。
王族の紋章が刻まれたマントを靡かせ、クロサキカイトを待っていた。
「カイト、あの魔力の匂いは…!」
「っ…察しの通り魔王サマってやつだ。『ソニット・オルビット』―――何で国境の関門に…!」
僅かな油断。その心の隙間を埋めるように、カイトは魔王から一歩、また一歩と下がる。
(対話だ。まずは対話。連れてかれた四天王の一人がこうやって帰ってきてんだ。魔王が俺を殺す理由はないはず…!)
「そう殺気立つなクロサキ。点検と言ってもお前には分かるまいが…俺なりの見定めというヤツだ。にしても、魔力をニオイで判別とはな」
クク、と魔王が笑う。話しているのはフィシカのことだろう。だが、どす黒いその目はカイトを見続けている。
「魔王サマ、そんなナリでも異性が気になるときたか。で?どうよ点検とやらは。厨二くせえ台詞のつもりなら大ダサだぜ」
「筋肉量の増加は外見から分かる。相当な負荷をかけて鍛えたのだろう?最後にあった時より体幹に力強さを感じる。魔穴も以前とは比べ物にならんほど使いこなしている。お前のその青い髪を見れば分かることだが…相当魔力放出をしているな?ニンゲンという種族ならではの成長といったところか」
魔王はカイトの身体全体を見定める。だが、冷ややかな目線は変わらない。まるで、成長を喜ぶというよりは、機械の故障を確かめるような、モノを見る目。
「ほ、本当に点検みたいだな。目的がサッパリわからねえけどよ、こっちはこっちで話したい事があるんだ」
「お前に興味は無いと以前言わなかったか?サンライト国での出来事は把握済みだ。お前の無駄話など――」
「俺の話じゃない…キンライのことだ。四天王の一人のキンライ。アンタにも関係ある話だろ」
「――――ふん」
魔王の様子が少し変わったのが見てとれる。確かに海斗に興味はないと言っていた。が、この話は別件だ。
「俺と、この同行者はキンライを殺したヤツを探してる。復讐って言っちゃなんだが、キンライには世話になりっぱなしだったんでな。それなりの報復は受けてもらうつもりだ」
「……へえ、報復に復讐。いいじゃないか」
「最初はあるサンライト兵がやったのかって思ったんだが、どうも違う。んで、あの場に一番近かったアンタに話を聞きたくてな」
無意識に、魔王を睨み付ける。カイトは眉間に力が入っている事に気がつくと、一つ大きな深呼吸をして落ち着こうとした。
「―――――――――――――――俺が、犯人だと?」
「違うなら違うでいい。あの時何をしていたか聞きたい」
「復讐…復讐か…クロサキ」
ピク、と眉を動かし、それから唾を飲む。次の発言次第では、俺は――魔王を――――
「四天王が一――『ダイヤの証』、ソード・キンライを殺したのは俺だ。敵国に死に体の老害を処理させるのは気が引けてな?アイツが口を割ってしまう前に片付けたという訳だ」
「――ってっめぇぇ…!」
髪の毛が逆立つ。
全身に巡る魔力が、血液が、沸騰する。コイツ、キンライをっ――――!
「ク、俺が憎いかクロサキカイト。怒りを感じるか?そうだ。それでいい―――キンライの最期は実に愉快だった。戦いのコマのクセに、最期までお前の事を気にかけていたよ。喋る気力があったとは、意外だった。言い切る前に殺してしまったがな?全く、無駄な消耗をしてしまった。ククク…」
「黙れっ!」
(もういい、充分だ。コイツを殺す―――!)
カイトの脳裏に、キンライの思い出が駆け巡る。彼は、カイトのために死んだのだ。その、償っても償いきれない、感謝してもしきれない死を――魔王は馬鹿にした。それだけで充分、魔王に敵対する理由になる。
(殺す。殺す。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…!」
「カイト」
「…あ?」
彼の目の前には、同じ苦しみを持つ一人の女剣士が立っていた。水色の髪を靡かせるフィシカ。彼女もまた、キンライの愛弟子で―――
「大丈夫――私もいるから」
フィシカは振り向かず、けれど通った声でカイトに伝える。右手には剣。その鋒は、確かに震えていた。
そうだ。
一人じゃない。
俺だけで抱えるんじゃない。二人で、打倒する。
大きく、深呼吸をする。相手は魔王。勢いだけでどうにかなる相手じゃない。
「………ふう。ありがと、フィシカ」
「ううん、貴方が居なかったら私もそうしてた」
心の奥底で熱く…!
