不良と教師
始まりはあの瞬間。
「死ね! この野郎!」
彼女が十人目の不良をノしている時だった。
金色の少し痛んだ髪が衝撃で揺れ、黒い瞳が深く鈍い光を放つ。ボロボロの制服についた埃を払い、一つ溜め息をつく。
ふと、視線を感じてそちらに顔を向ければ驚いた顔で男が彼女を凝視していた。
ち、見てんじゃねーよ。
思わず心の中で舌打ちして歩き出した。
多分あいつは嫌なものを見たと思っているんだろうな、と思いながらも彼女は彼の隣りを通り過ぎようとした。
「――――いい」
「?」
「格好いい! 女性なのにすごいですね!」
「はぁ?」
突然男は彼女の手を取り、顔を輝かせた。思いがけない言葉と反応で困惑を隠せない。
「な、何だてめーはっ! キモいんだっ―――」
「悪を倒して制圧する! これぞ憧れの青春時代!」
「おい…」
「一匹狼を装い、実は友達が沢山いたりするんでしょう?」
「いるかっ! 頭沸いてんじゃねぇよ!」
握られた手を払いのけ、彼女は歩き出す。今日は変な日だったと息を荒くしながら。
「格好いい………」
それでも彼は憧れの視線を外さなかった。
「一体昨日のあいつは何だったんだ」
未だに頭から離れないインパクトのある男を思い出して、彼女は歩く。少し着崩した制服姿で早足に。
ふと、目の前で一人の女性を脅す二人の男の姿があった。
「やめて下さい」
「え? 何か言った?」
「聞こえなぁい」
下品な笑い声を上げて更に女性を怯えさせる。
彼女はその何かにイラついたのか、スタスタと二人の前に歩いていき、蹴り上げた。
「人が変な奴考えてる時に不愉快なことしてんじゃねぇよ!」
八つ当たりだぁぁぁああ!!
二人がそう思うのも仕方なかった。助けられた女性は小声でお礼を述べて逃げていく。そして彼女も何ごともなかったかのように歩いていた。
「くっそ。イラつく」
「ちょ、待て! てめぇ!」
「覚悟しろ!」
完全無視をして歩く彼女に走り寄る二人だが、何故か追いつけない。
「な、何でそんなにはえぇんだよ!」
「ちょ、止まれよ!」
「うっせーな」
「はぁ、今日は男性二人に追いかけられて、モテるんですね! 時条百合さんは」
「そんなんじゃ、ねー………って、てめぇ何でこんなとこにいんだよ!」
自然に話しかけてきたのは昨日の男。やはり憧れの眼差しを彼女に向けて歩調を合わせている。
「僕もこっちが通勤場所なんですよ。でも、時条さん、あの二人待って欲しいみたいですけど、いいんですか?」
「だから、あいつらは俺のファンじゃねぇって! つか、てめー何で名前知ってんだよ!」
「昨日生徒手帳拝借させていただいたんです!」
「ちゃっかり盗んでんじゃねぇ!」
すっかり二人の世界に浸っていつの間にか走り出している。
不良の男達はもう追いつけず、その背中を見送ることしかできなかった。
「はぁ、はぁ」
振りほどけなかった。
これでもかなり足が早い百合にきっちりついて行った男は彼女とは対照的に息一つ乱れていなかった。
「あんた、学校まで、来て、どうすん、だよ!」
息も切れ切れで言った。ここは百合が通う高校。こんな所まで彼はついてきた。
「え? いいんですよ、僕はここの先生ですから」
にっこりと彼は何とも簡単に言った。
「嘘だろぉ!」
これが二人の出会い。
一話目です。まずは出会いから。