総一郎と帰宅
足を進める先はもう通い慣れたあの場所。街灯に照らされた道をゆっくりと歩む。あの時からまだ二日しかたっていない。
重い足を前に動かしながら、それでも弾む胸を誤魔化すことはできない。
「家にいるかな?」
思わず呟きを漏らした時、あまり車通りの少ない道にライトが見えた。眩しそうに目を細めてそれを見送る。通り抜ける一瞬、窓から見えた顔に彼女は目を見開く。
「彰?」
と、章さん………?
「そ、そんなわけないよね」
不安が募る。
必死で見たものを否定して彼女は足を早めた。あとたった数分の道のりが今までにないほど遠く感じる。やっと彼のアパートに着いて、インターホンを押す。だけど、応答はない。更には部屋の明かりも見えない。
「………嘘」
彼女はその場所でしばらく立ち尽くした。
「今さら何の用なんだよ」
窓の外を見やりながら彰は呟く。声の低さとダルそうなその態度は明らかに嫌そうだ。章は軽く溜め息をついて、彰を見やる。
「わかってるだろ? まず、お前が教師になることを総一郎様は許してない」
だん、とドアが叩かれる。鋭い睨みが章に向けられた。が、彼は何かを言うのではなく、また窓の方に視線を戻す。
これには流石に章も驚き、目を丸くしたが、また溜め息をついて顔を前に向けた。
「あと、時条百合についてだけど」
「―――っ、お前……何で」
「二十五日に会ったんだ。お前、自分で自分の道を絶ってること気付いてるか?」
にやり、と笑みを浮かべる彼に彰は今までにない青い顔をして、息を止めた。
自分のこと、居場所のこと、そして彼女のことを考えて…。
翌日、翌々日、百合は彰の元へ訪れた。だけどやはりいつも留守。
あれは……見間違いじゃない。
否定したくて、けれどできなかったそれをやっと受け入れて百合はその場を後にした。あの時とは違い、今はちゃんとした状態で道を歩く。
しばらくしてたどり着いたその場所で百合はインターホンを押す。しばらくして家の扉が開かれる。
「どうしたの? 百合ちゃん」
「力を、貸してほしいの」
いつもよりかなり真剣な眼差しにみりは黙って頷いた。
「私と彰が生きれる世界を作るために、協力して」
薄暗い和室。長いテーブルの真ん中に座る威厳ある男は入ってきた者を一瞥する。
室内のピリピリした空気は彼一人が醸し出している。それに対抗するように彰も目を細めて重い空気を放つ。
「やっと来たか。彰」
「用があんならテメーから来いよ。親父」
彼は財津総一郎。彰、章の父親であり、社長という地位でもある人だ。
彼の言葉に何の反応も見せることはなく、無表情のまま視線を上げた。何年、二人は会っていなかったのだろうか。そう思えるくらい表情は固く、空気は重い。
「………そろそろごっこには飽きただろう?戻ってこい」
「何であんたにそんなことを決められなきゃいけねぇんだよ。ざけんなっ!」
ピリピリとした空気。会って早々つかみ掛かりそうになる彰の肩を押さえて、章はやんわりと言葉を発した。
「今日はもう遅いですから、また明後日にでも」
「……そうだな、明日は用事があるし。逃がすなよ、章」
「わかってますよ」
二人で部屋を出て、長い縁側の廊下を歩く。きしきしという音がこの家の歴史を物語っている。
連れて来られたのは懐かしい自分の部屋。変わらないその姿に少しだけ目を細めて拳を作った。
「またここに戻ってくるなんてな」
「今日はおとなしく寝ろよ。面倒なことはやめて、な」
過ぎ去る章の姿に目もくれず、彰は部屋の襖を締めた。できる限り、縁を絶つように。
明けましておめでとうございます。
結局あまり小説を書きだめできなかった私。更新が遅れたらしかってください。