それでいて冷静に――――それでこそ、彼女が教えた、彼が教えた剣だ。
「…ふん、興醒めだ。女、貴様の役目はそうではない。その器、砕き捨てるがいい」
轟々と風音を立てて、魔王の魔力が放出される。この異世界で扱われる魔力は色に分けて6つ。赤、青、緑、黄の4色に加え、人工的に生成される黒と白。
「人生で一度も見たことがないけれど、魔王の魔力は『黒』でいいのかしら。どんなパターンが来るか分からないから、死ぬ気で食らいつきなさい」
「チッ、こんな国境でラスボス戦かよ…!」
フィシカは剣を構える。カイトも同じく剣、鎧を生成し構える。
赤ならば炎や肉体強化。
青なら氷、水、具現化。
緑は風と、そこら中に漂う自然エネルギーの操作。
黄は召喚や物質強化。
ミリネア大陸、いわゆる異世界はこの4種の魔力がよく見られる。色は髪や目の色に表れるため、あらかじめどのような戦い方をするかが分かる。
ただし、この世界には、もう2種類存在する。
時間を操る、白。
空間を操る、黒だ。
操るとは何か?
黒白の魔力は人工的に生成されているためか非常に少なく、どのような能力を使うのかはっきりしていない。
(クソ、どう仕掛けるか)
カイト、フィシカは剣を構えたまま動けずにいた。
「―――――フン」
ゆっくりと魔王が腰を深く下ろし、膝を折り、前傾姿勢になる。地面を強く蹴る。そのまま、フィシカへ―――
(速いっ!)
フィシカは瞬時に剣で防ぐ。が、魔王の右足はそのまま腹部にめり込む。
「―――かっ…!」
後方数十メートル、木々にぶつかりながら吹き飛ばされる。
「フィシカッ!」
先ほどまでフィシカが立っていた位置に魔王が着地する。
そのままカイトを睨み、左手で頭部を突きにかかる。カイトは瞬時に仰け反り、ギリギリで突きを躱す。鋭い一撃を髪が僅かに擦る。
反撃をしようと左腕を目掛け、剣を振り上げる。が、躱されて空振り。距離をとろうとそのまま剣を振り下ろし、バックステップをとる。
すぐに魔王も前へ踏み出す。右手に紫色の光を集めると、カイトに向かって放出する。エネルギー波だ。
「バッ、リア!」
光線にハッと気づくと、即時にバリアをイメージし、目の前に具現化する。だが、魔王が放つエネルギー波の勢いは凄まじく、バリアは破壊される。
威力は弱まったものの、それでも上半身を熱波が襲う。皮膚が引き裂かれるような痛みを受けながら吹き飛ばされる。痛みに意識が飛び、受け身を取らないまま地面に転がる。
「がぁっ…!」
魔王が右手に魔力を込める。次第に腕が黒く変色し、溶け始める。ブクブクと音を立てながら肥大化する。泥のようになった腕はカイトの頭部まで素早く伸び、そのまま髪を掴み、持ち上げる。
腕はカイトを振り上げ、そのまま地面に叩きつけた。頭部に直撃、出血する。
再び振り上げ、叩きつける。失神。カイトの身体がゴム毬のように、無抵抗で跳ねる。
三度目の振り上げ、そして叩きつける。
「―――ぁ、が!」
叩きつけられたことで再び意識が覚醒。即時に剣のような輪郭をした巨大な何かを生成、振り上げる。
泥は切断され、元の魔王の腕へと変形する。分離された泥は腕に戻ることが出来ず、そのままカイトと共に地面へ落ちる。
腕が再び黒く膨張、起き上がるカイトに鋭く向かう。
と、同時。
カイトの身体が青く発光。魔力放出のブーストを利用し、泥とすれ違いながら魔王に接近する。右腕に魔力を集中、青白く輝き、剣を生成する。加速した一振りを、魔王が左腕で受ける。
腕を切断したかと思いきや、鈍い金属音が森の中に響く。左腕は平たく変形、黒い刃になる。
カイトは青色の魔力をさらに放出。魔力ブーストをさらにかけ、剣を強く押しつける。力は拮抗し、火花を散らしながら剣を押し付け合う。
「――血だらけじゃないかクロサキ。少々痛めつけ過ぎたか?」
「頭に血が上ってたんでな、丁度良い具合だぜ…!」
互いに剣を弾き、間をとる。
(クソ、アッタマいてぇ…腕が泥、鉄に変化って所か)
ズキズキと痛む頭を意識しながら、魔王の能力について考える。
