1章32話 能力の目覚め
「うし、行くか!」
時刻は朝6時。本来はもう少し早く出る予定だったが、旅館の女将や、経営者であるポルクスの好意で朝食をいただいてしまった。ありがたい。
温泉街は当然、観光地としての役割もあり、朝早くから露店が並んでいた。
「薬草がこんなに買えるとはね。さすが自然大国」
「え?薬草なんてどこにでも売ってないかしら」
この異世界での薬草は、ゲームのように万能ではないものの、ある程度の傷を即座に治す効果を持っている。なんでも、葉の維管束に無色の魔力が通っていて、葉の本来の成分と結合する(すりつぶす、噛むなど)ことで治癒効果が生まれるらしい。フィシカ曰く、何故治癒効果が生まれるのかは判明してないそうだ。研究が進めば治癒魔法の開発が進むだろうに、と残念そうな顔をしていた。知り合いに一人いるけどね、治癒魔法の使い手。
「アズフィルア国では薬草が希少なんだよ。城内や城下町はともかく、周辺には緑が皆無だ」
「あら…砂漠や荒野のようなものかしら。余程の事件が起きない限り、この大陸で緑が絶えるなんてないと思うけど」
「魔王が一帯の自然エネルギーを吸収したんだ」
「…それは強敵ね。ニンゲンよりも魔力を有している可能性があるわ」
フィシカは左手で腰に挿してある剣を触る。昨夜の話を聞いたせいだろう。緊張が受け取れた。
「ま、得体の知れない相手を倒そうとするのは不利だし、アズフィルアに行ったら情報収集ね」
フィシカはふう、とため息を吐く。恩人の死に、魔王が関わっているかもしれないと知ってからは、彼女も以前とは考えが変わっている。
「明日の朝にはアズフィルアに着く。先を行ったらキャンプ地だから、そこで休むことにしよう」
広げた地図をしまい、二人は温泉街を出た。
アズフィルアへの道中は、魔獣がより強力になる。環境が厳しくなるにつれて、生存競争は加速していく。知能と引き換えに凶暴性を増していくのだ。
剣の修行をひたすら積んでいた俺は、オークのような大型の魔獣も倒せるようになっていた。今なら相当な実力を持つ兵士でも良戦できるだろう。なんせ、指導役が飛び抜けた実力を持っているのだ。
気絶しかけながらの打ち合いも、手の皮が剥がれ尽きるほどの素振りも、今では苦にならない。
「次のキャンプ地までもうすぐだわ。そこから先、暫くはキャンプ地がないから、しっかり休みましょう――前方にオークが2体!」
「了解――前より随分デケェな…!」
身長が倍以上もあるオークがこちらを向き、威嚇する。右手の棍棒に緑色の巨体など、見るからにパワー形の特徴をしているが、恐るべきはその体を支える下半身だ。
巨大生物が二足歩行を為すには、身体を自立させるための筋肉が不可欠。巨大オークの脅威とは、恐ろしいほどの脚力で接近し、スピードに似つかない圧倒的なパワーで叩き潰されることにある。魔力でバリアを張っていなければ、身体は吹き飛んでしまうだろう。
だが、そんなオークにも弱点はある。と言っても、魔獣全般に当てはまることだが。
「――――――――ッ!」
俺やフィシカに気がついたオークが雄叫びを上げながら、周囲の木を棍棒で薙ぎ倒す。半狂乱の顔つきから、極限の空腹状態だと伺える。獲物を逃すまいと腰を落とし、地面を力強く蹴り、一気に距離を詰める。風が轟音となって草木を揺らす。
「来るわよ!」
魔獣の弱点。即ち―――単純な攻撃パターンだ。
(――――今だっ!)
振り下ろされた棍棒を、片手で抜刀した剣を駆使して受け流す。剣に受けるパワーを完璧に流せなければ即死。だが、叩き潰さんとする超スピードの一撃は、火花を散らして躱され、地面に突き刺さる。最小限の動き、最小限の力、最小限の隙。ギリギリまで攻撃を待ち、直撃する刹那に受け流す。躱されたことに気がつかないオーク。今なら、最大限のリターンを返せる!
「明星一閃!」
高密度の魔力が光り輝く。繰り出した突きの一撃はオークの右脇に直撃、右上半身が消し飛ぶ。頭部は隙だらけ。ただし右腕は突き終えたばかりの体制。追撃するには一度右手に持つ剣を構え直さなければいけない。だが、間髪入れずにもう一撃入れるには――
(創造…剣)
魔力を込めた左手に一本の剣を具現化させる。同時に右手の突き終えた剣を手放す。右拳を握り、腕を力強く引き、足を素早く踏み変える。右肩が下がることによって左腕の剣にスピードが乗せられる。そして、腰の回転と共に剣を振り上げる―――!
