苦悶と答え
最後の彰の表情が、忘れられない。
暑い、暑い夏の日。あれから百合は彰に会っていない。
今日はみりと紫央里の三人で無意味に海に来ていた。別に泳ぐわけではないので、全員私服だ。
快晴の空。青い海。一面が青に彩られたこの風景に二人ははしゃぐ。
「やっぱ夏は海だね!」
「まぁ、あまり意味ないけど……」
裸足で海に入る二人の姿を百合は眺めていた。潮風が彼女の髪を揺らす。
日差しの下にいるせいか、だるさが増して、あまり気分はよくなかった。
「やっぱり海っていーねー!」
「しお! そっち、岩が多いから危ない!」
言われて足元を見るとそこには貝殻がびっしりついた岩があった。青い顔をしてすぐさま後退りする。あんなのに足をひっかけたらおそらく肉はぱっくりと切られてしまうだろう。その姿を想像したのか、紫央里は顔を青くした。
「やっぱり海は危険だ!」
「はぁ………」
どんなに騒いでも、百合は黙って二人を見守っていた。何も、やる気にならない。ただ、目を細めて遠くを見るように眺める。
「百合ちゃぁん! 冷たくて気持ちいいよ!」
「一緒に入らない?」
気を遣われている、そう思った百合は慌てて表情を作った。その行動もすごく疲れたが、ここで二人に心配されるのは嫌だった。迷惑を掛けたくはなかった。
「ううん、二人で遊んでて!」
「そう? 気持ちいいのに………って、きゃぁ!」
いきなりきた高い波が紫央里の足で跳ねて、彼女の服が濡れる。しょっぱい水が顔に掛かり、不細工な顔を作った。
「うへぇー」
「あーぁ、やっちゃった!」
思わず二人は元気よく笑う。それにつられて百合も笑った。
必死に、気付かれないように。けれど、その顔も、声も、やはり心が籠もっていない分不完全で。
「百合ちゃん、どうしたの?」
みりにばれて、百合は笑顔を無くした。
実際、何がいけないのか、彼女にはわからなかった。一体何がしたいのか、わからなかった。
どうして、こんなに気持ち悪いんだろう?
教師と生徒に戻ったからって、彰が私を理解してくれることは変わりないのに……。
私を気にかけてくれるのは変わらないのに。
「百合ちゃん?」
顔を覗き込む紫央里に百合は抱き付いた。少し服がべたついていたが、気にしない。予想外の展開に二人は顔を見合わせる。
いつも百合は必要以上に二人には抱きついたりしない。逆ならあるが、百合からは決してなかった。
「百合ちゃん?」
「かな、しいの?」
かなしい?
なんで?
百合は咄嗟に首を振って、否定する。
二人は思わず顔を見合わせて、百合が何か話してくれるのを待った。
「わからない。でも、何か…」
「苦しいの?」
くるしい…?
どうして?
だって、特別じゃなくなっただけ。ただ、元に戻っただけ。
あの時に。
あの瞬間に。
それだけなのに。
『憧れなんです』
あの言葉が、頭から離れない。
あの顔が、頭から離れない。
何故だろう。私の気持ちのピースが、彰の所ではまる気がする。色も、形も、全部そこに合っている気がする。
「私………淋しいのかな?」
「………百合ちゃん」
声が震えている百合に心が揺れる。二人は彼女をきつく抱き締めた。優しい温もりが百合を包んでいく。
あったかい。
ぽた、と砂浜に水が滴る。それはいくつもの後をつけて、消えて行く。
ぼやけた視界でそれを見つめながら百合は更に後をつけていく。
一つ、二つと。
やっと、わかった。
哀しいのも、
苦しいのも、
淋しいのも、
「私………やっぱり先生のこと、好きなんだ」
いつの間にか自分の中で特別になっていた。
だから、特別なあの関係が大事だった。
「百合ちゃん………。大丈夫、私達がいるよ」
「絶対、一人にはしないから」
ギュッと力強く百合を抱く二人に微笑んで、彼女は思う。
自分に友達ができたのも彰のお陰なんだと。