1章17話 勇者、牢屋へおいでませ
徐々に意識が覚醒していく。
眠りからの目覚めとは異なる感覚。
全身が、鈍った痛みじくじくと自身に伝えてくる。
鉄のように硬い寝床から、赤く腫れ上がった身体を起こそうとするが、痛みに思わず声が漏れる。
ふと、景色を見ようと周りを見渡す。
コンクリートの床に石造りの壁。壁には縦30センチ程度の長方形の穴が空いていて、窓や通気口の役割を果たしている。
広さは、四畳半くらいだろうか。端には木製の椅子があり、欠けた白い皿とくすんだガラスのコップ。
少し大きい麻の布が敷かれ、ちゃぶ台がぽつんと1つ。
「...はは、さすが異世界、こんな牢獄みたいな場所もあるんだな。」
「...牢獄だよ、海斗。...本当に申し訳ない。」
「あぇ?」
声の方向、そこには懐かしい親友の顔。だがその友の間には、頑丈な鉄格子が挟まれていた。
東の国――アズフィルア国の勇者、『黒崎 海斗』は敵国のサンライト国に捕まり、牢獄に入れられてしまったのだ。
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「悠仁...!てことは、ここは!」
懐かしい顔に驚き、体の痛みも忘れ悠仁の前へ急ぎ、鉄格子を掴む。
「僕が召喚された国、サンライトだよ。せっかく助け出したって言うのに、こんな悪い待遇で...本当に申し訳ない。僕も、普通の部屋にするように抗議はしてるんだが...」
申し訳なさそうに悠仁は俯く。
だが、そんなことよりも、
「...頼む悠仁、俺をアズフィルアに戻してくれ!」
カイトにとってはアズフィルアに戻ることの方が大事だった。自分が今ここにいる事、それはサンライトとの戦いで、負けを意味するのだ。
「...随分と、髪色が変わったね。それと目も。綺麗な青色だ。...アズフィルアで教わったのか。」
ユージンはカイトの髪をにらんだ。
「キンライは...!キンライはどうなったんだ!?」
剣術の師匠であり四天王、『ソード・キンライ』の安否を気にするカイト。カイトが最後に聞いた龍の断末魔、確かにあれはキンライのものだったからだ。
続くカイトの質問に、ユージンは無視をし続ける。いや、無視というよりは『全く聞こえていない』という方が正しいだろうか。
「まさか君が魔力を操れた、とはね...僕も予想外だった。海斗は人間だからね。それで勇者なんて呼ばれてしまった訳だ。」
「話聞けって!俺はアズフィルアの奴らを裏切るわけには」
「戻って、海斗は何をするのかな?まさかとは思うけどサンライト国との戦争に参加するんじゃないんだろう?」
目の前の勇者の迫力に押される。
「そ、れは...」
緑色の、鋭い目つき。
「...言葉を選べよ?僕だって君を斬りたくはない。」
だが、その眼差しの奥には親友への心配が見え隠れしていた。彼は本心から、斬りたくないと言っているのがわかる。
「...お、俺は、あの国で魔力について教わったんだ。それだけじゃない。異世界の現状や、今アズフィルアにどんなに貧しくて苦しい人達がいるのかとか!」
「貧富の差が問題になってるのはアズフィルアだけじゃない。それにアズフィルアの王は、他の土地のエネルギーを奪い取った結果だと聞いてるんだが?討つべきはサンライト王じゃなくてアズフィルアの王だ。...何より、僕はサンライト国に召喚された真の勇者。初めから魔王が敵さ。」
「悠仁...」
「初めての土地や初めて会った人に愛着が湧くのも分かる。けど、冷静に考えればわかる通り、魔王こそが僕らの敵なんだよ。僕がいれば、怖いものなしさ。それこそ、君が出会った人達も助けられる。海斗はただこの国で過ごしていればいいんだよ。勇者の大事な親友さ。幸せな暮らしが出来ると約束する。」
海斗は黙ってしまう。何も言い返せない。
「僕の手を取って、握ってくれ。それだけでいいんだよ、海斗。アズフィルアでの地獄のような生活は辛かったろう?後は僕に任せて。」
格子から手が伸びる。
