最終話と卒業
早すぎるピンク色の花びらに彼女は逆に切なさを覚えた。軽い鞄を片手に見慣れた道を歩む。最後になる制服と、学校にさよならを言うために。
「おはよ、みぃ」
「おはよ! 今日はゆっくりだったね」
「うん、桜がさ………綺麗だったから」
三月だというのにもう満開近い花びらに苦笑を漏らす。日々暖かくなる地球を証明してくれているのだろう。もう、入学式に綺麗な桜を見れることなんてここら辺ではない。
紫央里は小さく溜め息をついた。三年に上がって二人は同じクラスとなった。けれど、一人……いつも足りない気がする。
「今日………来ないよね」
「仕事じゃないのかな?」
平日の、しかも昼間に彼女が来れるはずもない。諦めてこれからある式に思考を向かわせた。
今日は、みりと紫央里の学年の卒業式だ。最初からしんみりとした雰囲気に二人ものまれていく。
「あ、財津先生だ!」
二人は廊下を通る教師に反応して駆け出した。結局、残ることが出来た彼女の恋人の元に。足音で気付いたのか、声を掛ける前に振り向いた彼に足を止める。
「最後の日くらい廊下を落ち着いて歩けないのか?」
「はは、ごめんなさい」
「あのさ、今日百合ちゃんは?」
「………普通なら仕事じゃないのか? 何も聞いてないけど」
その言葉に肩を落とした。彼女なら、自分達の卒業を祝ってくれると信じていたからだ。その様子に彼は苦笑して二人の頭を撫でる。
「ほら、しゃんとしろよ! 今日の主役だろ?」
「「………はい」」
苦笑して教室に戻り、二人して外に咲く桜を見つめた。一年前のあの時にはなかった、綺麗なピンク色の花。だけど、別れたあの時を思い出す。
「ねぇ、しお。思ったんだけどさ」
「うん、私も」
顔を見合わせると自然に笑みが零れる。そして、二人は同時に口を開いた。
「「私達の卒業は、もう済んでたんだよね?」」
彼女が学校を去った
その日に…。
「時条」
既に聞き慣れた声に彼女は軽やかに振り返る。ばっさりと首元で切られた髪はその拍子に揺れて、大きな瞳を覗かせた。
「何ですか? 章さん」
その台詞に彼は苦い表情を作る。呼び方のせいだとすぐに気付いて彼女は改めて言い直す。
「何でしょうか、オーナー」
きっちりとした服装にきっちりとした挨拶を済ませた彼女はそれでも軽く声は張りは緩い。
普通なら失礼にもあたるその対応に彼が叱りもしないのは彼女だからこそだ。
「今日は行かなくてよかったのか? 卒業だったんだろ?」
「私は、もう行かないと決めた場所ですから」
きっぱりと言い切って彼女は微笑む。そしてこれ以上その会話をしないためか、手に持つ書類を彼に差し出した。
「出されていた内容を簡単にまとめておきました。この新商品、結構人気出そうですが、もう少し酒の量を控えて、あと二十円程度下げるとよりいいかと」
「………はぁ、検討しとく」
「………総一郎さんは、容体安定してますか?」
半年前から入院している彼を気遣って、思わず小声で問う。それには意外にも平然と受け止めて、章は失笑しながら答えた。
「口も減らないうちは死なないよ」
「あぁ、心中お察しします」
ふと、彼女は腕にはまった時計を見る。短針は二を差していた。
「すみません、今日はこれで失礼します」
「もう?」
「学校には行かないけど、二人のお祝いはしておきたいんで」
にっこりと微笑む彼女に章もつられて微笑んだ。
「そうか、じゃぁ、また明日な」
「はい、お先に失礼します」