戸惑いと逃亡
相手は六人。一応人質に彰。多分彼女は不利な状況。
彰を助けるという気まぐれが少しだけ起きた今、彼女は思案していた。
どうすればこの状況から脱出できるか。
「…………面倒だな。やっぱり見捨てるか」
「えぇー! それはないですよ!」
「うっせーな。大体てめーは何のこのこ捕まってんだよ」
「それはほら、この人達が時条さんのマル秘写真を持ってるって言うから」
「変態野郎がぁ!」
みぞうち、一発。彰は即気絶した。
一発じゃ気が済まなかったのか、彼女はまだ息を荒くして周囲を見回す。
びくり、と彼等は肩を震わせて怯えた。
「いや、その………」
「他に言葉が……」
「見つかんなくて…」
言い訳を聞くこともせず、彼女はその場にいる彼等を殴り飛ばした。
「たく、どうしようもねぇ」
殴ったことで幾分か気は晴れて、百合はスタスタとまた歩き出した。
「時条さん」
校門に入ってすぐに呼び止められる。そんなこと彼女にとっていつものことで、気にしたことなんてほとんどない。
自分はそういうものだ、といつも言い聞かせているから。
「何、その服装!もっとちゃんとしなさい」
ガミガミと生徒指導の教師が百合に怒鳴っている間に実際に彼女よりもだらしない生徒通り過ぎて行く。
やっぱり……こんなもんだ。
先生なんて、一番気に入らない生徒を徹底して怒る。
それが普通で仕方ないことなんだ。と何かを諦めた瞬間だった。
「はぁ、やぁっと追いつきました」
「――――っ!」
背後から聞こえたのはまぎれもなく彰の声。百合は瞬間的に振り返って目を瞠った。
それは声に驚いたわけじゃない。
「あ、おはようございます。坂本先生」
「財津先生、おはようございます。ちょっと遅いんじゃないですか?」
「いやぁ、すみません。あ、時条さん、話があるのでこちらに」
彰は一言断りを入れて百合の手を引いた。
成すがままに従って、目を丸くする。
先生なんて、皆同じ。
「は、放せよっ!」
思わず手を振り払って百合は足を止めた。けれど、彰から視線を外せないのは、まだ戸惑いを隠せていないからだ。
「大丈夫ですか?あの先生長いですから、嘘でもいいから返事しといた方がいいですよ」
優しい言葉を彼はかける。他の生徒と変わらない態度を彼女にもする。
例え悪ふざけでも、同情であっても、気にかけてもらえる。
それが、彼女にはどうしていいかわからなかった。
「なん、なんだよ。何で、こんな面倒な俺なんかに構うんだよ!」
「面倒じゃないからですよ」
きっぱりと返されて、間抜けな表情で思わず硬直した。
「時条さん?」
「………―――っ、いいから、俺に構うなっ!」
思わず駆け出してしまった彼女を遠目で見守って、彼は小さく呟く。
そんなの、無理に近いですよ。
一気に階段を駆け下りて、百合は廊下を走る。
教室に向かうわけでもなく、外に出るわけもなく、ただ走る。途中、彼女を呼び止める声が聞こえたが、止まることはできなかった。
「なぁ、今度さぁ」
「こ、困ります」
どん
お取り込み中の男女の間に突っ込んで彼女はやっと足を止めた。咄嗟に口を開こうとしたが、先に男が怒鳴った。
「いってーな! 何すんだ!」
「………うっせー! 校内で堂々と女追い詰めてんなっ!」
瞬間的に判断して百合は男を蹴り飛ばした。
茫然とそれを見ていた女生徒はお礼を言うべきか悩んでいた。
「と、きじょう…さん」
百合が振り返り、彼女と目を合わせる。だが、すぐにまた走り出してしまった。
結局何も言えなかった彼女はびっくりして言葉を失ってしまった。
「すごい、顔赤かった…」