3 絶望へのカウントダウン
《マスター!!》
その声に、弾かれたように私は転げた。背中に爆風のようなものを感じ、予想以上に飛ばされる。HPの低下アナウンスが流れるが、それどころではない。
すぐに体制を立て直し、顔を上げると、私が元いた場所にドラゴンの足が置かれており、その地面はクレーターのように削れていた。
「ど、どうしよう。システム!」
バッコンバッコンと異常なリズムを繰り返す心音を抑えて、ドラゴンを見据えた。
目の前にいるのは紛れもなくドラゴンである。ゴツゴツした赤い皮に、黒い羽。その巨体ははるかに50メートルを超え、体からは熱気が溢れている。
《マスター、スキルを使ってください。今のあなたに魔力はありませんし、このまま逃げ続けるのも不可能です》
た、確かに。今はドラゴンがなぜか動かないけど、一歩でも私が動いたら死ぬのは確定だ。
「お、オーケー。で、どう使うの、スキルって」
《使用出来るスキルの範囲内のことなら、思い浮かべていただければ、発動します》
な、なるほどぉ。なら、私の一番使えそうなスキル。
「時間停止!」
《了。スキル発動》
「グッ、ゴオオオオオオオォォォォ」
ヒヤァァァ!!
私の発言と同時にドラゴンの咆哮が響き渡り、ビリビリと鼓膜が弾け飛ぶ感覚に襲われた。
ギャー!何ダァ!なんでなんでなんで!スキル発動してねぇじゃんか!ドラゴン叫んでるじゃんか!
「システムぅ!どういうことだ!全然止まってない、全然時間止まってない!(小声)」
《あんた馬鹿かぁ!何叫んでんねん!心の中でいいゆうたやんか!……否定。スキルは発動いたしました。補足。スキル『時空間操作』はレベル1です。時間停止に対するスキル発動時間は最大0.1秒です》
おま、お前ェ。マジ情緒不安定かよ。…そ、それより0.1秒ですって?!ほぼ意味ねぇじゃん!全然止まってねぇよ。違いが分からねえよ!
《マスター!相手に集中してください!なんか相手の口からヤバイ感じがします!……周囲10メートル以内に高エネルギーの存在を確認》
ふぇ?!高エネルギー?
パッと、ドラゴンの方を見ると、口から光が漏れ出ていて、何かをためているように見える。
これ、アレだ。ステータスの中にあった、スキルの“炎砲”だわ。私は逃げる。できるだけ遠く。頭はパニック状態である。私が欲しいと思っていた“瞬間移動”は出来ないし、”時間操作”はショボいし。“変質”はよく分からん。え、詰んだ?私、死ぬ?!あわわわわ…。
なんか無いかな、なんか無いかな、なんか無いかな…炎龍?炎砲?……。
ウワァァ。こっちになんか口向けてキタァ。背中を向けて走りながら、端目で見たドラゴンの口がスローモーションで開いていく。……………炎は酸素で燃える?いや、二酸化炭素?落ち着くんだ私。化学の授業を思い出せ!……うん、爆睡でしたね。…っあぅ、ああ、もうなんでもいいや。
「空気遮断!」
《了。スキル発動》
その言葉と光が視界を埋め尽くすのは同時だった。爆発を起こしたような爆風が熱さと共に体を焼き尽くす……と、そんな想像をして 瞑っていた目を開く。
ぶ、無事だ。変わらぬ姿にホッと一息。ドラゴンを見ると、何が起こったのか分からないというように、首を捻らせている。そしてもう一度口を開き、光をため……。
「空気遮断!」
《了。スキル発動》
シーン
何も起こらない。もちろん無事。
《スキル『時空間操作」レベル1→レベル2》
しょ、昇格した!ヤッタネ!
「ガッグゥ…グゴオオオオオオオオオォォォォォォォォ」
わーん、耳痛い。うるさいっ!