神々しい鎧に包まれた、凛々しい彼の手。藍色の整っていない髪、青く鋭い目。ボロボロの身なり。そんな海斗に、ユージンは手を伸ばす。
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俺は悠仁の右手を見つめる。それから、決意を固めた顔。緑色の綺麗な力強い瞳。
あいつが本物の勇者だって言われても、なんの文句もない。小さい頃から努力して手に入れた力を否定することはない。
俺が幼かった頃の、微かに残る記憶。
独りになってしまった俺に、優しく声をかけて、手を伸ばしてくれたのは、悠仁だった。
不器用で優柔不断、なんの取り柄も特徴もない俺に構ってくれて、あの頃から俺は、俺達は、2人で遊んでたんだ。
あの時の俺は、笑ってその手を取ったっけな。
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「悪い、断る。」
「――――っ!!」
「せっかくの異世界だぜ?リアルでなーんもしなかった俺だからこそ、今度はコッチからアクションを起こさきゃな」
「...何も、ね。じゃあ、海斗は僕と敵対するってことかい。」
「怒るなよユージン。敵、味方じゃないって。...旅がしたいんだ、この世界で。」
「は?」
「やっぱさ、血が流れるの嫌なんだよね。なんだっけ、トド?ドド?の国とか行ってみたいしさ。サンライトもいいけど、1つの所だけで満足できるかっての。」
「...苦しんでる人たちは?」
「ん?お前がなんとかしてくれんだろ?頼りにしてるぜ、親友」
「...急に楽観的だな?」
「疑り深いねぇ。お前を信じてこそ、さ。俺は安心して異世界ライフを送るって話」
「...まあ、アズフィルアに毒されるわけでないなら構わないよ。本音を言うと、サンライト国民としていて欲しいけど」
「やだね」
「ふ、取り敢えず僕は君の安全性を国の上層部に伝えないといけないんだ。それはさっきと変わらないよ。」
「俺はなんでそんなに危険視されてんの?何も出来んよ?」
「なんの間違いか知らないけど、海斗はアズフィルアの四天王の一人としても噂は広まってるんだ。機械魔兵の大群を蹴散らしたとか。」
(ブローだな。)
「君は機械魔兵を知らないと思うけど、彼らはすごく凶暴だから近寄っちゃいけないよ。海斗じゃ太刀打ちできない。」
「あ、ああ。旅でそいつらに会わないように気をつけるよ」
「...うん、君一人で旅は危険だ。優秀な王国兵士のうちの一人を付けよう。心強いサポートができるハズさ。」
「いやあ、一人でいいって!」
「もしもの時も、安心だろう?」
「...もしも、ね。」
(どっちの意味の安心だか。もしもっつーのはアズフィルアに行かないようにするためだろうな。)
「それじゃあ、また後でね。」
「ああ。...悠仁」
「なんだい?」
「会えて良かった。」
「...僕もだよ、海斗。...絶対にアズフィルアに行くなよ。僕は君を、」
「斬りたくない。だろ?決め台詞も言い過ぎは厳禁だぜ。」
「君って奴は、全く...」
悠仁は別れの挨拶を告げると、石階段を登って行った。牢の周りにはカイト独り。ほかの独房も誰もいないようである。
足音が消え、静寂に包まれた後、カイトは目の前の鉄格子を殴る。低い金属音が響き渡る。
「クソっ!待ってろよブロー、ブラッディ...キンライ!俺は、魔王に...『ソニット・オルビット』に聞かなきゃいけないことが沢山あるんだ...!」
振り返り、壁に切り抜かれた窓の外、青空をにらんだ。
「あの時、なんでキンライを助けなかったんだ...?サンライト国との戦争で、何を得たいんだ?...今の俺に興味がないって言うなら、なんで最初の召喚で俺を四天王にしたんだ?...冷静になって見りゃあ全部おかしい...!ここを出て、魔王に会わなきゃいけねぇ!」
黒崎海斗は牢からの脱出を覚悟した。
それが彼の、優柔不断な黒崎海斗の最初の大きな決断だった。




