警告と助け
みりの表情が固かった。青くなり始めている彼女に百合は思わず立ち上がって駆け寄った。この様子は明らかに今の会話を聞いていたのだろう。
「噂をすれば、だねぇ。ねぇ、聞いてもいい? 援交ってどうやったらできるもんなの?」
「あ、電話とか出会い系?」
「一日何人相手にすんの?」
下品な言葉に百合は耳を疑った。何故、そんなことが言えるのか。何故、こんな所で辱めるような行為をするのか。彼女には理解できなかった。
肩を震わせるみりに手を延ばした。
「時条さん、そんな尻軽ほっといて私達と話そうよ」
延ばされた手は止まる。目も手も足も硬直して、百合は表情を歪ませた。
知ってる。
これは、警告だ。
今、みりに手を貸せば彼女達は百合にも何らかの仕打ちをしてくるに違いない。直感でそれを理解して口を結んだ。
顔を青くして足元をじっと見やるみりは百合に顔を向けようとはしなかった。じっとこの時間が終わってくれるのを待つようにただ突っ立っている。
知ってる。
これはサインだ。
百合は止めていた手を動かしてみりの手を握る。弾かれたように顔を上げたみりは不安で瞳を大きく揺らしていた。百合はそっと安心できるよう微笑んだ。
「大丈夫、みぃちゃんは悪くない」
これは、サイン。
孤独になる不安で助けを求めてる。
知ってる。
私はこれを知ってる。
だから、一人になんてしない。
「顔色悪いよ、保健室行こうか」
みりは泣きそうになりながら頷いた。女生徒達の冷たい視線に気付かないふりをして百合は彼女を連れて教室を出る。
噂ってこのことだったんだ。
紫央里が言おうとしたことをやっと理解して、百合は内心で彼女に謝った。
保健室には先生がいなかった。都合がいいと思って百合はみりをベッドに座らせる。堰を切ったように流れ出した涙が止まるまで百合はただ彼女の背中をさすった。次第に嗚咽が消えて落ち着きを取り戻した彼女はやっと口を開いた。
「ありがと」
「落ち着いた? 大丈夫?」
まだ話すには早いらしく首を縦に振った。安堵して百合は彼女の前に膝立ちになって視線を合わせる。赤く腫れた彼女の目をじっと見つめた。
「聞いてもいい? ホテルって?」
「…………、やましいことなんて、ないよ。真司は、そういうこと、もっと待ってからって。―――あの時は、喧嘩が始まった時だから話し合いたくて入っただけ」
彼は医者で、そういったことにはおそらくこれ以上ないほど律義なのだろう。それを聞いて百合は納得し、安心した。別にやってしまっていたからと言ってどうというわけではないが、まだ早いという考えが彼女の中ではあったのだ。
「そっか、ごめんね。こんなこと聞くものじゃないよね」
「ううん、ありがとう。心配してくれて」
目元を緩ませて笑うみりに思わず抱き付いて、また背中をさする。するとみりも彼女を抱き返し、しばらくその状態を保った。
「私は、ずっと一緒だから」
少しクサい言葉だな、と自分で思いながら百合は言う。けれど、みりは素直に喜んで小さく頷いた。
彼女のために、私は何ができる?
みりを思う気持ち。
みりを守る気持ち。
それらを決意に変えて、百合は考える。彼女の不安を取り除く方法を。
あれから今日は彼女達が百合やみりを構うことはなかった。時々白い目で見るくらいだ。それをさして気にすることなく百合はみりに必要以上に話し掛けた。
まだ不安は帰りになっても無くならなかったらしく、ぎこちない笑顔で別れた。
安心させてあげることもできない自分を悔やみながら、百合は街中へと足を向けた。
今日はもう一度会う約束の日。指定された聞いたことのない喫茶店へと足を運ぶと既に彼は椅子に座って待っていた。
「お待たせしました」
「いえ、こちらこそわざわざ来て頂いて」
百合は軽く一礼して椅子につく。そして彼、真司の顔を見つめたのだった。