1章28話 『異世界旅館の歩み方』with俺と私
門扉を開けると、小江戸を感じさせるような街並みが広がっていた。街の中心には川が流れ、橋がいくつも架かっている。
建造物も西洋に寄ったものよりかは、東洋風なものばかりだ。川は湯気が立ち込め、何処と無く硫黄の香りがしていた。
「すごいな。日本っていうか、江戸っていうか…ともかく、異世界らしくない感じだ。」
「日本は、こういう所なのね。懐かしく感じる?貴方もこういう所で育ったのかしら。」
フィシカは相変わらず俺を名前で呼んではくれなかった。ここまでくるともう一生呼ばないのではないだろうか。
「いやあ、俺は都会育ちだからこんな自然じみたとこじゃないよ。ていうか、まだこの街並みあるのか?時代劇くらいでしか見たことねえけど。」
トドは色んな種族が住んでいる国であり、中心街はゲームのようなファンタジーの世界になっていた。巨大樹に、魔力で動く床に、巨大樹の中心に住んでいる千里眼持ちの老人…しかし、ここは中心から離れているせいか魔力で動くようなファンタジー要素や近未来要素は見当たらなかった。
いや、注視すると所々おかしいところはある。茶屋の看板は漢字に似た何かの記号だし、赤提灯に似ている吊りものは夜なのに明かりが一つもついていない。代わりに、と言っていいかはわからないが、蛍のように飛ぶ謎の光体が規則的に動き夜の温泉街を過不足なく照らしていた。
「この地域独自のミリネア語に、魔除けの飾り。光は、人口精霊の応用かしらね。周囲の自然エネルギーを利用してるのね…風流ね」
「火も虫もないわけじゃないだろうに。きっと昔の召喚者が適当に伝えたのがねじ曲がったんだな。これはこれでアリ」
「私が泊まりたい宿は…この先。転生者が働いてるって噂よ。いわゆる『旅館』の本場が見られるってことよね」
俺がさっきまで持っていた観光ガイドを両手に持ち、端から端までじっくり読みつつそう言った。ふんす、ふんすと鼻息が聞こえるようだ。
「転生者?召喚者じゃないのか?」
「大雑把にいうと…ミリネア側の肉体に変わっただけよ。あんま気にしないで」
「お、おう。最近、雑になったな、フィシカ」
俺への対応になれてきてるな、この人。
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「いやあ、よく来てくれたな!あっち側の人間なんだって?」
「ってことは、アンタがこの旅館で働いてるって言う…」
「そうだ、お前と同じ。日本から来た、正真正銘の人間だぜ」
フィシカは部屋に案内されるとワクワクした顔で銭湯に行ってしまった。1人ポツンと残されたカイトは荷物を降ろし、軽装に着替えた。畳を傷つけないように優しく座卓や座椅子を片付け、木刀を手に取りいつものように剣を振ろうとした矢先、金髪七三分けの男が入ってきたのだ。七三分けといってもボサボサの髪のせいで辛うじてそう見えるだけかもしれないが。
「随分ボロボロだし、なんならアンタやつれてないか?旅でもしてんのか?」
「そ、そんな感じかな。この先のアズフィルアの魔王に用があって」
「え、魔王いんのここ?魔王打倒的なノリで?リアルRPGしちゃってんの?」
「死んだアイツの為にも、俺は魔王に会わなきゃいけないんだ」
「世界観の相違が激しいんだが!?急に死んだとかどうこういうのやめてくんないか!?」
「はは、なんかそのノリ懐かしいな。俺も最初はそんな感じだったよ」
「発言が死線くぐってきた奴なんですけど。ギャグからアクションに路線変更した主人公のノリなんですけど!そしてその乾いた笑いをやめろ!目が笑ってねーから!」
「わ、悪い。…そうか、魔王も何も知らないんじゃ無理に話してもわからないか」
「すまんが俺はこの旅館の経営で手一杯なんでね。痛いのも嫌いだし平和にやらせてもらってるぜ」
しばらく他愛もない話をし、ずいっと前に詰め寄ってきた。髪はボサボサではあるものの、青い目と金髪がよく映える。
「と・こ・ろ・で、――――アンタの連れの美しいお嬢さんとはどう言う関係で?」
青年は笑顔を固定したまま詰め寄り続ける。
「…フィシカのことか。俺に剣を教えてくれる凄い剣士で、護衛の為に俺についてきてくれてるんだ。本当はダメなんだけどな」
「いい…高名な剣士かつ、青髪ショートカット美人…。じゃなくてだな、―――君らカップル?」
「…へ?」
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「とても良い湯でした。サービスも充実していましたし、初めて見るものばかりで驚かされました。」
「いやあ、そんなに褒められると照れちゃうなー!頑張ってきた甲斐があるわ!」
部屋へ戻る道中、女将だと言う女性に出会ったので、フィシカは2人で歓談していた。
「確かここの旅館、経営者が変わったとお聞きしたのですが」
