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窓から朝日が差し込み私、フミナ・イサオは目を覚ます。……眠い。でも、今起きないと手伝いができなくなるから首を左右に振って目を覚まし、クローゼットから服を出して着替え始めた。
私は一度死んで、この世界に生まれた。しかも記憶を持ったまま。意識があったから赤ん坊になってたことは驚いたし、まさか捨てられるとは。でもこの家に拾われ、今では成長して三歳になっていた。時間の流れは早いなー。
それとどうやらこの世界には魔法が存在する。初めて使っている所を見た瞬間、ファンタジー世界、だと! って心の中で思ったよ。
ふと、壁に掛けてある鏡に移る私を見る。顔はごく普通で、首が隠れるくらいの長さの黒い髪、黒い瞳。前世の時とあんまり変わらないような気がする……。まっ、いっか。
クローゼットから出した服は、一階の喫茶店で手伝えるようにお兄ちゃんが着ていた仕事着をお父さんに頼んで私が着れるようにして貰った、白い長袖のシャツと黒い長ズボンを着ていく。
お父さん、私がまだ小さいから手伝いをさせるのを渋っていたけど、危険なことをしないこと、無理しないことを条件に手伝いをさせてもらっている。私だけ何もしないのは嫌だったし、手伝いしたいと思ったからお父さんにわがままを言ってしまった。……三歳でこんなことを言うかな?
そんなことを考えながら着替えを終えて、洗面所で顔を洗い、歯を磨き、リビングに行った。
リビングにはお父さんが朝ご飯を作っていた。私はお父さんに近づく。
「おはよ。おとーしゃん」
まだ幼いから舌がまわらない。でも言葉が分かるように努力している。
お父さんは私を見て、少し驚いた顔をしたが微笑んで「おはよう」と言って頭を撫でる。
「まだ寝てていいんだぞ? 手伝いは昼からでもいいんだし」
「ヤ! わたしもおてつだいしゅる!」
私がそう言うと、頭を撫でるのをやめ「そうか」と一言。
「そう言うなら頼んでいいか?」
「うん!」
「朝飯ができたから、下にいるトウマとトウヤを呼んできてくれ」
「あい!」
私は下にいる兄さん達を呼びに行く。階段から落ちないように下りて行く。下りるのってこんなに怖いものなんだ。
時間をかけて階段を下りて一階の喫茶店スペースに着いた。兄さん達を見ると、丁度掃除が終わったみたいで、片付けをしていた。
「トーマおにーしゃん、トーヤおにーしゃん、おはよ」
「あ、おはよう。フミナ」
「おっはよー! フッミナー!」
トウヤ兄さんが勢いよく私に抱き付いて来た。ちょ、なんか変な声が出た! そのままトウヤ兄さんは頬ずりをしてきた。
「んー! フミナのほっぺたは触り心地いいなぁ」
「……トウヤ、そろそろ変われ」
「えぇ! 良いじゃんもう少し「お前の少しは長いんだよ」……ヘイヘイ」
トウヤ兄さんは私から離れ、トウマ兄さんに抱きしめられる。「早起きできたな。偉い偉い」と言いつつ、頭を撫でられる。なんか、恥ずかしいし、み、耳が!
気が済んだトウマ兄さんは、私から離れた。
「トウマも長いじゃん!」
「トウヤより短い」
「なにを!」
「けんか、メ!!」
喧嘩が始まりそうな二人を止める。せっかく、出来たての朝ご飯が食べるのに喧嘩で冷めてしまうのは嫌だよ!
「喧嘩はしてないよ」
「そうだぞー。そういえば、どうしてフミナがここに?」
「おとーしゃんがごはんできたからよんできてくれって!」
「分かった。呼びに来てくれありがとうフミナ」
「もうちょっと待ってな。片付け終わらせるから」
兄さん達は、やりかけてた片付けを終わらせ、一緒に二階に上がって行く。行くんだが……。
「あ、おいトウマ! ずるいぞ!」
「ん、何がだ?」
……えーと、今の状況は、トウマ兄さんが私を抱き上げて階段を上がろうとしている。急に体が浮いたからびっくりしたよ!