魔王の腕は黒く膨張して伸びてきたり、硬く鋭く変化したり、自由自在だ。片腕ずつ能力を見せてきたが、両腕を泥に、あるいは鉄に変える可能性はある。最悪なパターンとして、鉄のまま膨張する事だってあり得る話だ。加えて圧倒的なパワー。スピード。
近距離では鉄の刃にパワー。
中距離では謎の泥にエネルギー波。
遠距離も同様にエネルギー波…というか圧倒的スピードの前に距離を取れるかどうか。
(泥はあっさり切れる。魔王本体から離れた泥は地面に落ちた。無力化か?エネルギー波の威力はマズいし、泥の対処ができるなら近距離攻めるか…」
「ブツブツと煩い。さっさと手の内を明かして性能を見せろ」
魔王は目前に泥の球体を5、6個生成し、カイトへ放出する。カイトも即座に魔力を放出。ジェットエンジンの要領で球体を避け、魔王へ急接近する。魔王は再び右腕を泥に変化させ、膨張。カイトへ放出する。
「――ぉおおおっ!」
大量に押し寄せる泥の波に包まれる瞬間、カイトの剣が青白く発光し、魔力を纏う。
「明星一閃!」
濃縮された魔力を秘めた、光り輝く突撃。
強烈な一撃を受けた泥は耐えきれず、魔王の肩近くまで爆散した。
「これ、は、ああ、キンライの技か。オリジナルに近しい火力だ」
(右が空いた!斬るなら今…!)
魔力をさらにブーストさせ、加速。魔王に接近する。
「カエンダン!」
足元に爆発するエネルギー弾を放ち、土埃を巻き上げさせる。視界を奪い、確実に一撃を入れるためだ。勢いを殺さず、そのまま魔王の右腰から左肩にかけて斬りあげる。が、硬い感触。硬化させた左腕で剣を掴んでいた。
「知らん技だ、それもかなりの精度…他はどうだ」
掴んだ剣を引っ張り、カイトの体制を崩す。
「うおっ」
「体幹は弱い…なっ!」
引っ張ったまま、膝蹴りをカイトの腹部へ入れる。硬い感触。足を硬化していることが分かる。
「ぐぇっ…!」
身体を崩したことによる筋力の緩み、力の抜けた腹部に一撃が入る。急な内臓への衝撃で嘔吐感が押し寄せる。
「…エンダンッッ!」
もう一度地面にカエンダンを放ち、砂埃を巻き上げる。
(ヤバい、足足足足足足アシアシアシアシ…!」
足裏に魔力の流れを咄嗟にイメージし、ジェット噴射。15mほど上空へ緊急脱出する。真下では魔王が砂埃に隠れ、実像が見えていない。
(一発が重すぎる…!動きを見極めて当たらねぇ様にしないとついていけない…砂埃上げたのは失敗だったか。せっかくの遠距離、そして相手は俺を視認できない。フィシカの様子も気になる…なら!)
両手へ魔力を送り高める。
砂埃はもうすぐ晴れ、魔王がカイトを捕捉するだろう。これではフィシカの元へ行けない。
ならば、エネルギー弾の追撃で砂埃を更に上げ、相手の目を眩まさなければならない。
ただ、カイトは砂埃が舞うほど爆散するエネルギー弾を何発も放出する『技』を知らない。そもそも『爆散する』エネルギー弾自体が特殊であり、使い手はただ一人だけだった。ヴァン・フレイビア。カイトの目線では、彼はカエンダンを一発ずつしか撃っていない。きっとカエンダンは連続で放つようには出来ていないのだ。
記憶に無いものは再現出来ない。記憶という素材が無ければ、創造ができない。
(…なら、想像は?)
CreationではなくImagination。創造ではなく、想像。想い、心に描き、像を形作るならば…!
「『想像』―――技」
両手で大きなカエンダンを作成。そして握り潰す。弾けたカエンダンのカケラたちは大量の球体へと再形成する。右手を真下、魔王の元へ振り下ろす。
「『バクエンダン』―――吹き飛べェ!」
右手の合図とともに、炎に包まれた大量の球体が魔王目掛けて発射される。爆音が森一帯へ響き渡り、高く砂埃が舞う。
「っしゃ!フィシカ、待ってろ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「…ふん、女を飛ばしたのは西だったか」
砂埃の中、魔王はゆっくりとフィシカの元へ歩く。
(存外、成長の伸びが早いな…が、知識が乏しい。魔力のみを見通す『魔眼』を持つ以上、長期的な目眩しは不可能。クロサキカイト、お前の魔力をハッキリと捉えているぞ…!)