「ええ。前はやる気のないヘッポコ野郎だったんだけど、私が魔術を使って新しい人を呼んだの。想定とは違う人が来ちゃったり魔術が使えなくなっちゃったりしたんだけど…今は大盛況ね」
橙色のバンダナをつけた女将が太陽のように笑う。綺麗な藍色の長髪を、少しだけ羨ましく眺めてしまう。褐色気味の彼女。その笑顔は、見ていると心が晴れるようだった。
「貴女が召喚なさったんですね。今その方はどちらに?お時間がよろしければ、会いたがっている人がいるのですが…」
「ああ、あいつ?多分部屋へ会いにいってると思うわ。流石の男嫌いでも、人間なんて初めてですもの。きっと興奮してるわ」
「あら、では私も部屋に戻りますね。お話しありがとうございました」
「あー、待って!会わない方がいいわよ、ていうか会わないことが最善よ」
「は、それはどういう…」
「今はどっちかわかんないけど…彼、筋金入りの女好きよ」
「はあ…?」
「会うと厄介よ。一応、契約上は私の使い魔だから位置はわかるわ。私のタイミングを聞いてから行きな。…それまでもう少しお話ししましょう」
「そ、そうですね…?何を話しましょう、この旅館のことは前から知ってましたし、私の出身国の話でも…」
「いや、それよりも…貴女と彼の事が聞きたいわ。聞いても大丈夫?」
「そ、そうですね。大雑把でも良いのなら」
「ねえ、あの青年とどういう関係なの?」
「…彼は、その、私の剣の教え子みたいなものです。今はアズフィルアに向かいたいらしく、護衛として剣士の私が着いて…」
「そうじゃなくて、恋バナよ、コ・イ・バ・ナ!」
「へぇっ!?そっれ、は……べ、別に、何も」
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「じゃあ今フィシカちゃんはフリーってわけか。ハイハイハイハイ、なるほどね」
「な、何がわかるんだよ。大体、あっちは別に恋人がいるかもしれないだろうに。もしいたら失礼だ」
「いや、俺にはわかるっ。あの振る舞いは『男のふり』をしてきたものだね。チャンス!」
「な、なんなんだアンタ!」
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「た、確かにそういった仲の人はいませんが…だからといって彼と関係がある訳では…」
「嫌いなの?カイト君のこと」
「そ、そういう問題では…!」
「嘘嘘、ゴメンゴメン。急に取り乱すのが可愛くて、つい。嫌いな訳無いわよね。名前呼ぶのにそんな時間かからないわよ普通」
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「フィシカはついてこなくてもいい俺の無茶振りで精一杯なんだ。好き嫌いがどうとかじゃ無いだろ」
「嫌いだったら無茶振りするやつになんざ着いていかねーだろ。…あーそういう関係か。こりゃ入り込む隙間無しかもな」
「どういう関係だよ!約束があるからついて来てるだけだ」
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「でももう約束だけじゃ無いでしょ?」
「それは…旅の中で、仲間であるという意識は芽生えますし、そういった意味では」
「そんなの顔真っ赤にしていう台詞じゃないのよ」
「えぅ…これは、その、逆上せただけで…それに、彼の気持ちもありますし…」
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「それに、フィシカの気持ちもあるし…」
「それはもう好きを認めたと一緒では?」
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「う…何故ここまで気持ちを曝け出さなければならないのでしょう…」
「つい白熱して聞きすぎてしまった事に関しては本当に申し訳なく思っているわ」
目の前の女性は変わらず笑顔で話しかける。初対面のはずなのに、彼女の前ではなにもかも見透かされているような気がしてならない。
きっと、この女将はなんの悪意もなく、それどころか善意で話しているのだ。私の気持ちを吐き出す場所を、彼女は作ってくれているのだ。私は諦めたように、罪を白状するように、彼女にゆっくりと話した。
「………えと………カイ…ト…の事は、ね。最初は何も思ってなかったの。ただの生意気な、ちょっと危ない男くらいのイメージ。最悪でしょう?」
私の肩の力が抜けたのを見ると、女将は優しい笑顔に変わった。さっきまでの照らしつけるような笑顔ではなく、包み込むような笑顔に。
「それは最悪ね。どうして恋に発展したか全く分からない。話す内に、少しずつ、みたいな感じ?」
「…それもあるかもしれないですね。でも、きっと根本は…」
私が、彼を気に留めるようになったことに。
私が、彼から目が離せなくなったことに。
私が、彼を―――好きに、なってしまったことに。
―――それらに理由があるとするならば。
そう、きっと根本は、――――昔の私にあるのだろう。




