1章26話 進め構わず
宿での朝食もそこそこに、俺はいつも通り巨大樹の女王に会いに出かけた。「巨大樹の女王」なんて、随分と聞こえはいいが、言い方を変えてしまえば、同じ人間の、同じ種族の、同じ出身の、同じ年齢の友人というだけなのだが。
「おはよう、黒崎君。早速だけど君に朗報よ。」
「落雷で橋が壊れてて、アズフィルア国に行けない今の俺が嬉しくなる知らせなんて、『アズフィルア国に行くための橋が直った』くらいなもんだけど、その朗報は朗報に成り得る情報か?」
「ええ、間違いなく朗報ね。なんて言ったって『アズフィルア国に行くための橋が直った』のだから」
「お、そりゃあ朗報だ。今日の晩には出る事にしよう。…世話になったな」
「たった数週間くらい、なんとも無いわよ。この私が統治している国だもの?痛くも痒くも無いわ」
「ああ、そう。」
女王『緑川雫』のいつも通りの自慢をさらっと流し、俺はいつも通り前回の続きを話す。
「なあ、雫。昨日の話の続きだけど…」
「何話したっけ、魔力の色の話?」
「そうそう、『白』と『黒』はまだ話してくれてないだろ?」
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この異世界では、生まれ持った魔力の色で使える能力が限られる。『赤』『青』『黄』『緑』の4色が基本となり、それらは容姿として表れる事が多い。
例えば、フィシカやレイ。彼女らの髪や目の色は『青』系統だ。青は見た目通り、水や氷の生成や操作を基本とした魔法や技が扱いやすい。また、『生成時の形』のイメージも必要な事から、物質の具現化にも長けている。この能力が優れているため、氷の槍や魚の形をした水などの表現が豊かなのだろう。
かくいう俺も青の魔力の素質があり、日本にいた頃の容姿がだいぶ変わっている。黒目が、綺麗な青い目に。まばらだが、最近髪の色も綺麗な明るい青になってきている。
日本にいた頃、といえば目の前の少女。緑川雫だが、生粋の日本人である彼女も、流石に元から『緑』色の目と髪はしていなかった筈だ。そして、緑の魔力といって思い出すのは、ブローと言う名前の性別不詳の四天王。彼女…もしくは彼のイメージカラーも緑であり、緑色の魔力は自然エネルギー、大気中の魔力を利用した技が多い。大気を操って空を飛んだり、風を操ったり。体内の魔力に加え、自然エネルギーまで扱うのだから、他の属性よりも多少の自由は効くだろう。そういえば、前に一度ブローが悪ふざけで、俺の部屋に大量の木を生やした事があった。ベッドにキノコが生えているのを見た時、泣きそうになったものだが、緑の魔力にはそう言う力もあるのだろう。
悪ふざけを共にしていたのは、同じく四天王であるブラッディという女性だ。彼女の目は派手に赤く、髪は鮮やかな桃色に染まっていた。これが、『赤』の魔力だろう。見た目通り、炎を扱う魔力。魔力エネルギーの集中で熱を起こし、炎の元になる。エネルギーの集中という特性を生かし、身体能力の強化も得意としている。魔術師であるブラッディはそのエネルギー集中の特技を活かし、高火力の魔法や高密度のバリアの生成をする。また、視力の強化を利用した、彼女の芸術的な弓術も素晴らしいものだ。
ブラッディがエネルギー集中の特性を活かす者ならば、ヴァンという男は炎の特性を活かす者といってもいいだろう。彼の髪型もまた、芸術的だ。赤い天パの彼は炎をよく扱い、特に、十八番である『カエンダン』は凄まじい威力を持っている。着弾の瞬間に爆発するそのエネルギー弾の威力を俺は身をもって経験している。
俺のサンライト国から逃げる旅に同行してくれている、『レツ』や『マタ』さんも、赤い髪色、赤い目の色をしている。最も、マタさんに限っては糸目の狐娘なので、実際に色彩を見たことはないのだが。
