1章21話 勇者奔走
軽快なラッパの音が遠くで聞こえ、ああ、1日が始まったのかとオレンジ色のパンチパーマの頭を掻く。俺は机の上に置かれたクナイを数本懐に入れ、引き出しから黒いハチマキを取り出し窓に向かう。反射越しにつまらなそうな顔と目を合わせながらハチマキをつける。と、窓の外、城の渡り廊下に、勇者が、ユージンがいた。勇者サマは柵に寄りかかりながらただボーッと中庭の鳥達を見ている。俺はアイツがよくわからねー。カイトの為だと言って、犠牲を払って助け出したはいいものの、肝心のカイトは元の城に戻りたがってる。どうも、アイツはカイトのことに関して過保護な所がある。正直、カイトもいい迷惑だろうに。カイトだって、曲がりなりにも『勇者』と呼ばれる『人間』だ。
―――ただ、俺は?
上の立場である勇者の命令は、黒崎海斗の保護だった。命令は絶対。俺は、俺たちはそれに従った。それなら、魔王の城に戻してはならない、カイトを逃がしてはならない筈だ。なのに、俺はなんでカイトに外で戦うための力を付けさせたんだ。俺はなんでカイトに肩入れしてるんだ。
カイトが理不尽で可愛そうだったから?違う。
いずれ王国軍の戦力になる種族だから?違う。
じゃあ単なる俺の気まぐれ?―――いいや、違う。
なら、俺のこの感情は、一体―――――
「ヴァンさん!!ヴァン様、いらっしゃいますか!」
激しくドアを叩く音がする。
「っ、どーした!俺はココにいんぞ!」
掛けてあった太刀を手に持ち、急いでドアを開ける。
「そっそれが、地下で保護されていた勇者様が…」
「あ?カイトがなんだっつーんだよ。俺はユージンから関わるなって…」
「牢に、いらっしゃらないのです!ああ、なんて事だ。今日は大事な、王との謁見日だと言うのに!全兵士は城内を探しています!」
「…逃げたのか。俺の部隊は城外を探すよーに伝えといてくれ。俺は地下牢に何か手がかりがねーか探す。」
「ハッ、承知しました!」
兵士は敬礼し、会釈をしてからドアを閉めた。ドアの向こう側から、ナンテコトダナンテコトダと言って走り回る音がした。
「ったく、やりやがったなカイト。めんどくせー事してくれんじゃねーの…」
再び机に戻り、俺はクナイの数を補充する。窓に目をやると、渡り廊下にはもう誰もいなかった。
全く、本当にめんどくさい。俺は、窓に映る自分を見た。
―――――――ああ、お前は今、笑ってるのか。
その嬉しそうな顔が、余計にめんどくさそうに感じ、俺はさっさと自室を出た。
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少し前―――
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城の兵士達が階段を降りてくる。
地下牢は広く、重なる足音がよく響く。
「クロサキカイト様、お時間です。今鍵を…!?」
冷や汗が垂れる。バレないように、呼吸を抑える。
牢の中は、ちゃぶ台と椅子、寝る時用の大きな麻の布だけ。
「何してるんですかカイト様。バレバレですよ。」
心音が早くなるのを感じる。口から心臓が飛び出そうだ。
兵士は鍵を開け、端の方で膨らんでいる麻の布を掴み――――
(もし、バレちまっても、4人だけならなんとか抜け出せるか…!?)
勢い良くめくった!!
「なっ―――馬鹿な!カイト様じゃない!!」
布の下にあったのは、前まで俺が着ていた汚れた服だ。
「どっどういう事だ!牢が開いてないのに誰もいない!勇者様が消えてしまった!」
そう、確かにその牢に俺の姿はない。だが、俺は鍵を開けてないし、牢からも出ていない。
「クソッ!早く上に上がれ!早く伝えるんだ!」
そう言って兵士達はドタバタと階段を上がっていった。
足音が聞こえなくなるまで俺は待った。
「…よし。」
予想通り、というかほぼ賭けのようなものだったが、幸いにも兵士は鍵を開けて去っていった。
俺は自分の隠れた場所を消滅させ、目立たないように麻の布を体に纏い、階段を上がっていった。
――俺の、黒崎海斗の脱出作戦が始まった―――!
