三年生と覚悟
そして、月日はたって、百合は三年生となる。
春は過ぎて、それぞれは進学のために受験勉強を開始し始めたばかりだ。中にはまだ進路先を決めていない者もいる。
そんな中、百合は彰にも内緒でよく外出を繰り返すようになっていた。
「百合ちゃん、今日も何かあるの?」
「あ、………うん。ちょっとバイトまがいなことしてるから、出来れば彰には内緒にしといて」
必死で頼み込む彼女に紫央理とみりは顔を見合わせて頷いた。あまり言いたくない内容なら今は聞かない方がいいだろうと。
軽くお礼を述べて、すぐさま彼女は教室から出て行った。
「何してるんだろ? こんな大事な時期に」
「ねぇ」
「ってか、あんたは進路決まったの?」
「あぁ〜それを言わないでぇ」
陽が落ちて、星が輝く時間。百合は街灯しか明かりがない場所を一人歩いていた。まだ家にも帰っていなかったのか、制服姿のままだ。人通りの少ない道を平然と歩きながら、向かう場所はまた、自分の家ではない。
「もう帰ってるかな?」
外からある特定の部屋の窓を見る。オレンジ色の白熱電球の明かりがもれている。それを確認して、百合は頬を緩ませた。
迷わずその建物の中に入り、エレベーターに乗り込んだ。
「えっと、合鍵はぁ」
ポケットの中を探すと、自宅の鍵よりもすんなりと見つかる。中に誰がいるのか、など気にすることもなくその扉を開けた。
そして、硬直する。
「…………え?」
「貴方は」
目の前にいたのは、彼女の恋人、ではなく学校の学年主任である女性教師。何故、ここにいるのか、互いに疑問が浮かび、言葉が出てこない。それどころか、百合は絶対絶命を迎えている。
制服姿で、素顔のままに、しかも合鍵を使ってこの部屋に入ったのだ。普通ならもう言い逃れはできない。彰も学年主任の後ろで青い顔をしながら頭を抱えている。
「どういうことですか? 財津先生」
「あ、いや、その」
「こんな時間に女性の生徒が、しかも合鍵まで持ってここに入るなんて、普通なら考えられませんよね?」
もっともな意見に何も言い返せない。彰も、そして百合も。視線を彷徨わせて、俯いた。
それは、何よりも付き合っているということの肯定で、学年主任もそれ以上の言葉をかけなかった。
靴をはいて、ヒールの音を響かせたら、彼女は扉を開けるとともに小さな声でこう述べた。
「このことは校長先生にもご報告させていただきます。詳しい事情はその後伺いますから、覚悟しといてくださいね」
冷たい声音は百合の背中にまとわりつき、一瞬で震えが襲ってきた。
「百合?」
「ごめ、なさ……。私が、今日ここに来たから」
「ばか、気にするな! いつでも来ていいように俺が合鍵を渡したんだから!」
震える彼女の身体を優しく抱きしめて、彰は必死に彼女の非を否定する。それでも、彼女がここに来たからばれたのは間違いなくて、百合もその言葉にすがれるほどの余裕はなかった。
特別な関係となってから約一年。付き合い始めてから約半年。ずっと隠し通してきた関係がついに他の人にばれてしまった。
どこかで、ばれはしない、と気を抜いていたのは事実で、二人ともいつも配っていた注意をおろそかにしてしまったが故に起きた事件。
「ごめんなさ」
「もう、しょうがないことだ。だから、そんなに謝るなよ」
そう、もう元には戻れない。だから、覚悟を決めるしかない。
そう、彰は自分に言い聞かせた。学校に辞める覚悟をしなければ、と。