百合と彰
力が強い。
苦しい。
やっぱりさ……
女なんてこんなもんなのかな?
襟を締め付けられて百合は苦しそうに顔をしかめる。
敵わない、そう確信した。どうしようもないこの状況の中、彼女は笑う。
「何がおかしいんだよ! 頭狂ってんじゃないのか?」
「あぁ、そうかもな。俺…やっぱり何もできない」
諦めた。
結局不良は変わらない。誰にも、大切な存在にはなれない。
「………」
助けて。
先生…。
「よい子は帰る時間ですよ」
圧迫していた力は消え去り、百合は解放される。
咳き込みながら百合はその後ろ姿を見やる。
それは心の中で願った人。
「さぁ、俺の可愛い生徒をいじめる奴はだぁれだ?」
暗いため彼の表情は細かく読み取れない。それが手伝い恐ろしさを倍増している。
「な、何だ?」
「おい!話がちげーよ!男の方は弱いって………ひっ」
鋭い睨みで不良を黙らせる。口元が笑んでいても、それは逆に恐怖を煽っていた。
「今度俺の生徒に手ぇ出したら…」
脇にある電柱を殴る。そこから無数に広がるヒビ。
「こうなるぜ?」
「「「う、うわぁああぁあ!」」」
情けなく逃げていく彼等を百合は見つめることしかできない。
ゆっくりと彼は百合の方へ振り返る。真剣な瞳がまっすぐに向けられ、息を飲んだ。
「大丈夫か?」
「……せん、せ?」
恐怖や苦しさなど既に忘れて、百合は目の前に彰がいることが嬉しかった。
「………」
触れようと延ばした手は寸前で避けられて、彰は綺麗に笑った。
「よかった。無事ですね。じゃぁ、今日は家まで送って行きますよ」
愕然とした。自然に、しかし明らかに彼が避けていることが、理解できたから。
百合は身体に力を入れて立ち上がる。
「時条さんももう少し早い時間に帰宅するように………って」
注意をする彰の脇を無言ですり抜けて百合は走る。
何も言わずに駆けて行く彼女に彼も思わず追いかけた。
「ちょ、時条さん!」
「来るな!」
強く一喝して更に速度を早めた。
けれど、距離は離せず、縮まる一方で。
最後には…。
「………きゃぁ!」
思い切り手を掴まれてその場にうずくまる。しばらく互いに息を乱しながら無言が続いた。
痺れを切らしたのか、彰が先に口を開いた。
「何で……逃げるんですか?」
「それは…こっちの台詞だろ?」
顔を上げた彼女の目からは大粒の涙が零れていた。
予想外の状況に彰はかなり焦った。
「え、あ、何で?」
「何で……避けんだよ!何かした? 私…何かした?」
震える声音。震える身体。零れる涙。哀しそうな表情で必死に彰の腕を掴み、百合は訴える。
「直すから、謝るから…避けないでよ。お願いだから、二人の時も………時条なんて呼ばないで」
いきなり変わった。
いきなり離れた。
理由がわからない。
ただ、哀しくて。
どうしてこんなにツライのかわからない。
「じゃぁ、僕のことも名前で呼んでくれますか?」
「………っ、あ…きら。彰」
胸の鼓動が早くなる。
ゆっくりと彰は百合に近付いて彼女を抱き締めた。
「―――! え?」
「知らないからな。そんな風に言われたら、俺止められねぇよ」
いつもと違う、いつもよりも近い。
何を言われたのか、それがどういう意味なのか、百合は未だに理解できない。
「彰?」
「百合でいいんだろ?」
ど、くん。
「後で後悔しても知らないからな」
その時の彰の笑顔は、見たこともないほど子供っぽいものだった。
ふぃ、第一部終了ですかね。ちなみに三部構成です。
二部は恋愛進行編です。
っというわけで、ちょっとした予告。
特別な関係になった、夏。
普通なら先生となんて会えない、はずなのに。
毎週金曜日は彰の家に訪問日。
「ゲームしよう!」
結果、三戦三敗。そして何故か行くことになった夏祭り。
内緒の関係、内緒の行動。
それで、充分だったのに。
気付いたから、私といることで、彼が迷惑することに。
「あのね、もう戻っていいよ」
意を決して離れた。
求めていたはずの関係を否定して。
その時の、彰の表情が忘れられなかった。
「私………やっぱり先生のこと、好きなんだ」
そして、やっと気付く気持ち。
初めての恋…。
夏が終わった。始まるのは文化祭。
お化け屋敷、投げ輪、占い屋。
カラオケ喫茶が私達の出し物で。
忘れていた私の性質。
「時条さんて…」
あれから言われるのは名前じゃなくて。
それを聞く度に胸が苦しくなる。
「せ、先生! 何笑ってっ……」
近付いて、あの時のように話をする。
恐れているあの状況。
元には戻れた。
だけど、元に戻りたかった。
だって、知っちゃったから。
「戻りたいんだ」
彼が紡ぐ。
私の願いを。
「私、彰が好きなの」
そして、ついに言った私の想い。
高校二年生の、片想い編。
第二部全十九話。今週金曜からスタート。