誕生日とパズル
「よし、完成………」
生クリームで汚れた手を咄嗟に拭い、百合は微笑む。夏なのでクリームが柔らかくなってしまわないようにすぐに冷蔵庫へ移す。
余った生地で作ったまた違う小さなケーキも一緒に入れた。
「よかった、上手くできて…」
一息ついて彼女は洗い物を片付けた。
彰の誕生日の前日。彼女はお祝いの準備に午前を費やし、午後はまたみり達と街へと遊びへ出掛けた。
「ねぇ、こういう服は?」
「え、ヒラヒラ過ぎない?」
流石に遊びのネタに尽きたためか、百合がよく着ている服がジーンズばかりなのに気付いた二人は、スカートもコーディネートしてあげると無理やりに試着させていた。
乗る気じゃない百合にいいからと服を押し付ける。渋々彼女はそれを受け取る。
「ど、どう?」
「うん、すごい可愛いよ!」
「きゃー! 似合う百合ちゃん!」
急にテンションが上がる二人に百合は少しだけ自信を持った。
今着たのは淡いピンクのワンピース。ノースリーブのその上にレースの上着を羽織っている。
色がもともと白い彼女にはかなり似合っている。
「これで財津先生を悩殺だ!」
「うんうん!」
そんな二人の勢いに押されて彼女はその服を購入することにした。
何軒も回り、様々な服を見たため、歩き疲れた三人は流れるままカフェに行く。
「はぁ、疲れたねー」
「うん! でもやっぱり街は物多いよね」
他愛ない話をして、気持ちを落ち着かせる。ふと百合は自分が持って来ていたケーキを二人に出す。
「わぁ、ありがと」
「本当百合ちゃんってお菓子上手いよね!」
美味しそうに食べる二人に百合は微笑んで見つめる。いつも一人で作り、一人で食べるしかなかったものが、他人に喜んで食べてもらっている。それは本当に嬉しいことだった。
そんな時、ふと紫央里はこんなことを呟いた。
「もし、本当に百合ちゃんが財津先生と付き合ったらどうなるんだろうね」
「え?」
「あー、ちょっと大変だろうね。生徒と先生が二人だけで休日仲良さそうにいるだけでも、危ないんじゃない」
本当にはならない、そういうことを前提とした二人の会話。けれど、二人は付き合っているわけではないが、生徒と教師の関係ではなく、他の人とは違う関係であることは事実で、その会話が百合に重くのしかかる。
「特に財津先生だよね。生徒に手を出すなんて…最悪学校辞めさせられるかな?」
「あー、あるかも」
この言葉は更に彼女をどん底へと突き落とす。
一緒に…いるだけで?
家に帰った百合は部屋に入った瞬間、その場に座り込んだ。窓から入るのは紅い光。それは彼女の白い肌を紅く染める。焦点を何処にも合わせることもなく、百合は瞳を揺らした。
「考えても、みなかった」
そうだよな、先生が生徒と特別な関係を持っちゃいけないよな……。
百合は静かに沈んでいく夕日に目を向けて、ただ座っている。
「明日……聞かなきゃ」
せめて、これだけは…知りたいから。
一つだけあることを決意して彼女は立ち上がった。
そして翌日。約束の時間に百合は彰の家へ訪れた。
「上がって」
「うん」
ケーキを片手に百合は彰の家へ上がる。中はあらかじめ冷房を入れておいたのか、ひんやりと涼しかった。
ふと、彰は何か違和感を感じて口に出す。
「百合が珍しくスカートだ」
「………っ!」
そう、今日は二人が選んでくれたあのワンピースを着ていた。まさか、反応してくれるとは思わなくて思わず顔を赤らめる。こういった服を着て、誰かに褒めてもらうなどという経験等なかったので、どう答えていいかわからない。
「へぇ、似合うじゃん!」
「そ、そんなことより今日は何する?」
慌てて話題を変えて、冷蔵庫を勝手に開けてケーキを突っ込む。見え見えの反応に喉の奥で笑いながら、彰はB4くらいの箱を奥から持って来た。
「そうだなぁ、じゃぁ、パズルでもやろうか」
「じ、地味な趣味だな……」
床の上に大きな厚い布を敷いて、1000ピースのパズルを一気に広げる。足元に転がってきたピースを拾いながら、百合もその場所に座った。
「ちょ、これ今日で終わるのか?」
「さぁ?」
不安に思いながらも二人は色分けからやり始めた。