どうやら、喜んでいる暇はないらしい。ドラゴンは私を睨み、動かない。
こ、これは…殺される。どうしよう、炎砲は防げるけど、踏みつぶされたりしたら普通に死ぬわ。
うーん、ここは話し合いかな。あれ、そもそもドラゴンって話せるの?というか、この世界の言葉とか分からんのだけど。うーむ。あ、スキルで念話とか、取ればよくね?
「ということでシステム!『念話』ちょうだい」
《了。スキル『念話』を獲得》
フッフッフッ、私頭いい…?アレ、うーん?なんで“念話”とか、取っちまったんだ?もっと役に立つ奴を…。
《マスター、本当に良かったんですか?今更ですが、“念話”のスキルはこの世界の教会に行けば誰でも取れるスキルですよ?》
本当に今更だなぁ!…でもいいんですぅ。今必要なの。だからいいの!
「念話!」
《了。スキル発動》
(あー、もしもし?ドラゴンさん?聞こえますか?)
(……ああ)
脳に直接響くような声。ドラゴンさんの声?は思ったよりも低く、聞いていて心地がいい。
(ドラゴンさん、私を食うのは止めましょぅ。美味しくありませんよ、私)
(別に食う気は無い。お前が私の逃亡を邪魔したのであろう)
逃亡?邪魔?
(つまり、私をどうこうするつもりはなかったと?)
(ああ。貴様が威嚇しても、道を譲ろうとしないからだ)
Noooo!私のバカバカバカ!何故、深読みせずに一目散で逃げなかった私!
(おい、俺は急いでいる。そこを退いてくれないか?)
私が悶えていると、コテンと首を傾げてくるドラゴン。もちろん可愛くない、怖い。
(先ほど、逃亡と言っていましたが、ドラゴンさんは、誰かから逃げていたということですか?)
何故話を続ける自分!
だが、ドラゴンさんは私の質問に答えてくれる。
(あぁ。そうだ。俺は一族から抜け出したいのだ)
一族?家族のことかな?
(つまり、家出ね。あー、分かるよ。思春期ってそういう時あるよねー。盗んだバイクでかっ飛ばしたくなるよねー)
(意味が理解できないが、違う!俺は命懸けで逃げていたのだ。それなのに、貴様に行く手を阻まれたのだ!)
「グオオオォォォォォォォォォォ!」
ギャー、私の耳ガァ!お願い、お願いだから止めて!鼓膜が破れルゥ。
怒りを表したように叫ばれるが、私にコイツの家出の邪魔した覚えなんてない。むしろ、恐怖を与えられたし、いきなり炎砲ぶっ放してくるし、迷惑なのはこちらだ!私にも非があったかもしれませんが。
うん、でも誤解が分かった。つまり、私たちは今すぐバイバイできる状況なのだ。
(ということだから、もう行っていいよ)
(どういうことか、分からんが。まぁ、いい。お前に敵意は無いということだな?)
(うん!)
首を縦にブンブン振る。
敵意をドラゴンに向ける奴があるかぁ!私、HP27だぞ?死ぬわ!
(うむ。では、行かせてもらおう)
(うん。じゃね)
(ん………………)
ん?なんだよ、ん、って。少し気になったが、まぁいい。私はドラゴンに向かって、手を振る。ブンブンって。もう、必死に。早くどっか行け!って気持ちを込めて、必死に。
ジーー
なぜか動かないドラゴン。私のこと見てる。すっごく見てる。たじろぐ私。ドラゴン、私の反応気にせず、めっさ、見てる。
(お前、『時空間操作』のスキルを持っているのか)
(え、うん…。レベル低いから、ほぼ使い道無いけど。あ、炎砲を無くしたのも、この能力で、空気を無くしたんだ)
(空気?何だ、それは)
えー、空気って。空気だよ。何って聞かれても、困るわ。
(空気は生物が生きて行く上で必要なもの)
(それを無くせるのか?)
