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「とーちゃくー」
トウヤ兄さんが楽しそうに言う。ここまで来るのにいろんな人々に会い、挨拶を交わしてきたけど、目線が、温かったよ。
広場には子どもがいっぱいいて、話をしていたり、走り回っている。うわー、子どもいっぱい。あ、自分も子どもだった。
「うわー、みんな早ぇ」
「元気だなぁ」
「にーしゃんたちはいかないの?」
「俺達はいいや」
「あっち行ったら疲れるし。それに学校でも話せるから」
……今、疲れるって言った? 十一歳ぐらいで疲れるって、そんなこと言ってたら先が心配だよ。
兄さん達の心配をしていると馬車がやって来た。馬車は二台、屋根付き。まぁ、こんなにいるから必要だね。馬車が止まりおじさんが二人、下りてきた。
「お待たせ」
「おじさん達に名前を言ってから馬車に乗ってね」
それを聞いた子ども達は、「はーい」っと返事をして馬車に乗り込んでいく。
「いってきます」
「いってきます!」
トウマ兄さんが最初に私を抱きしめ、次にトウヤ兄さんが私を抱きしめる女の子達の目線が……。
「いってらっしゃい!」
「気をつけていってこい」
兄さん達は馬車に乗り込み、他の子ども達も乗せていく。子ども達を乗せ終えた馬車は、学校へ走っていく。私は手を振って見送った。
「さて、俺達も行こうか」
「うん!」
馬車を見送り、お父さんと手を繋いで市場に向かった。
市場に着いた私は、お父さんに手をひかれながらあたりを見渡す。風景は中世ヨーロッパみたいなのに、所々木造住宅みたいなのがちらほら。おいおい、世界観どうなってんの!
市場は露店が並んでいたり、お店の前に商品を並べたり様々。とても活気がある市場だ。
「おとーしゃん、なにをかうの?」
「ん? コーヒー豆と足りない食材を買うよ。フミナも欲しい物があったら言えよ」
「うん」
それにしても人いっぱいいるなぁ。迷子になったら大変ことになるからお父さんの手、離さないようにしないと。
「お、いらっしゃい! 良い豆揃ってるよ!」
「いつものありますか?」
「勿論!」
お父さんがコーヒー豆を見ていく中、私はコーヒー豆の名前が書かれている札を見る。
この世界の文字は独特なんだけれど、私はちゃんと読める。最初に見た時、私の中では読めるように変換される。前世の文字、日本語で。私が日本語で文字を書いたら、この世界の文字に変換される。何これこっわ! ここの文字は読み書きできるようにするから変換しないで!
「フーミちゃん」
おじさんに名前を呼ばれ、おじさんを見ると笑顔で私を見ていた。このおじさんとは顔見知りで、時々お店に遊びに来てくれる。
この街の人は、たまに私のことを愛称でフミかフウと呼ぶ。おじさんもその一人。
「おはようごじゃいましゅ、おじしゃん」
「おう! おはよう! フミちゃんは早起きだねぇ」
「うん! おとーしゃんのおてつだいしゅるの」
「お! えらいねぇ。そんなフミちゃんには」
おじさんが袋を取り出し、私に差し出した。
「これをあげよう!」
「なーに、これ?」
「うちのかみさんが焼いたクッキーだ! フミちゃんに渡してくれって言われてな」
やった、おばさん作のクッキー。ここのクッキー、美味しんだよねぇ。
「いいの?」
「おう! 持っていきな!」
「ありがとうございましゅ、おじさゃん!」
「すみません」
「いいって! いいって!」
お父さんを一度見て、クッキーを受け取る。お父さんはおじさんに一言言い、コーヒー豆を買っていく。
「毎度あり! フミちゃん、バイバイ」
「バイバイ、おじしゃん!」
おじさんに手を振りそこから離れる。手に持っていたクッキーは、鞄にしまいお父さんを見た。
「おとーしゃん、コーヒーまめは?」
「ん? この鞄の中だよ」
「いっぱいかわなゃくてよかったの?」
「あぁ、これは飲む用じゃないんだ。飲む用のはまだあるよ」
「じゃあ、なににつかうの?」
「それは……。出来てからのお楽しみだ」
「えー」
「出来上がるまで待ってなって。それじゃ次、果物屋に行こうか」
そう言ったお父さんは、私の手を繋ぎ果物屋に向かった。
「おや、いらっしゃい! 何にするかい?」
「おすすめは?」
「うーん、そうだねぇ。モモやサクランボとかどうかしら?」
おぉ、美味しよねぇ。モモもサクランボも。お父さんは、どれを買うか悩み中。
「おはようごじゃいます、おばしゃん」
「あら! おはようフウちゃん。今日は早起きじゃない?」
「うん! おとーしゃんのおてつだいしゅるの」
「まぁ、偉いわねぇ! ……あ! そうだ」
何か思い出したようにおばさんがお店の奥に行ってしまった。だ、大丈夫か? お店から離れて。
私が心の中であたふたしていると、おばさんがお皿を持って戻ってきた。……なんか乗ってる。
「最近、娘がお菓子作りにはまってねぇ。よかったら味見してくれないかい?」
お皿に乗っているのは、果物をふんだんに使ったケーキ。おぉ、美味しそう。
おばさんにフォークをもらい、ケーキを一口。……これは!
