不良と人質
「はい、というわけでここが………」
高校ののどかな授業風景に似合わない金色の髪が片隅で揺れる。
教室の前で円の方程式を教える教師はまさに今日の朝に騒動を起こしたあの男、財津彰だ。
まさか、担任だとは…。
そう、彼は百合の担任の教師だったのだ。
学年が上がってから学校に登校していなかった彼女は知るよしもなく、授業が始まる前にやっと知ったのだ。
「はい、ここを時条さん」
「無理です」
「それならちゃんと授業を聞こうね」
くそー、変な扱いしやがって…。
二年に上がって初めて行なう授業は普通で、だから…。
ちんぷんかんぷん…。
一番苦手な教科だけあって、やはりわからなくて、だから授業はつまらなかった。
でも、これが多分普通の生活。
「時条さん!」
「あんだよ?」
「さぁ、張り切って生活指導室へ行きましょう」
がっちりと腕を掴んで彼は問答無用で彼女を連れて行く。
「さぁ、時条さん」
あぁ、やっぱりこいつも教師だよ。説教だよな。
「まずは自己紹介を!」
「ざけんなっ! 死ね! お前先生だろ! もっと言うことねぇのかよっ!」
「例えば?」
「その髪の色はなんだとか、服装をちゃんとしろとか、欠席するなとか、真面目にやれとか、あるだろ!」
「ほら、言わなくてもわかってる」
意外な言葉に百合は目を見開く。彰は淡く笑んで他の教師とは違う穏やかな声音で彼女に言った。
「僕はね、君のことがもっと知りたいんですよ」
「…………」
「駄目ですかね?」
「だ、駄目に決まってんだろ! 気色悪いこと言ってんなっ!」
思わず生活指導室から彼女は飛び出して、走り出す。彰は多少ショックを受けながらも、出て行く瞬間の彼女の顔を思い出して、吹き出す。
耳まで真っ赤にした、純粋な彼女の表情を。
「くっそー、何なんだ。あいつ」
学校が終わり、下校している彼女は登校の時と同じように彰のことを考えながら歩いていた。忘れたくても忘れられないのが彼だ。そこまで印象が強い。
特に彼女の場合はいつも同じ言葉で怒鳴る教師しか印象にない。
あんな奴もいるんだな。
「時条百合!」
翌日の同時刻、同じ顔を見たことを彼女は深く後悔した。何故視界に入れてしまったのだろうと、どうしようもないことで自分を責める。
そう、昨日八つ当たりで蹴り上げた男二人が他の見知らぬ男達も連れて待ち伏せをしていたのだ。
「今日は逃げ切れないぞ! 覚悟しろ!」
「いや、覚悟も何も…」
面倒くさそうに頭を掻きまわす。やる気のなさそうな彼女に口を引きつらせて、彼は尚も声を張り上げる。
「ふ、そんなこと言っていられるのも今のうちだ。こいつを見ろ!」
男達の陰から姿を現したのは、何故か彰。へらへらとしまりのない顔をして、男達にあっけなく捕まっていた。
「さぁ、こいつを助けたくば、大人し───」
「あぁ、そいつならどうにでもしていいから、通してくれねぇ?」
はっきりと述べられた予想外の言葉に一同は沈黙した。
それもそうだ。彼女はあっさりと担任の教師を見捨てたのだから。しかも何も悩まずに。
「流石時条さん! 感動です」
「おい、あんたあっさり捨てられてるんだけど、いいのか?」
「……………って、えぇぇええ!! どうしてですか!? 助けてくださいよっ!」
おっそ!!
「うっさい! あんた教師ならしっかり自分の身くらい守れよっ!」
時条さぁん! と、情けない声を出す彼に百合は深く溜め息をついた。
この小説の特徴は、何か区切りなのかわからないところで止まることかな?