(うん、一瞬だけどね。それに、無くしたら、私も死ぬし)
私の言葉に目をギラリとドラゴンが輝かせる。その眼光は人を殺せそうなほど、力強く、背筋がゾクゾクする。つまり、ビビってるの私。
(ふーん。そうか。なら、『変質』というのは、何だ?)
(え。うーん、ちょっと待って)
いや、何って聞かれても私には分からんよ。と、いうことで。君のターン!
「システム!“変質”って何?」
《わいのターン!で、変質?……解。物事や物質の性質を変えること》
ふーん。つまり、変身出来るわけね。今の私には使い道無いな。
(なんか、体の形を変えれるんだって)
(…………………本当か?)
ギラギラギラ。ドラゴンの眼光の強さがいっそう強くなる。怖いから本当止めてほしい。
何だよ〜、早く行けよ。もう、私に用は無いだろう?
(お前、そのスキルを俺に使えるか?)
……………はぃ?何を言ってるこのドラゴン。
ギラギラギラギラ。睨むなドラゴン。
(たぶん。いける…)
嘘が付けない心優しい私。そして、私の返答に詰め寄ってくるドラゴン。その度にクレーター発生。
(本当か?!先ほども言ったが、俺は逃亡中の身だ。その、お願いできないだろうか…)
うーん、どうしようかな。断ったら殺されそうだし。それに早くコイツと離れたいし。
「ヨシッ、システム。“変質”って、どう使えばいいの?」
《解。変質させる物体に触れ、心の中で要望するものを思い浮かべてください》
ん。オッケー………じゃない。
「えー、触るの?なんか、ドラゴンの皮膚から湯気出てるんだけど。火傷するわー」
《うーん、マスターの手を熱耐性に変えたらどうや?》
な、なるほど。あれ、なんかシステムが頭いい。……と、それは置いといて。
(ドラゴンくん。何になりたいとか、注文ある?)
(む。そうだな〜。スピードが欲しいな。それと、体も小さいほうがいいぞ。ん〜出来るなら、今まで通り飛べると嬉しい)
うー、注文多いわー。速くて、小さくて、飛べる……。
(ゴキブリか)
(おお。その、ゴキブリとやらは強いのか?)
(うん。しぶといね)
遠い目をしながら、かつての奴の姿を思い浮かべる。黒光りし、触角の歪な動き方…………想像完璧だな。
(あー、人族くらいの大きさは欲しいな)
………ゴキは却下だな。人間大サイズのゴキブリは無理だ。
うーん。もういっそ。チーターに羽生やすか。うん、名案だね。
そうと決まれば、まず自分の腕を熱耐性付きに。
「ということで、システムお願い!」
《……はーい、了。スキル発動》
そして、私は手をドラゴンの足にペタリと触れた。……暖かい。火傷も痛みもない。
ヨシ、ヨシ、ヨシ。息を整え。頭にイメージを作る。
《イメージ像を受理。派生スキルによる創造力の補正。…スキル発動》
その声と並行して、ドラゴンの体が小さくなる。
そして、目の前に現れたのはチーターの足にドラゴンの真っ赤な羽がついたなり。そして、何故かチーターの首が存在するべき場所に人間の胴体がついていた。
「なんだ、コレ…」
赤黒い短髪に、切れ長の眉、眼は緑色で肌は病気のように青白い。そして、足がチーターである。
「ナンダコレ」
顔はイケメン。しかし足はチーターである。
「なんだコレ……な、システム?」
自分の体をマジマジと見つめながら、4つ足を動かしたり、羽をパタパタ広げたりするかつてのドラゴン……を横目で見ながら、システムに話しかける。説明が欲しい。何故こうなった。
《イヤー。マスターの逆ハー計画を推進するためですよ!イケメンやから、いいじゃないですか!》
「よくない。何だよ、その頭悪そうな計画。それに、コイツとはココで離れるの!」
逆ハーは魅力的だが、今は命大事に、である。それにケンタウロスもどきは攻略範囲外だ。
(じゃあね、ドラゴン。もう二度と会うことはないだろうけど、末長くお幸せに)
(え…)
私がサヨナラを告げると、何故かウキウキしていた雰囲気は反転し、目に涙を浮かべ始める。上半身裸、いや全裸の男が目をウルウルし始める。
理解不能だ。
(あの〜〜)
(俺と一緒に旅をしよう!お前、一人なのだろう?)