「……あまい」
「あら、もしかして甘すぎたかい?」
おばさんの言葉にコクンと首を縦に振る。おばさんは急いで奥に行き、水を入れたコップを私に渡した。おばさんにお礼を言い、水を飲む。何このケーキ、甘っ!
「ごめんねぇ。私が味見したときは美味しかっんだけど」
「とってもあまかっでしゅ」
「分かったわ。娘にも言っておくわね」
「よろしくおねがいしましゅ」
おばさんの話し相手をしている時、お父さんが何買うか決まったみたい。
「モモを十個、お願いします」
「はいよ! 合わせて五百ガルミね」
おばさんがモモを袋に入れていく。この世界のお金は前世と似ていて硬貨とお札で一円が一ガルミ、十円が十ガルミ、百円が百ガルミ、千円が千ガルミ、一万円が一万ガルミの感じ。後、五円や五百円、五千円もある。形は前世のまんまだ。
「後、これも」
そう言いながらおばさんがサクランボの入った入れ物も袋に入れた。
「いえ、それは」
「いいの! いいの! フウちゃんに味見してくれたお礼。フウちゃんに味見してくれたからもっと美味しいのが出来るよ。きっと!」
……なんか私が味見したらさらに美味しくなるみたいに言ってるけど、本当のこと言っただけだよ。あのケーキはダメ。食べた時眉寄ってたって、絶対に。
「分かりました。ありがとうございます」
「ありがとうございましゅ、おばしゃん!」
「いいのよ! フウちゃん、また味見してね」
「うん!」
お父さんが袋を鞄に入れる前に手を前に出す。
「なんだ?」
「わたしがもちゅ!」
「……分かった」
お父さんは少し考えて、私に微笑んで袋を渡す。……うむ、子どもにしては少し重い。
「無理するなよ」
「がんばんな!」
「うん!」
私は袋を抱えてお父さんの隣に並び、買い物を進めていった。
買い物を終えてお父さんと帰宅中。
「いっぱいかったね!」
「そうだな」
お父さんが持ってきた袋はいっぱいになっていた。その一割は私にくれた物って。
「帰ったら手伝ってくれるか?」
「うん!」
そんな話をしながらお店まで帰宅していく。もう少しでお店に着くとき、お店の前には小さなお客さんが待っていた。
それを見た私は誰なのか分かりお父さんに顔を向けた。お父さんも分かったらしく私を見て、微笑みながら頷いた。私は袋を持ったまま走って近づく。
「トラしゃん!」
そこにいたのは一匹の猫。薄い茶色で虎模様になった猫、名前はトラ。私が赤ん坊の時から来ていた野良猫だ。
トラさんは、お店に来ては赤ん坊だった私のそばに来てはそこから離れようとはしなかった。その頃の私は、赤ん坊になったという事実に整理がつかず起きたらずっと泣きじゃくっていた。お父さんや兄さん達、お店に来てくれたお客さん達があやしてもなかなか泣き止まず困らせた。でも、トラさんにあやしてもらったら泣き止んでいたのだ。自分でも不思議なことに。トラさんにあやしてもらうと落ち着くんだよなぁ。これがアニマルセラピーか……!
トラさんの近くまで来た私は、袋を置き体を屈めてトラさんを優しく撫でた。
「おはよう。トラしゃん」
「ニャー」
座って待っていたトラさんは、私に体を擦り寄せて来た。相変わらず良い毛並みで、これで野良猫なんだよなぁ。
別に猫に“さん”を付けなくていいんだけど、いろいろお世話になっているから付けている感じ。一回、お客さんが遊び心で違う呼び名で呼んだことがあったけど、……あの時は怖かった。その日を境にみなさん「トラ」と呼んでいる。
トラさんとたわむれている間にお父さんがお店まで来ていた。
「扉、開けるぞ」
「あ、うん」
扉の前から離れてお父さんが鍵を開けていく。鍵が開き、お父さんが中から店名の看板を出していく。これが開店の合図。
「さて、始めますか」
「はーい!」
よーし、頑張るぞ!
誤字修正しました。報告ありがとうございます。