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「…ちっ。これじゃー俺とユージン、後は嬢ちゃんしか気づかねーわな。」
俺はもぬけの殻になった牢を見つめる。
見つめると言ってもただボーッと見るわけではない。全身の魔力を目に集める。魔力をフィルターがわりにするのだ。そうすると、まだその場に留まっている魔力を見る事が出来る。
牢の中で見えたものは、カイトの魔力。奥の壁を被せるように青く煌めいている。
「ま、壁を作ったんだろーな、アイツ。」
クロサキカイトの能力。『超具現化』によって、牢にあるものと全く同じ壁を作る。カイトは本物と偽物の壁に挟まる。部屋は狭くなるが、この地下牢に人は殆ど来ない。兵士達も気づかなかったのだろう。
「麻の布が無ぇー…そんで、アイツの服はある…着替えて布を羽織ってるってートコか」
カイトの格好をイメージする。魔力の残り具合からして、まだ遠くには行っていないだろう。
ふと、俺はカイトのいた牢の壁ないし床を見た。
――前より、ボロボロになってやがる。
…アイツは努力を怠らなかった、っつー事だな。
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階段を駆け上がり、周囲を見渡す。
バタバタと足音が聞こえる方は避け、窓や扉を探す。
王城の廊下は人間5人が両手を伸ばしても余りあるほど広く、音も響く。俺はなるべく足音を立てないように赤いカーペットの上を沿うように走った。
心境に余裕があれば「ウヒョォ、こいつぁ、レッドカーペットってやつじゃあねーかいのぅ」とふざけて歩いたものだが、生憎そうはいかない。
途中、甲冑の飾りを見つけたので、そこに挿してあった剣を拝借した。
中庭に出ると、そこにいた鳥達が鳴き声をあげて飛び立つものだから、俺は注目を集める前に目の前の扉に入った。扉の先は幸いにも人がいなかったので、汗を拭って物陰に隠れた。
「…広すぎる。今俺どこにいるんだ?斯くなる上はその辺の兵士とっ捕まえて勝手口聞いて…」
「ねえ、おにいさんかくれてるんでしょ。それって意味ないと思うなあ」
「だよなぁ。抜け道知ってる奴いないかな」
「…えと、ぼく知ってるよ。」
なに、これは好機。早速道を教えてもらって―――
「…誰?」
「こんにちは、おにいさん。ぼくの名前は『レツ』。――『三銃士』の、レツ。」
「――は?」
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俺は、窓から鳥が飛び立ったのを見て中庭に向かった。廊下の途中にズラリと並べてあったカルヴァス技師の趣味の甲冑を目にしたが、その内の1つの鎧に刺してあるはずの剣が無くなっていた事を確認。
それと、もう1つ。白い肌をした空色の髪の少女がオドオドと何かを探していた。
「あ?『レイ』じゃねーか。いつも一緒の弟はどこ行った?」
「ヴァンお兄ちゃん。レツがね、レツがいないの。どうしよう、レツは私がいないと、どうしよう、私、レツがいないと…」
「おーおー、落ち着けよ。泣くんじゃねーぞ?」
「泣いてないよ!…レツゥ…」
このサンライト国では『三銃士』と呼ばれる王直属の最も優秀な3名の部下がいる。
1人は俺、『ヴァン・フレイビア』だ。ま、三銃士と言っても俺はただ粘り強いだけなんだがな。
そして、後の2人は『レイ』と『レツ』の双子。兵士の中では最年少であり、2人が揃えばサンライト国で最も優秀な射撃能力を持つ。
が、幼いものは幼い。レイは、レツの前では強気な性格なんだが、1人になるとコレだ。