サンライトから脱出する事に反対していた、俺の親友『朝田悠仁』は『黄』色の魔力を持っているらしい。らしい、というのは、実際に見た事がないのだ。『黄』の魔力は、いわゆる『魔法剣』や『召喚獣』の才能がある。物質や生物に自身の魔力を注入し、強化したり使役したりできる。他の魔力と違うところは、黄色の魔力は、『他の魔力と混ざりにくい』という点だ。これによって独自の強化や使役が可能となる。一般的に、他の色の魔力は、注入や合体、配合などで合わさる場合、別の反応を起こしてしまい、魔力の独自性が失われ、コントロールが難しくなってしまう。
ユージンの魔力の扱い方は、おそらくキンライと似ているのだろう、と予想はできる。『ソード・キンライ』は四天王の中でも一番の実力を持っていた。彼の洗練された剣さばきは、老いていなければ世界一だったのだろう。そんな彼の特技といえば、剣に魔力を纏わせた剣術だ。黄の魔力があれば、美麗な、ゲームのようなエフェクトが出せるのだ。
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「で、白と黒ね。本題はここよ。他の色は自然界に存在する魔力。白と黒は、『人工的』に作られたものということ。存在は明らかにされているのに、実例が少なすぎて実態がつかめない、謎の力。」
「ああ、聞いたことあるぜ。白は『時間』、黒は『空間』を操る…それだけは知ってる。」
「なんだ、教えて教えてって言っておきながらちゃんとわかってるじゃない。…時間を操る、っていうのはつまり過去や未来に行き来できたり、加速、停止、減速出来るのよね、きっと。そうでないと、見つからないなんて事はないもの。その能力を使っても私達は認識できないから、白の魔力を扱う人が見れない。」
「ああ、黒は?空間を操るって、どういう事だ?」
「わからないわ」
「は?」
「わからないのよ。実例が少ない、じゃなくて、実例が無いのよ。ゲリラ的に湧くあのキモカワの怪物いるでしょう?機械魔兵ってヤツ。」
「1つ目のずんぐりむっくりのアレか。」
「アレのカラクリは『黒魔力』よ。切っても何も出なかったでしょ?あの身体の内側に、別の空間があるの。…最も、空間があるだけで、なんで動いてるかわかんないけど。…ガワには魔力を感じるのに、いざ中身を覗いてみたら何もないんだもの。『何もない』を調べただけだったわ。」
「白の魔力は調べようが無い。黒の魔力は調べても意味が無い。こうなってくると本当にあるのか怪しくなるよな。」
「同じ証言が場所や時代を超えて存在する以上、確かにあるのでしょうね。なんだっけ、ほら、日本でも流行ったじゃない?小さいおっさん。」
「あー…どういう立ち位置かは分かった。」
「貴方の所の魔王、彼は『黒』魔力の使い手ではないかしら?別に、黒髪黒目だからって訳じゃないけど、なんか怪しいのよね。彼の魔力の話を聞いたことがないし。それに魔王って言うくらいならそのくらいのチートスキルはあってもおかしくないんじゃないかしらね?」
「魔王ね。それも聞いてみるよ、色々サンキューな」
雫との会話を終え、宿屋に戻ろうと背を向けると、彼女の側に座っている老人が、俺に声をかけた。少しプライバシーな話になるから、雫に席を外すように老人は言っていた。だが、生憎俺は名も知らぬ老人に個人情報を握られた覚えはなかったので、「別に聞いててもいいよ」と言った。
老人は歯切れの悪い口調で、俺に説明をしてくれた。
「ワシの『魔神眼』の事なんじゃが、コレが色々と万能での、過去視も出来る。と言うのも、過去そのものを見るのではなく、『過去の記憶を見る』と言うのが正しいのじゃが。」
「過去視!?つまりそれって、白の魔力に関係あるんじゃ…」
「いや、この眼は魔力の固有の力ではなく、ワシの固有の『能力』じゃ。ワシの魔力の色は緑じゃよ。」
なんかこの爺さんもチート持ってるな。なんだ?この世界はジジイになるとみんな強くなるのか?時代はジジイなのか?