「――――――ッッ!」
首を両断されたオークが叫びながら倒れる。地面に背中が着くや否や、身体が黒く染まり砂の様に分解され、消滅した。肉体の八割が淀んだ魔力の塊で構成されているためだ。
「フィシカ、今加勢する!」
もう一体のオークは、重い棍棒ではなく錆びた剣を右手に所持していた。俺が倒したオークよりも数倍速い攻撃が繰り出されるだろう。足元をカエンダンで吹き飛ばせば動きが鈍く―――
「いいえ、結構よ。いい機会だから見てなさい?貴方に教えたい技があるから」
「こ、この辺のオーク相手にやる事じゃっ…!」
俺は両手に魔力を込め、直撃すると爆発するカエンダンを二つ生成する。だが、青白い光が両手を包み、弾を具現化させようとしたその時、フィシカの様子が変わった様に感じた。両手を青く輝かせたまま、俺はフィシカの様子を観察した。
フィシカを中心に水色の魔力が高速で渦巻く。回転は次第に早くなり、狭くなり、やがて彼女の身体を包み込んだ。淡く光るフィシカ。そしてそれよりも輝くフィシカの剣。彼女は、呟く。
「『胡蝶剣舞 瑠璃唐』」
フィシカを包む青白い光が膨張する。オークの勢いは止まらず、フィシカへ一直線で斬りかかる。斬りかかる刹那、俺と同じ様に受け流す。だが、その受け流しは俺よりギリギリで、俺より隙が無い。オークが振り下ろした剣は地面に刺さるものの、棍棒ほどの重さが無いため、すぐに次の一撃が迫る。が、構わずオークを斬りつける。傷は大して深くはなく。致命的な一打とは言えない。
当然、欲張った一撃のせいでオークの攻撃を受け―――ない。フィシカは最速最小の動きで攻撃を流す。そして鋭い一撃。確実な一撃ではあるものの、致命打ではない。
素早く切り返す、重いオークの一撃を受け――ない。ギリギリで躱す。そして一撃。躱す。次は二撃。受け流す。三撃。フェイントで避ける。今度は二撃。余裕を持って受け流す。連撃が入る。躱す。連撃が続く。ついに打ち返す!そして、連撃が激しさを増す――――
オークは疲労し、大振りになっていく。身体のどこを見ても深い傷が多く見られる。魔獣でなければ、大量失血…然る後に死ぬだろう。オークは最早叫び声も上げられない。斬りつけられても防御が間に合わない。最速、最小限の連撃の末、オークは崩れ落ちた。
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「自身の隙を極限まで減らし、一切の無駄を無くす。身体や感覚を限界まで増幅させ、その場の状況において最大限のリターンを必ず返す。死と隣り合わせの中でも恐れず、しかし生を欲張らず、型を決めず、柔軟に打ち返す。剣を極めた男が辿り着いた、一対一の対人戦において最強の技よ」
「そんなの、機械でもなけりゃ無理だぜ」
オークを倒して夜。俺達はアズフィルア国前最後のキャンプ地でテントを張っていた。整備されていない道に進む以上、キャンプ地も野生味が溢れている。だが、倒木に腰を掛けて焚き木を囲むというのも乙なものだ。正に野営といった感じがする。
「ええ、だからこの技は完成しないの。常に『胡蝶剣舞』は変化し続ける。剛でもなければ柔でもない。決まった形、実態がない。ただそこに『胡蝶剣舞』という概念だけが存在する。故に、胡蝶」
「―――胡蝶の夢、か」
焚き木越しに俺は呟く。パチパチという音が心地よく感じる。胡蝶の夢。習ったのはいつだったか――
「貴方の世界にそんな御伽話があるのでしょう?その話が由来らしくて」
「御伽話っつーか、思想っつーか、まあそんなところ。確か、夢と現実の区別がつかなくなった男の話だったか…」
「切られている相手はそうなっているのかもね。で、貴方に覚えてもらうわ」
焚き木で照らされる掌のマメを弄っていたため、急な無理難題に驚く。あんな、なにやってるかわからないものを覚えるだって?