「ね、ねえヴァンお兄ちゃん!レツがどこにいるかほんとうに知らない?さっきまでいたのよ?ほんとう!」
2人の性格は揃えば全く同じに見えるが、付き合いの長い俺からすれば違いはよく分かる。というか、俺とエルベハートの嬢ちゃん以外の奴らはこの2人の扱いが少々雑に感じる時がある。2人一緒でなければ価値が無い、とばかりに一緒にさせたがる。当たり前だ、戦場において最も成果が発揮されるのはこの2人が揃っている時だからだ。
だから、なんだろう。この双子からは、互いに強い依存が見える。
「…城のみんなが騒いでんのが聞こえっか。牢屋のヤツが逃げたんだとよ?もしかしたらレツもそいつを追ってるかもな?」
「そ、そうかな。…そうよね、そうだわ!レツのことですもの。きっと悪いひとをこらしめようとしてるんだわ。そうね、そうじゃないとおかしいもの。」
目の前の小柄な少女はパアッと目を輝かせる。アホ毛が揺れる。
「おら、多分コッチだ。行くぜガキンチョ」
「え、ええ。あの、あんまり離れないでね」
水色のぴょこぴょこは俺の後をついて行った。
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「―――ぬけみちが知りたいんだ?」
右横の紅色の少年は不思議そうに聞いた。
俺は危険を感じて、間合いを取って剣を握り直す。
「ま、まあな。それで?知ってるお前は俺をどうするってんだ?三銃士さんよ。」
「――なにもしないよ。ぼくだけじゃ何もできないんだっておしろの人が言ってた。」
「は?」
少年は淡々と話した。
「えっとね、ぼくはレイといなきゃダメなんだって。何か決めるときはおとなの人か、レイのきょかがないとダメなんだって。だから、ぼくはなにもしないよ。」
「それって、自分で何も決めてないんじゃないか?」
「うん。それは、ダメなことだから。」
少年に敵意がないことがわかってきた。俺は少年の近くに寄って、しゃがんだ。また不思議そうな顔で俺を見つめる。
「レツ、は抜け道を知ってるんだよな?俺、今凄い困っててさ。力を貸して欲しいんだ。」
「なんでおしろを出たいの?お兄さんはわるい人?」
「いいや、でもお城の人に見つかると怒られちゃうんだ。だから力を貸して欲しいんだ。」
目の前の赤い瞳の少年に優しく話しかける。大丈夫、この子はきっと悪い子じゃない。
「ふふふ、ぼくといっしょだね。ぼくもひとりだと怒られちゃうんだ。…でも、ぼくに聞くよりレイに聞いたほうがいいよ」
少年はコロコロと表情を変える。
「ん?どうして?」
俺は今ここにしかいないレツに話しかけているのに、何故こんなにもこの子はレイという子のことを話すんだろうか。俺は疑問に思った。
「レイのほうがゆうしゅうだから」
いつも、何かを聞かれるたびにそう答えるように言われたんだろうか。
遅ればせながら、その言葉で俺はレツがどんな境遇なのかを悟った。許せなかった。
「なあ、レツ?俺はレツにしか頼れないんだ。レツじゃないとダメなんだよ。俺はレイって子よりもレツの話が聞きたいな。」
多分、この子はレイって子と比べられ続けているんだ。優劣感を植え付けられているんだ。周りの誰からも頼りにされなかったんだ。
「―――ほんとう?ぼくで、いいの?」
そうじゃなきゃ、名前も知らない俺に、こんな笑顔見せるもんか。
「―――ああ、レツがいいんだ。」
「――っっ、きて!こっちにね、かくしつうろがあるんだ!」
そう言って、紅髪の少年はアホ毛をぴょこぴょこさせて俺の前を走っていった。
カイトとヴァンのダブル主人公構成です。ユージン?知らないですね。




