1 始まり、初まり
あ〜、今夢見てるな〜。
目の前の光景にそう確信する。設定的には多分夜だ。だって、暗いもん。なんか、窓から月明かりらしいものも出てるし。場所は私の部屋。床に散乱した漫画と、勉強机にパソコンが二台置かれていることが、特徴的だ。寒いとか熱いとか、そういう感覚はない……はず。いや〜、汗かいてます。冷や汗っていうのかな、なんか鳥肌みたいなゾワって背筋が変になる感覚もあるのよ。
チラリとその元凶を見る。
そいつは銀色の長い髪を風になびかせ、窓際に腰をかけていた。
知らない、見たことのないはずの存在に、なぜか私の心は懐かしさを感じ取ってドクドクと一定のリズムで鼓動を鳴らす。
綺麗な少女だった、恐ろしいくらい。
彼女の肌は雪のように白く、対照的に唇は血みたいに真っ赤だ。
暗黒の部屋にうっすらと浮かび上がる姿はまるで神話に出てくる天使みたいで。
しかし、目の前の少女が身を包む純白のワンピースは真っ赤に濡れ、鉄の匂いが鼻をかすめた。
匂いはするんだよね、夢なのに。うん、怖い怖い。
で、夢だから誰も助けてくれない、ルールブックとか欲しいわ〜、どう反応すればいいか分からん。神様、仏様……というか、自分の想像力よ、“女の子の涙を止める方法”的な本、プリーズ!
>マオは念じてみた。
>しかし、何も起こらない。
はい、分かりました。了解です。で、本当にどうすればいいんだ?
少女の瞳には雫が溜まり、長い睫毛がゆっくり動くたびキラキラと溢れたようにそれは闇に消える。
地面と足を釘で貼り付けられたように、その場から動けなくなった。
だって仕方ないじゃん、私コミュ障なところあるし。学校以外ほぼ引きこもりだし。
息をするのも忘れて、瞬きさえ許されないような光景に心臓が早鐘のように鳴り響く。ような感じがする。
「さよならを、言いに来たの」
突如頭に響くような、鈴のようにか細く儚い声が鼓膜を震えさせた。
うおっ、ビクッたぁ、喋ったわ。喋りはりましたわ。目、見開いてます、めっちゃ見開いてます私。
「あの、あなたは…」
自分の驚くほど覇気のない声に情けなくなる。まぁ、私にしては、頑張った、うん褒めてやろう。さて、少女の反応はいかに?
伏せていた顔を上げた。
彼女は一文字に結んでいた唇を開き、幼い子供のように純真無垢な表情をした。
「バイバイ、お姉ちゃん」
お姉ちゃん…?いや、私の質問は…。
私の思考が停止するのとほぼ同時に、漆黒の影が少女を覆い闇と同化していく。
な、なんか言わないと。えっと、うーんと。
「あっ…アババババ…」
故障した機械かっ!あわわ、マジ消えていくよ私の妹(仮)。ええっと、行けー自分!
弾かれたように私は手を伸ばし、叫んだ。
「––––––––っ‼︎」
ダメだ、行かせてはダメだ…。助けないと……。
《システムを作動します》
………はい?
目覚めました、おそらく。
いや、まだ夢の中かも。なんか真っ白だし。さっきよりかは感覚がある、ような気がしないでも、なくもない。でも、体がない。なんかフワフワ浮いてる。寒くも暑くもない。あ、これも夢だね、で、ここどこ?
視界に映る少女……自分に目があるのかどうか分からないが、目の前のツインテールに一応聞いてみる。答えてくれるか、分からないけど。
というのも、なぜか彼女は後ろ姿で、妹(仮)とは正反対に金髪である。
《解。ここはシステム内であり、夢と呼ばれる記憶の接続による世界ではありません》
答えてくれました。なんか無機質な声だ。機械みたいな。でも、さっきの夢よりかは音がハッキリ聞こえる。本当に現実かも。よーし、ツインテールに質問します。
君は誰かな?私は藤崎真生です。
《解。私、ないし私たちはシステムであり、存在としての確立はなされていません》
なるほど〜。ふむふむ。えーっと、今の状況を教えてくれるかな?確か、最後の記憶は部屋の中……は夢だから、学校の教室だったはず。数学の授業だった。一番前の席で堂々と寝てました。
《解。ここはシステム内であり、δ世界線にいたあなたを強制的にシステム内に組み込みました。また、システムのインストールが完了後、あなたをδ世界線外の場所に送り込みます》
全く分からん。ちょー意味不。えーっと、δ世界線っていうのはたぶん、私がいた世界のことだよね?
