このままとだめ
六畳程の小さな部屋。そこにしかれる二組の布団。目に毒だと百合は思った。どうしてこんな事態になったのか、わからなくなるほど混乱している。
ただ、いつの間にか部屋を取って、いつの間にか風呂に入って、既に浴衣の姿で座椅子に腰掛けているだけだった。記憶が飛ぶほどこの事態は予想してなかったのだ。
「何で、こんなことに?」
いや、仕方ない。車が動かなかったんだし、部屋もここしかあいてなかったし。
そもそも私、そんなにお金持ってないし……。
だけど、だけど………っ!
「何頭振ってんの?」
「きゃぁぁああ!」
後ろにいた彰に全く気付いていなかった彼女は思わず叫ぶ。その声の大きさに彰はとっさに口を塞いだ。
「ばか!そんなに防音な場所じゃないんだ!他の人に迷惑だろ?」
「ご、ごめんなさい」
目が合って息を止める。今、この部屋には二人っきりで、互いに風呂に入り、そして……。
こんな状況になったら誰もが考えてしまう。百合もまたそんなことを頭に浮かべてしまい、顔を赤く染める。
「あ、きら」
明らかに近付いてくる顔に百合は自然と目を閉じる。触れた唇はそのまま角度を変えて、何度も交わる。今までにない濃厚さに百合は眉を寄せる。思わず彼の服を掴み、そして彼も彼女の背中に手を回す。
「好きだよ、百合」
「う、ん」
いつもと、違う。
心臓が痛いほど高鳴る。息は上がり、全身が熱くなる。そんなこと初めてで、これから何が起こるのか考えることもできない。
ただ、空気に流されそうになる。
「百合」
彼の声が甘く響く。気付けば布団も敷かれていない畳の上に彼女は寝ていた。見下ろす彰をじっと見つめる。
そしてまたキス。
「ん」
何度も、何度も、重なる唇に目まいを起こす。思考は停止して、自分に降り懸かる快楽に身を委ねてしまう。
「………っ、ぁ」
突然頭がはっきりした。感じたことのない感覚に瞳を揺らす。いつの間にか彼女の胸を彰は触っていたのだ。ゆっくりと指を動かす。突然のことに百合は恥ずかしさで身を固くする。
このまま、いいの?
頭の中で自分に問い掛ける。何がいいのか、何が悪いのか。もう、彼女にはわからない。そんなことを考えている間に彼は浴衣の襟から手を滑り込ませた。
このまま、―――だめ!
「あき―――」
「失礼します。お食事をお運び致しました」
第三者の声に一瞬二人はフリーズした。そしてやっと現状を把握し、身体を離す。乱れた浴衣を直して荒い息を繰り返す百合に対し、彰は一つ息をついて襖に向かった。
「ご苦労様です」
「こちら、二人分のお食事になります。食べ終わりましたらこちらのワゴンに置かれて、ボタンを押しといて下さい」
「わかりました」
食事を受け取り、彰はまた溜め息をつく。
あ、危なかった。
彼は彼女にあんな行為をするつもりは全くなかった。けれど、したくないわけではない。彼も男で、彼女は生徒だとしてももう十六の女性だ。
二人きりで、更にはあんな状況になれば歯止めが利かない。
ヤバいな、恋愛なんて何年もしてなかったから。
もう一度息を大きく吐いて、彰は食事を運ぶ。気恥ずかしさからか百合は目を合わせない。今だけはその行動に安堵する。
「もう八時だ。早く食べよう」
「あ、うん」
気まずい雰囲気で二人は食事にした。値段の割りには結構よい食事ではあったが、二人とも味がよくわからなかった。
ただ、互いに盗み見ながら、静かに完食したのだった。
どうしよう、気まずい。
クリスマスの一夜は、まだ始まったばかり。