大事と狂い
「本格的に反抗したのは二年に上がってからだけどね。だから、彰のことも知らなかった。でも、二年に上がってからも家を出る時間は変わらなかったんだよ」
じっと空に浮かぶ白い月を見上げながら百合は言葉を繋いでいく。あの時のことを大切な思い出かのように。みりはそれを止めることもなく静かに聞いていた。
その表情は心なしか辛そうだ。
「だけど、髪の色とかを変えたせいか、普通ならそんな時間にいないはずの不良に絡まれるようになって、学校着くのは大体夕方。昼間に着く方が少なかった。もう、面倒になって家に帰っちゃう。すごく、意味ない日々………でもね、そんな時にあいつに会った」
ぱっと振り返って百合は笑う。何も苦労がなさそうな、軽く、柔らかい笑み。眩しくて目を細めて、みりはすぐに彰のことだとわかる。
「彰は不思議だった。空虚な私の中、ずかずかと入って……居心地が悪い、と思いたかった。だって、あんなの知らなかったから。あんなに温かいもの、他人で触れたことなかった」
他人という単語にみりは反応する。一度だけわざとらしく視線を背けたが、百合は気にする様子もなく口元を緩ませた。
「先生とか、他人とか、誰も信じられなかった。そのはずなのに………いつの間にか、あいつだけには心を開きかけてた。そして、あいつのおかげで大事なものが増えたんだ」
「大事な………もの?」
「みぃちゃんとしおちゃんだよ」
はっきりとした口調と子供っぽい笑顔、そして細められた目はその言葉が偽りではないことがわかる。引き込まれるかのように、純粋な表情。
みりはその顔を素直に可愛いと思った。
「私ね、すごい嬉しかった。みぃちゃんが私に話しかけてくれたこと。二年に上がってから、更に孤立した存在になっていたから、誰も私に話しかける人はいなかったの。私は、彰を許した後でも、それでいいとまだ思ってた。それが私、結局は誰も好きにはならない。彰は物好きだっただけって……」
一歩、みりの方に歩み寄る。
「みぃちゃんは、私の人生を変えてくれた。近付いて、話しかけて、相談に乗ってくれて…、私の存在を示してくれた。すごく嬉しかった」
「そんなの、しおもやってることじゃん」
思わず出た否定の言葉に百合はやっくりと首を振った。
「みぃちゃんが私に近寄らなかったら、しおちゃんも私の所には来なかった。それは、みぃちゃんが一番わかってることでしょ? しおちゃんのこと、理解してるから友達になった」
「何が、言いたいの?」
次第に理解ができなくなり、みりは眉を寄せる。百合はもう一歩、彼女に近付いて小さく息を吐いた。懸命に言葉を選んで、少しずつ言葉にしていく。それは思ったよりも疲れるものだった。
「気がついたのは最近。保健室に行った日、みぃちゃんが助けも求めずにその場に立ち尽くしてたよね。私、あの状況知ってた。みぃちゃんの行動は、もう一度仲間外れにされるのを恐れる人の顔だった。だから、反論もできないし、助けも求められない。私にはわかった。だから、はっきりああ言った。裏切らない、側にいるって気持ちを込めて」
「うそ……だって」
「その後気付いた。みぃちゃんがしおちゃんと友達になった訳。しおちゃんが、誰かと深く関わらない代わりにその人が望むことをしてくれるからでしょ?」
みりは大きく息を吸う。肩を上下させて何かを必死に堪えた。百合はそれをただ黙って見つめて更に言葉を繋ぐ。
「みぃちゃんは一人だった。だから、一人である私に思わず声をかけた」
暗黙の関係
同情
どれもが、本物ではなくて、だから…。
歯車が狂い出す。