1章20話 黒崎エスケープ③
「ここ最近、稽古が軽いですね。」
「...まあ、休みも肝心っつってな。気分じゃねーからダラっと休んでる感じ」
カイトはヴァンから受け取っていた剣を片手でクルクルと回す。
「いえ、どちらかと言うと何かの戦いに向けての調整のような休み方ですね?」
エルベハート家の女は西洋風の兜のバイザーをあげ、探るようにカイトを見つめる。
空色の凛々しい瞳だ。
「そ、そう?」
見慣れない顔に、思わずカイトは目を背ける。
(この女に嘘はつけないのか?カンが良すぎるだろ...)
「明日、サンライト国王に会うのでしょう?明日は、カイト様と一緒にいられませんから、変な事考えないでくださいね。」
「おう」
「さ、剣をこちらに。」
「え?なんでだよ。」
「武器を持っていたら明日抜け出すでしょう?その剣、ヴァン様から貰った剣ですよね?後で渡しておきますから。」
「...確かに、剣がないんじゃ暴れられないな。ほい。」
カイトは剣をエルベハートに投げる。
「っ!?」
(なんて重さ...!こんな剣振り回してたの...!?)
「なあ、明日の朝に迎えが来るんだよな?」
「え、ええ。着替えを渡しておきますから、それを着て明日の謁見に来てください。」
女は重たい剣を立てかけ、カイトに服を渡す。今のカイトの服装はボロボロのベージュのズボンに汚れた白い布の服。地下牢に閉じ込められた囚人らしい、といえばらしいが、一国の王に会うにはあまりにも不恰好だ。
渡された服は純白の騎士服。金の装飾が施され、胸にはよくわからないメダル型の勲章かいくつか付いている。これほどの煌びやかさならば、遠くからでも一目で気がつくだろう。
「エルベハートが来れないってんなら、当日の迎えは?何人くらい?」
「何故?」
「いやあ、多いと緊張しちゃうじゃん?少ない方がいいなーなんて...」
「じゃあ警備、増やしますね。」
「聞いてた?」
「逃げ出すでしょう?」
「いやあなんとも」
カイトは目を背ける。右手を顎に添え、小さい声で唸る。
「...まあ、いいでしょう。当日何かあれば私が止めます。」
諦めたように、エルベハート家の女は去っていった。
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俺は床のシミを何と無しに見ながら考える。
「さて、この国の王様に会ってみたくもあるが…」
俺の中での優先は当然、一刻も早く魔王に会うことだ。何故一刻か、なんて…なんとなくだけど、性格上1番最初に気になったものはどんな手でも使って知りたくなる。黒崎海斗っていうのはそういうものだ。
気になった事とは、ズバリ魔王である。俺は、あの日の事を思い出す。魔王城にいた、あの日の事を。
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俺は、『アズフィルア』という名前の国に異世界召喚され魔王の直属の部下、四天王の職務を任された。
魔王城、といっても悪心を持つものは誰一人としていなかった。世界征服とか、人類支配とか、『正に悪』といった雰囲気の人は一人もいなかった。単純に、居心地が良かった。
が、それもつかの間。親友の『朝田悠仁』…ユージンによって勝手に救出された。ユージンは元々俺に対してだけは心配性なところはあったが、それにしても関係ない人が死にすぎた。俺は素直に喜べない。それが優しさであっても。
『アズフィルア』と『サンライト』。互いの国の被害は大きく、特にアズフィルアでは四天王の一角、『ソード・キンライ』が討たれた。この戦いにおいてはサンライト国が勝ったといっていいだろう。
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ここで、俺はある疑問を感じた。『ソード・キンライ』が討たれた時の話だ。
キンライは『三銃士』であるヴァンと戦い、破れた。
魔王はそれを知ってか知らずか、加勢せずに自室に入った。実力を考えれば、キンライと魔王でかかればヴァンは簡単に倒せただろう。
何故、魔王はキンライの死を見過ごしたのか。
魔王の自室のすぐ下では激しい戦いがエントランスで行われた。地響きや壁、天井の崩壊、爆発に、高濃度の魔力の発生によるキンライの変身。そして、キンライの魔力の気配の、消失。気がつかないはずがない。俺だって、キンライの悲痛の声が遠くで響いてるのを聞いた。
民衆の希望の勇者を連れ去られ、四天王の一人を葬られた。魔王の意図がわからない。
「捨て駒のつもりか...見捨てたのか...」
俺は拳を強く握る。鍛えられた握力は手のひらに酷く食い込み、痺れたような感覚が右手に残る。垂れる血を恨めしく睨む。
あんないい人を。キンライを捨て駒扱いか。アンタにとって四天王って、仲間ってそんなもんなのか。
聞かなくてはならない。魔王の、『ソニット・オルビット』という男の、真意を。
「サンライトの王様に会ってるヒマはないな。…明日、決行だ。」
俺はそうして、決意を固めた。
サンライト国の城、地下の牢屋から脱出する決意を。
親友の温情から、逃走する決意を。
一人称視点からだいぶ文章の書き方が変わった気がします。一瞬文章力が上がった気がした僕でした。間が空いてるからね、仕方ないね。