「む、無茶言うよな。元々覚えは悪い方なんだけど」
「元々でしょう?貴方の『能力』で想像力は格段に上がっているはず」
「『超具現化』か…四天王のアイツらと比べると、戦闘向きっちゃ戦闘向きなのか」
ブローの『変装』にブラッディの『治癒』。四天王のうち二人が持っている能力だ。諜報に後方支援といったところだろうか。キンライも能力を持っていたようだが、『ダイヤの証』に刻まれた能力は不明のままだった。
「段々分かってきたけど、貴方の能力は『創りだす』ことに加えて『複製する』ことにも使えるのね。カエンダンや明星一閃が正にそれよ」
「…そうか、俺ってば身体に剣を内包しちゃっていたのか」
気づいてしまった。この能力があれば、リアルで憧れた必殺技使い放題なのでは…!
そうと決まれば技名も創造なんて劣化版ではなく同調○始とかにすれば!かめ○め波もイメージすれば!
「剣?確かに何度も見て記憶した剣なら複製できるでしょうけど、適当に新しい剣を造った方が速くないかしら」
一人で感動している俺を見るフィシカの目は実に冷ややかだった。数ヶ月の付き合いにもなったフィシカだが、要所要所に効率厨な所が見られる。確かにビームだのなんだのが横行するこの異世界では、漫画やアニメの技は見慣れたものなのかもしれない。逆にスマホでも渡せば驚くだろうか。
「ま、まあ浪漫というか」
「ふうん?…そんなことより、物理的な複製じゃなくって、技術を盗むことに長けていることが問題よ」
「む、分からんがすごそう」
「… 貴方カエンダンの仕組みは分かる?」
「ん?当たったら爆発する」
「どうやって爆発してる?」
「ど、どう?どかーんって」
「どういう仕組みで爆発が起きてるか聞いてるの」
「ええ?アンモニウムだかなんだか…知らねえ」
「…こういうこと。仕組みを知らなくても、見たままを真似できるの」
参った。段々と能力がチート染みてきた。つまり、一度とは言わないが見たものはなんでも自分の力にできるという事になるのだろうか。しかも、ノーリスクで?
「てことは胡蝶剣舞も…」
「本当は魔力属性の調整とかあるんだけどね。きっと出来るわ。それに…実は貴方の剣の振り方を胡蝶剣舞に似せてるの。習得しても振り方に違和感はないと思うわ」
フィシカはやれやれといった目で俺を見つめる。元々、胡蝶剣舞は教える予定だったのだろう。確かに剣の振り方や立ち回りは大して変わらない。さすがサンライト国一の剣士。敵わない。最高。
「用意周到で何から何まで天才だな」
「よしてよ、聞き飽きたわ」
「またまた…え?なんでシリアスな顔!?」
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朝が、来た。
「さて、アズフィルア国までもうちょい。魔王城まであと少し!ってとこだ。気ぃ引き締めていくか」
「魔獣もより強くなるわ。下手な事して死なないようにね」
キャンプ地を抜けた先には国境がある。戦争が始まってからは前の戦争で使用していた関門が再び起用されている。アズフィルア国の兵士が関門を管理しているため、俺の顔を知らないということはないだろう。
「関門はこの先か…なあフィシカ?」
「なあに?」
「俺が魔王城で色々終わったらどうすんだ?旅?」
「キンライさんの仇を探し終えた後なら、何も」
「城くるか?話せば分かってくれる連中だろうし、気まずいなら…いや気まずいか」
「アズフィルアになんの関わりもないから大丈夫。元々はドド国出身だしね。お邪魔しようかしら」
「うし、ブーちゃん辺りにでも話してみるか……あ?」
数分歩くと関門が見えた。だが、そこにいたのは兵士ではなく――――
「どうしたの?関門に何か…っ!」
「女を連れ込んで帰ってくるとは、浮いた頭なのは相変わらずか?クロサキ」
黒髪に鋭い黒目。全身を黒で染めた騎士服の様な装い。少年のような幼い顔と背丈。間違いない。奴が、いる。ここにいるはずのない、アイツが――
「なんで、ここに…!」
関門の壁に寄っかかっていた身体を起こすと、気怠そうに、魔王は言った。
「さて、点検の時間だ。クロサキカイト」
久しぶりすぎて色々忘れました。
設定を見返す為に3年前の投稿を見直すのですが、前書き後書きは書くもんじゃねえなって思いました。
後、話を一本に縛って書くと更新が止まる事に気がつきました。3年書いても終わらないのおかしいと思います。