《肯定》
うん、ということはδ世界線外の場所って、異世界のこと?漫画でよくある異世界転移のこと?
《肯定》
マジか〜、シャッハ〜!一応喜んでおこう。でも前触れとか欲しかったなぁ〜。あ、あの夢かな?
《否定。システム開始はδ世界線の一時停止により発生した事象であり、あなたの夢と呼ばれる記憶の接続によるものとは無関係だと思われます》
おう、そうかいそうかい。今、気づいたんだけど、私どうやって喋ってるの?口動かしてる感じはしないんだけど。
《解。あなたの体内に組み込まれていた生体エネルギーを肉体と分離させ、システムに接続しています。また、システム内に実体は存在していません》
ほう、ナルホド……あなたは?私にはツインテールの女の子に見えますが…。
《解。私、ないし私たちの姿はあなたの想像力に補正がかかったものであり、ただのシステムに他なりません》
そっか……で、もう一個質問。私に妹とかいたりする?兄貴はいるんだけど…すっごく変態の。できればいてほしい。銀髪美少女サイコの妹……うん、いいね。で、いるの?ワクワク
《……記憶システムにロックがかかっていて、閲覧できません。解除してもよろしいですか?》
ロック?んー、解除OKだよ。しちゃって、しちゃって。
《了。……解除が確認されました。閲覧します。……"妹”に関する記憶が651783287954256452178755631件存在します》
な、な、な、な。たぶんこれ、漫画関係のやつも含まれてるわ。絞り込み!遺伝子的につながった妹を調べて。
《了。……検索完了しました。“遺伝子的につながった妹”に関する記憶が…1578648621452件存在。変更、579579579件存在。変更、65843件存在。変更、354件存在。変更、2件存在。……全て削除されました》
は?え、何?今の?
《緊急システム作動。何者かによるハッキングがなされています。即座にシステムを遮断し、あなたをδ世界線外に送ります。1分以内に世界の選択要請をしてください》
あ、はい?世界の選択要請?何それ?よく分からないけど、魔法使えるところがいい。あと、空気と水があるところ!
《了。魔法使用、空気、水の条件で世界検索します。54328......753337733347384世界存在。世界の選択要請を…エラー、エラー、エラー。システム強制終了。予備エネルギーを使用し、3秒後あなたをμγo世界線に移行します。3、2…》
え、待っ、心の準備……。
★★★
《システム完全終了。システム再起動まで43秒》
音や光全てが遮断した世界に、一人の男が舞い降りる。彼は周りを見渡し、すぐに状況を判断すると盛大な舌打ちと共に、悪態をついた。
「チッ、最悪だ。クソ、クソ、クソ、クソっ!絶対に許さねえ、よりにもよって…」
しかし、活動不能のシステム内でその声を聞くものはいない。
男はシステムが再開するのを待った、その間彼の心が休まることはない。
それでもただ待った、その永遠とも取れる長い40秒間を。
「マオ……お願いだから無事でいてくれよ。お兄ちゃんが行くまで、絶対に壊されるな」
彼は祈る、妹の運命を。男は知っているからだ、システム内の40秒の間に、数億の世界が壊され、生み出されている事実を。それが意味するのは、一個体の消滅の容易さである。
《システム起動…『鍵』の存在を確認。監視者に繋げます………》
「マオ、マオ、マオ、マオ、マオ…」
《はーい、こちら監視者μγo。って、先輩じゃないですかぁ。突然、行方不明になったから心配してたんですよぉ(笑笑)》
「黙れ、早く世界に繋げろ。お前ら、もしマオが壊れてたら、監視者ごとシステム破壊するからな」
《わーん、鬼畜だぁー。というか、マオって誰っすか?》
「妹」
《うぇー、上司がシスコンになってた件。あ、わかってると思いますけど、システム外では先輩、ただの凡人っすからね?》
「あ?それはお前がどうにかしろよ、お前の管轄なんだから俺を最強にするくらい出来るだろう?」
《…無視します。では、ポチッとな》
「は?おい、おまっ」
システムの改変と共に、男の姿が消える。
その後、監視者は密かに笑みを浮かべ、主導を手放しシステムを再開させた。
「いやー、あのδ先輩がわざわざこちらの領域に入ってきてくれるとは……」
クスクスと笑いながら、監視者は世界の行く末を見守る。元上司の嫌がらせと共に、その彼が愛したマオという人物が切り開く未来を想像しながら。
兄「マオ!愛してる!」
マ「……」
監「ブッハー!無視されてるじゃないですか先輩」
マ「ぶっはー……」
兄「うちの妹が可愛すぎる件(鼻血)」
監「誰一人として、会話が成立してないんですけど」
会話終了