ちくちくと文化祭
秋に入る独特の蒸し暑さはなく、だからといって寒いわけでもない。快適な湿度と温度を保っている空調の効いた部屋にいつの間にか寝ていた。
百合はぼんやりと白い天井を見つめる。
「…………だるい」
起き上がるのも気怠さを感じるほど彼女の身体は疲労を感じていた。
そのため布団から出ることもなく辺りを見回す。その部屋は見覚えはなく、しかし全く知らないような場所でもない。そんな曖昧な記憶しかない部屋だった。
「ここ、どこ?」
疑問に思うが、今の彼女はその答えを知ることより、眠気の方が勝り、静かに瞼を落とした。
気付けば窓からは明るい陽が差していた。眩しくて目を開ければ、また硬直する。頭がすっきりすると今のこの状況が理解できていないことに気付く。
「あれ?」
そう呟いてしまうのも仕方ない。彼女はゆっくりと身を起こすと制服のまま布団に入っていることに気付く。
準備していた時からの記憶がない。見知らぬ部屋にパニックに陥る彼女。
そんな状態だが、身体は食べ物を求めて小さく鳴く。誰かに聞かれているわけではないが、多少恥ずかしい。タイミングよく隣りの部屋から柔らかい食事の香りがただよってきた。
「………?」
恐る恐る扉を開ける。そして再び硬直。
開け放って入ったその空間は何回も見たあの部屋。そしてキッチンに立つあの姿。
「――――、何で?」
思わず呟く。同時に彼が振り返り、じっと彼女を見やった。びくりと、肩を震わせる。
無言で近付いてくる彰に自然と広がる緊張。
「ご飯食べれます?」
「へ?」
「時条さん、働き過ぎです。もっと自分を大事にして下さい! 昨日、倒れたんですよ」
あぁ、だからここにいるんだ。
やっと事情が飲み込めて思わず安堵した。そして素直に椅子につく。
身体に優しそうな薄味の料理を少しずつ口に運んでいく。
目の前に彰。
彰の部屋で。
一緒に食事。
もう、できないと思ってたのに。
「時条さん、食べ終わったら家まで送りますよ」
「いえ、一人で大丈夫です」
結局私は迷惑をかけてる。
それなのに、この状況を喜んでる。
最低だ……
さいてい。
ドロドロとした感情が渦を巻く。気持ち悪くて、辛くて、息もできない。
ただ、一緒にいるだけで、後ろめたい気持ちが満ちていく。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「………あまり無茶はしないようにね。時条さん」
ちく、
ちく、
次第に増えていく。
「ありがとうございます。せん、せ」
ちく、
ちく、
無情に時は過ぎていく。
何もしなくても、やったことは過去となり、思い出となる。
嘘の自分が出せないことが悔しい。
せめて、先生に迷惑をかけない程度の嘘を、つきたいのに。
「………やっぱり、わがままなんてなれねぇよ」
大切な存在を作るのは、
辛い。
そして、時は過ぎて。
文化祭当日。
やきそば、たこ焼き、クレープ、チョコバナナ。沢山の模擬店が並び、朝から盛り上がる。
「百合ちゃん、予想以上に客の入りがいいからさ、ケーキ多めに作っといて」
「了解」
コック担当の百合はあらかじめ作ってあるスポンジに生クリームを塗り、デコレートしていく。
「流石、手際いい」
「へへ、後で私達も食べよ」
二時まで働いて、後は遊べる分担なので、楽しみが残って百合にとっては嬉しいシフトだった。
みりも一つ頷いてホールに戻る。騒がしい誰かの歌声を聞きながら、百合はフルーツを散らばせた。