「本題に入ろう。一番最初、お前にあった時に過去視を使ったのじゃが…」
俺の、過去ね。それは一番俺がよくわかっている。
「小僧が異世界召喚されたのは事故だと言うことも、それ以前の学業に励む姿も、しかと見たのじゃが―――」
「―――――それ以前の過去が見れなかった、か?」
「ちょっと、じいや?黒崎君?どういうこと?」
頷く老人に、至って冷静な俺に、緑川雫が動揺する。別に驚くようなことでは―――まあ、確かに一般的には少数ではあると思うが。
「どういうこともなにも、黒崎海斗。お前は、記憶喪失じゃな?」
老人が目を少し開く。瞼の隙間からは『龍神眼』なるものが赤紫色に光っていた。
「…そうだ、珍しいだろ?まあ、珍しいだけで何にもないけどな?記憶がなくなった時にユージンが助けてくれなかったら、今頃俺は1人ぼっちだったろうな。」
「小僧。相当捻れた過去を持っていたようじゃが…」
「さてね?今の俺には関係ないよ。10歳以前の話なんて、俺本人が覚えてないんだからな。」
他に何か用事はあるかと聞くと、もう無いとの事だったので、出発の準備のために足早で帰路に着いた。
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「―――記憶喪失が重なってる?」
「そうじゃ。小僧は10歳以前の記憶が無いと言っておったが、どうも、そこの記憶だけではない。現世界から異世界へ召喚された瞬間、と言うのが分かりやすいかの。確かに記憶の形跡があるのじゃが、過去視ができない。」
「ふうん、召喚時のバグみたいなものかしら。黒崎君自身も認知してないから、そこまでの欠如ではなさそうだけど…」
「シズクよ。今の小僧は善性に近い存在じゃが、完全に信用してはならんぞ。ありゃ皮を被っておる。」
「そうかなー?なんか、ラノベとかによくいる脱力系主人公みたいな振る舞いしてるけどね。確かに痩 けるくらい修行してるっぽいけど、私が昔読んだやつにそんなのが…」
「それはガワの話じゃよ。シズクには難しいかの。つまり――」
「つまり?」
「―――吹っ切れると怖いタイプじゃな、アレ。」
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「ダメっ!」
「いいや、行くね!」
宿屋で俺は荷造りをしている。明日、アズフィルアへ向かうためだ。通行止めをくらい、約1ヶ月の間トドに滞在することになったのは予想外だったが、旅というのは往々にしてそういうものだ。それに、この1ヶ月は充実したものだった。温泉街に出かけたり、髪を切ったり、買い物に出かけたり、雫に異世界について教えてもらったり。鍛錬こそ忘れはしなかったが、異世界に来てから辛いことの方が多かったので、ここでの生活はとても楽しかった。
だが、道が開けたなら話は別だ。一刻も早く自国に戻らなければ。そして問いたださねば。そうじゃ無いと気が収まらない。
「前も言ったでしょう?ユージン様から、アズフィルアに行かせるなって言われてるの。私はその為にいるのよ?」
「ユージンだって、俺が止まらないのは知ってるだろ。別に、四天王として戻る訳じゃねえよ。それにサンライトにも用はあるしな。一個人として、聞きたいことを聞く。そんだけ」
「危険だわ!」
この1ヶ月で旅の仲間ともかなり打ち解けた。レツは前よりも自分の意見を言うようになったし、フィシカも敬語がなくなって、前より笑うようになった。可愛い。マタさんは元々自由人の気質があるので、何故か好感度のリセットはあるものの、常に仲良くしてくれた。
すっかり、しっかり者の幼馴染のような振る舞いになったフィシカが、腰に両手を当てて説教をする。
「分かってないかもしれないけど、魔王は貴方より遥かに強いわ。貴方じゃまだ敵わない」
「戦うと思ってないか?質問しに行くだけだって…」
「嘘!―――貴方を守らなきゃいけないの。分かって、お願い」
フィシカは俺にどうしても行かせたくないらしい。仕事だからこんなに言うのだろうが、今の俺には関係ない。目を逸らし、マタさんと話す。
「マタさん。明日出るから馬車の準備を――」
「ごめんねぇカイト君。ワタシは契約上、あくまでもフィシカちゃんの命令が絶対だから、馬車をアズフィルアに出すのは出来ないわぁ」
「そっか、そっちのメンツもあるよな。そうだな、じゃあ…」
「ねえ、やめましょう?別に急ぐ必要もないじゃない。もう少しここに居ましょうよ」
「勇者が暴れて逃げた。報告をするために急いで国に戻ってきた」
「ねえってば!」
「なんだよ、これで悪いのは俺だけだろ?」
本来なら、1ヶ月前にアズフィルアに着いている筈だ。レツの思想問題は解決しているから、もう俺に着いて行く必要はない。剣の稽古をつけてくれていたフィシカも、「教えられるものは全て教えたから、後は自分の努力次第」と言っていた。彼女も無理して俺に着いて来させる必要はないだろう。
「そんな事したら、今度こそサンライトに居場所が無くなるわ。追手がいまだに来ないのだって、きっとユージン様が貴方を信頼してるからよ。犠牲を払ってまで貴方をサンライトまで連れて来させたのに、本人の意思のまま旅をさせるなんて普通はあり得ないわ!ユージン様も周りからの評価にかなり悩んでいる筈よ。ユージン様の気持ちも汲んであげて」
「…悠仁には大分迷惑かけちまってるな。色々終わったら謝らないとな」
「今のままでいましょう?お願い」
「…ごめん、無理だ。―――もう寝よう。これ以上は、レツが起きるよ。大丈夫、いずれサンライトにも戻らなきゃいけないんだ」
そう言って、俺はベットに入った。明日は、少し早めに起きてトドを出よう。今は魔王に、『ソニット・オルビット』に、話をしなければ。その後は、またサンライト国に戻って、キンライ殺害の謎を解く。ヴァンに事の詳細を聞くんだ。やがて全員が寝たのを確認して、部屋の明かりを消した。