はぃ??何を言っているんだ、コイツは。訂正、ドラゴン様は。
(うーんと、私にメリットは?正直、ここまで面倒見てあげたのに。まだ私に何かをお望みで?)
(えっ、うぅ)
そんなショック受けたような顔するな。私が虐めてるみたいじゃないか。
(お、お前、名前は?!)
俯いていた(人間の)顔を急に上げ、自己紹介を要求される。マジ、なに考えてるの?
(マオ……本名じゃないけど)
(マオか!俺の名前はヴィルゼだ。ヨロシクな!)
いや、ヨロシクしないってさっきから、言ってるよね?私の質問はスルーですか?
(メリットは俺と友達になれるぞ)
………………いっらねぇー。何だよ友達って。万年ボッチだった私にドラゴンの友とか、ハードル高すぎだわ。
キラキラキラ。効果音と顔面偏差値が変わって、私を見るヴィルゼ。すっごく良い提案したゼって顔してる。
(なぁ、ダメか?俺、強いぞ)
ガシッと私の手を包み込むように、ゴツゴツした男の手で掴まれた。目の前には超絶イケメン。眉を下げ、私の顔を覗き込み、緑の瞳を潤ませる。一瞬、乙女の心がキュンとなる。だが、足はチーターである。ブワッと鳥肌が一気に立つ。
だが、その手を離すことはない。そして、私が彼の申し出を断ることはもうできない。
コイツ、俺は強いぞ?と言ったのだ。つまり、“首を縦に振れ。さもなくば、明日の朝日は拝めないゾ”である。脅しだ。こんなフザケタ姿をしてるが、このドラゴン、ステータスはチートなままである。また、この乙女ゲーム風に握られた手、今現在進行中で私のHPを減らしまくっている。ギシギシと自分の骨が軋む音がしているが、気のせいと思いたい……痛い痛い痛い痛い。
(……いっ一緒に、旅しようか!)
私のHPのために。
パッと掴んでいた手が離され、解放される。止まっていた血が流れ出し、青白くなっていた手が赤みを帯びた。
手が生還されました!今の私のHPは?…9?うーん、ま、自動回復するでしょ。これから地獄の日々が訪れるかもしれませんが、生きていればきっと良いことがあると思うの。
(マオ、ありがとう。俺は100年ぶりに友が出来たぞ!)
お前、何歳やねん。……と、うん?君、何で万歳してるの?なんか、感極まったみたいに、笑顔と涙を浮かべてますが。
(マオっ!!)
ガシンッ
体が急激に沈む。首からポキリと軽い音が鳴り、想像を絶する重圧が体を襲った。
HP急低下のアナウンスが薄れゆく意識の中で響き、再び“緊急システムによるスキル『変質』の発動”がなされる。
その時、私は酸素不足により、すでに失神して、暗闇の中にいた。
そして私はこの後、後悔することになる。この時、死にものぐるいで彼、ヴィルゼから逃げていれば。もしかすると、未来は明るかったのかもしれない。
しかし、私と彼は結ばれてしまった。絶対に逃れることのできない糸によって。
《…称号獲得。称号名『魔王の友』》
シ《マスター!戦闘シーン短くないですか?》
マ「私、HP最底辺だから、無茶言うな」
ヴ(ん?俺が最後に負けたのは一万年前くらいだぞ?)
シ《……》
マ「……」
シ《マスター、逃れられない糸って何ですかね?赤い糸ですかね?(//∇//)》
マ「題名的に絶望に繋がるんじゃね?(笑)」
ヴ(アクタガワの書いた“蜘蛛の糸”という小説は知っているか?)
シ《……》
マ「……」
会話終了。