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戸惑いと噂

そして、事件は起こる。






百合が家を出る直前に携帯が鳴る。見ればみりからのメールだった。寝坊したからいつもよりも遅くなるという内容だった。

わざわざメールしなくてもと微笑しながら返事を送る。



「おっはよ! 百合ちゃん」


「あ、おはよ。今日は早いね」


「うん、何となく」



いつもよりも早い紫央里ともう見え始めた学校に向かう。紫央里はキョロキョロと周りの様子を窺ってやっと百合に顔を戻した。不思議そうな顔をしている百合に小さな声で聞いた。



「今日みぃは?」


「寝坊だからギリギリだって」


「そっか……あのね、百合ちゃん。最近流れてる噂知ってる?」



顔色を悪くしながら彼女は問う。噂などには常に疎い百合は何も知らない。それが顔に出ていたのだろう。紫央里は更に顔色を悪くして口を開いた。



「あのさ、その噂ってのが」


「時条さん、おはよう。あ、野原さんも」



いきなり後ろから声をかけられて百合は驚いた。今まで二人以外に挨拶をされたことなんてなかったからだ。

声をかけてきたのは百合と同じクラスの女子だ。



「お、はよう」


「おはよ」


「二人共はっやいねー! いつもこんなん?」


「うん、私は」


「私はたまたまだよ」



ぎこちなくその人に答える紫央里が珍しくて百合は内心首を捻らせた。

紫央里はみりよりも友達が多く、よく違う人と話をしている所を見掛ける。活発で元気な彼女らしいといつも思って見ていたが、今日は話し掛けてきた彼女をとても迷惑そうな顔で見ている。



「そうなんだ! そうだよね、野原さんはいつも私と変わんないくらいだもんね。時条さんはいつも早かったけど」


「私も一学期の途中からだよ」


「だけど、一年の時は同じくらいだったしょ?」


「うん、まぁ。よく知ってるね」


「だっていつも話したいと思ってたんだ。だけど、時条さんいつも一人だったからさ、ちょっと話す機会なくて」



そう言ってもらえて百合は少しだけ嬉しく思った。そんな彼女を見て紫央里が少し眉を寄せたことも知らずに。



「あの、百合ちゃ………」


「あ、もう教室だ。じゃぁ、またね、野原さん」



何かを言おうとした紫央里を明らかに遮って彼女は百合を連れて教室に入っていった。百合は視線だけ紫央里に向けたが、彼女は心配そうに見てきただけですぐに自分の教室に向かって歩き出した。



何を、言おうとしたんだろ。



それだけが気掛かりで不安だった。あの紫央里が人目を気にして深刻な表情で言おうとしたことが。

今すぐにでも追い掛けて聞きたいが…。



「時条さん、ついでだからもっと話そ!」


「あ、うん」



彼女から逃れられそうになかった。

他愛ない会話をして何分たったか、次第に二人の周りに他の人達が集まり始める。今まで違う世界と思っていた女生徒の中心にいる違和感を味わいながら、百合はぎこちなく対応した。



「にしても時条さんって結構話しやすい人だったんだね!」


「今度からこっちのグループ入りなよ」



何気なく言われた言葉に百合は一瞬動揺した。グループに入れ、それはつまり二人よりこちらを選べということで。



「いや、でも…」


「あ、時条さんは知ってる? 天上さんの噂」


「え?」



噂という単語で思い出したのは紫央里が言っていたこと。困惑している彼女にお構いなく皆は次々にそれを口にした。



「あー! あれしょ? 援交だっけ?」


「そうそう、年上のお金持ちそうな男とホテル入ったって」


「その様子じゃ時条さんも知らなかったんだね。まぁ、友達にも言えないよねそんなこと」



聞き慣れない単語に百合は思考が停止する。援交というものより、ホテルというのがショックだった。激しく鳴る心臓に苦しさを覚えて百合は顔をしかめた。

そんな時、廊下の方で足音が響く。咄嗟に見ればそこにはタイミング悪く出くわしたみりがいた。







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