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今日の話題:部活

春。

陽は暖かく、風は優しく、木々は揺れ影を作る。

四方を山と水田に囲まれた、ここ県立青葉高校の放課後には、心地よい時間が流れていた。

そんな校舎三階の一番奥、誰も立ち寄らないような廊下の外れ。

その一角に『サブカルチャー研究会』と銘打たれた教室があった。


「なあ、晶。」


教室の真ん中に置かれた机。そこに向かい合うようにして二人の学生が座っていた。

スポーツウェアに身を包んだ、いかにも運動ができそうなコイツ—長谷昴(はせすばる)が、漫画を読む手を止めて、俺に話しかけてきた。


「ん?どした、昴。」


俺—水矢晶(みずやあきら)は小説を読みながら返事をした。


「前々から気になってたんだが、どういった経緯でこの部活は誕生したんだ?」

「ああ、ここは元々明子先輩が『遊楽部』っていう部活をやってたところで、それを……。」


言いかけたところで、昴が身を乗り出してきた。

……しかし、その体つきで近付かれると、こっちは圧迫感で落ち着かないんだが。


「……ちょっと待て、いや、『遊楽部』という名前にも若干興味が……、じゃなくて、先輩はオレらがここに居着く前から部活をやっていたのか?というか、その言い方だと、まるで先輩がたった一人で活動していたみたいな……。」


昴は一応『サブカルチャー研究会』—まあ後にも出てくるが、略称『サブ研』の部員だが、野球部と兼部しているため、部活の内情には詳しくないのだ。


「もちろん、その通りだけど?俺と未来の二人で、部室ごと譲ってください、なんてお願いをしたら、快く承諾してくれてさ。」


とりあえず、簡潔に答える。


「そこに至るまでの過程がまったく見えないんだが……。」

「えっと、あれは確か……。」


思いの外興味を示したので、暇つぶしも兼ねて、一年前の出来事、つまり『サブ研』創設の話をすることにした。


「部活見学ねえ。いやまあ、俺は特に入りたいのとかないんだけど。」

「ねえ、晶。それだったら、新しい部活作らない?」


腰の辺りまで伸ばした黒髪と、見る者全てを振り向かすような美麗さ—あえて文学的に表すなら『天女のような容姿』を持つのは、明日葉未来(あしたばみく)という俺の幼馴染だ。いや、一応弁解すると、例えで『天女』を持ち出したのは、あくまでも客観的判断であって決して俺個人の判断ではないと言っておこう。第三者視点から見て、彼女が眉目秀麗なのは間違いない。


「あー。でも、あんまり活動が多くないのがいいなあ。」

「それなら、『サブカルチャー研究会』、略して『サブ研』っていうのはどう?これなら、私は小説を思う存分書けるし、晶も漫画や小説を読んで過ごすことができると思うの。」


未来の将来の夢は小説家だ。

そもそも彼女は『文学少女』という称号なぞ物心ついた時から名乗るに相応しいほどの文学少女で、ありとあらゆるジャンル—純文学からライトノベルまでを片っ端から読み漁るような人間なので、自然と意識がそちらの方に向いていったとか。


「なるほど。でも、部室やら顧問やらはどうするんだ?」

「それは……、あっ、こんなところに教室が。えっと……、『遊楽部』?」


そこは教室棟の外れ。廊下の突き当たりに存在する教室だった。

廊下自体の薄暗さもあって、雰囲気はとても『遊楽』といった感じではなかった。


「なんだここ。どんな部活なんだ?」

「失礼しまーす。1年の明日葉と水矢ですけど、誰かいませんかー?」


ドアを開けて中を見る。

そこには絵を描くための画材や、多くの漫画や小説が置かれていた。


「あら?もしかして新入部員?こんにちは、わたしは2年の高木明子(たかぎめいこ)よ。よろしくね。」


ふわっとした亜麻色の巻き髪をした、いかにも『お嬢様』といった、そこには似つかわしくない人がいた。

それが、先輩との出会いだった。


「はい。ここは何をする部活なんですか?」

「えっと……、『遊楽部』は、絵を描いたり、漫画を集めたり、文を書いたりする部活よ。でも、まだ立ち上げたばかりで、部員は私しかいないの。よかったら入ってくれないかしら。」


正直驚いた。まさか俺たちが立ち上げようとしていた部活と全く同じ活動内容なんて。

とりあえず、ここに入っておけば高校生活は安泰だろう、なんて思っていた。


「それなんですけど、実は私たちも部活を立ち上げようと思ってて、活動内容が近いので、合体という形でもいいですか?」


……たまにだが、未来は手段と目的が入れ替わることがある。

『小説家』という夢が、もともとは『小説が読みたい』という願望だったように。

この場合、『好きなことをする』が『部長をやる』にすり替わっているのだ。


「おい、未来……。」

「ええ、いいわよ。でも、今年いっぱいまでは私に部長をやらせてね。来年からはあなた達にお任せするわ。」


でも、先輩はその意見を受け入れてくれた。

曰く、「どうせ来年は受験勉強をしなきゃいけないからね。」だそうで。


「……てな具合に。」

「うわあ……、ずいぶんとゴリ押したな……。」


と、ここまで『サブ研』の成り立ちをざっと説明したわけだが。


「で、約束通り一年間は先輩が『遊楽部』として部長をやって、今年から本格的に『サブ研』として発足した、ってわけ。」

「へえ、なるほど。」


昴がわざとらしく頷く。

この単純バカに伝わっているのかは分からない。

まあ、少しぐらい理解してくれていることを期待して。


「ま、こうして、俺や昴や朱音なんかも集まってるし、結果としてはいいんじゃないかな。」

「そうだな。……って、やべえ!そろそろ練習に戻らねえと!」


昴は時計を見ると慌てて部室から飛び出した。

ったく、騒がしいヤツだな。

いや、長話をした俺にも責任があるのかもしれないけど。


「じゃ、またな。」

「おう!」


そして、部室には俺だけが残った。

風が窓から部室を通って廊下に抜ける。

心地よい空気で満たされる。


「さて、俺も帰るか。」


窓辺から見えた夕日は、いつもより眩しく感じた。

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