違和感と勘違い
それからみりは二人に約束した通り、毎日学校に来るようになった。休んだのはたった二日なので、他の人達は何も気にしていない。
普段は変わらないが、影で携帯をずっと睨んでいるのをよく見かける。おそらくメールで彼とやり取りをしているのだろう。
「あ、ごめんね。気にしないで」
聞いても言うのはこれだけで、他に何かを言おうとはしなかった。
百合はそれに淋しさを覚えながらも、突っ込んで聞くこともできず、そんな違和感を覚える毎日を送っていた。
夕方、二人と別れて一人百合は帰路を歩く。何もできないもどかしさからくる疲れに溜め息をついた。
既に陽は沈みかけ、道は暗くなり始めた。周りには誰もいなく、けれど自分とは異なる足音が耳に届いた。
次第に近付いてくる。百合は少し顔をしかめて、鞄を持つ手に力を入れた。
「あの………」
「何度も同じ手を食うかぁ!!!」
振り回してから気付いた。今、自分に声をかけたことを。今度は彰ではないことを。
回した鞄の角は見事に直撃して、その人はそのまま卒倒してしまった。
やっちまったぁぁああ!
「う……」
「あ、気付いた?」
彼が目を覚ましたのは百合が自分の家まで運んだ後だった。見慣れない部屋に一時思考が停止したのか、しばらく瞬きを繰り返して、百合を見ていた。
黒い短い髪、黒い瞳、更にはビジネススーツを着たとても誠実そうな男性だった。
「あれ?」
「ごめんなさい、ちょっと…痴漢かと思って」
実際は彰だと思ったのだが、流石にそれは言えなかった。男はやっと状況を理解したらしく、顔を真っ赤にして座り直す。
「いや、こちらもお恥ずかしい所を…。すみません」
「いえ。ところで、何か私に話し掛けようとしてませんでした?」
お茶を差し出して、百合は聞いた。男は一口だけ飲んで俯く。少し話しにくいことなのか、中々口を開かない。
「ご飯食べていきます?」
「え?」
「お腹すいてるでしょう?」
百合は有無も言わさずに食事の支度を始めた。既に出すつもりだったらしく、食事はほとんどできていたようだ。
皿に盛り付けて、小さなテーブルに二人分の食事を並べる。
「さ、どうぞ」
「あ、いただきます」
しばらく無言で互いに食事を取る。知らない男性と共に食事をしているというのに百合は気にする様子はない。
男は半分くらい食べて、一度はしを置いた。
「………僕の名前は神谷真司といいます。突然話し掛けてすみません。貴方が、みりと友達に見えたから……」
そこまで聞いて百合はやっと気付く。彼がこの前見たみりの彼氏だということに。
思わずはしを落としてまじまじと彼を見つめた。誠実そうだが、少しだけ気が弱そうな人。
「みぃちゃんの彼氏?! え! でも…何で」
「………いや、見ての通り僕はみりと年が離れています。だから、みりに近い歳の人と話がしたくて」
「私に…相談ですか?」
こくん、と頷く。百合は苦笑してちゃんと身体を彼の方に向けた。
「神谷さんは一体何の職業なんですか?」
「医者をしてます。だから、忙しくて…みりとはあまり会えないんです」
少し淋しそうに呟くその様は本当にみりのことを大事にしていることだけは伺えた。
百合は内心でほっとした。あの状況だとみりの一方通行にも見えたからだ。
「神谷さんは、何を悩んでいるんですか?」
率直な質問に思わず口を結んだ。真司は少し迷いながら、お茶を飲んで少しでも気持ちを落ち着かせようとした。そして、小さくそれを紡ぐ。
「みりと、別れるべきかです」