「俺が抱っこするから変われ!」
「やだよ。トウヤ落としそうだし、任せられない」
「なにお!」
「……はやくいこうよ。おとーしゃん、まってるよ」
「あぁ、そうだね。行こうか」
「あ、おい! 次は俺が抱っこするからな!」
そんな言い争いをしながら二階にに到着。気のせいかな、兄さん達がシスコン化してるような。
リビングに到着すると、お父さんが準備を終えて椅子に座って待っていた。
「遅いぞ、おまえら」
「ごめん、父さん」
「ごめーん」
「ごめんなさゃい」
トウマ兄さんが私専用の椅子に下ろしてくれたので、お礼を言って座る。兄さん達も私の前に置いてある椅子に置いてある椅子に座っていく。
「じゃあ、手を合わせて」
その言葉で私達も手を合わせる。この手を合わせる行動は、神への祈りのポーズらしい。形は合掌だ。
「いただきます」
「「いただきます」」
「いただきましゅ」
ご飯を食べているときにふと、みんなを見る。何回見ても思う、イケメンだなー。
目の前のトウマ兄さんとトウヤ兄さんは、私を拾った時より子どもっぽさが抜けて大人の感じが出てきつつある。そのせいなのか、様々な年代の女性からモテる。特に年上のお姉様方は兄さん達にアプローチをかけるものの、相手にされないとわかると私を巻き込んだ。簡単に言うと、私と仲良くなって兄さん達に近づこうとした。
それを知った兄さん達はお姉様方に「妹を使って近づく人は嫌いです」と声を揃えて言ったので、今では私を利用しようとするお姉様方は居なくなった。あの時は怖かった。お姉様方の目、獲物を狙う獣みたいだったし、香水の臭いが強かったよ。
私の右隣にいるお父さんは、いつも眠たそうにしてるのに真剣になると顔つき変わる。そのギャップがいいらしく女性から食事に誘われることもしばしば。それをお父さんはやんわりと断っている。
モテモテ一家だよ、と考えていたら隣にいたお父さんが私の口元をハンカチで拭いてきた。
「口元、汚れるぞ」
「ん、ありがとう。おとーしゃん」
考えごとをしていたから口元に付いてしまったみたい。恥ずかしい。恥ずかしいよ。
「父さん、今日はどうするの?」
「足りない物があるから買いに行く」
「市場に行くの! いいなぁ」
「俺達は学校だから仕方ないだろ」
「そうだけど……」
この世界にも学校があり、小学校、中学校、高校みたいなのがある。一応、この街にも学校は、ある。あるにはあるのだが、学校のある場所が街から少し離れた森の中にあるので遠いのだ。
何で離れた場所にあるのかというと、子ども達にこの森のことを知り、自然に触れてほしい。離れた場所にある小さな村々の子ども達も通えるように、という街の領主様が考えだそうだ。
まぁ何とか学校を造ったけど、森の中というのが問題だったみたいで、街の人々からの抗議の声がたくさんきたらしい。そしたら領主様が森に行く用の馬車を用意することで解決したみたい。
何で私がこんなことを知っているのかと言うと、トウヤ兄さんが話してくれて、しかも物語風に。幼児にこんなしなくてもいいだろう、って思ったよ。でもトウヤ兄さん、楽しそうに話してくれたから嫌とは言えなかった。
「「ごちそうさまでした」」
「洗い物は流しに入れとけよ」
「「はーい」」
兄さん達は朝ご飯を食べおえて、学校の準備をするのに部屋に戻っていく。学校は制服なので長袖のポロシャツに黒い長ズボンのシンプルな制服を着ている。
「おとーしゃん、たべたよ」
「よし。じゃあ手を合わせて」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうしゃまでした」
ご飯を食べ終えて、食器を片付ける。
「わたし、もっていく!」
「ありがとう。でも、父さんが持って行くよ」
「……むう」
「フッ、そうむくれるな。フミナには机を拭いて貰いたい」
「うん! やる!」
お父さんは食器を持って台所に行って、食器を流し台に入れて濡らした台ふきを持ってきた。
「頼んだよ」
「うん!」
台ふきを貰った私は、机を拭いていく。幼児体型って拭くのもひと苦労だよ。
やっとの思いで机を拭き終わった時、食器を洗い終えたお父さんがやって来た。
「拭けたか?」
「うん!」
「よく出来たな」
そう言って頭を撫でくる。前から思ったけどお父さんって、頭撫でるの好きなの? 撫でることが多いような。
頭を撫でられている間に兄さん達がリュックを背負って戻ってきた。
「準備出来たよ」
「広場まで一緒行こーよ」
トウヤ兄さんの言葉にお父さんは頷き、私を椅子から下ろす。
「準備をしておいで。俺も準備してくるから」
「あい!」
私は部屋に戻りお出かけの準備をしていく。といっても入れるものは、ハンカチとちり紙ぐらいだけど。それを黒猫の顔の肩掛け鞄に入れていく。この黒猫鞄は、喫茶店に来るお客さんから貰ったもので私のお気に入り。なかなか可愛いんだよこれ。
準備が出来リビングに戻ったら、お父さんは大きな肩掛け鞄を持ち兄さん達と待っていた。
「準備出来たか?」
「うん!」
「可愛いね、その鞄」
「エヘヘ」
「それじゃ行くか」
お父さんの言葉に私達は頷き、靴を履いていく。一階は土足だが二階は土足厳禁なのだ。いつも下りる時はそれ専用の靴を履いているので、お出かけ用の靴を靴箱から出して履いていく。
靴を履いたままで暮らすのがこの世界の普通。だが、この街独自の文化で家では素足で暮らすものだと根付いているみたいで、家の中は土足厳禁という家が多数ある。……日本みたいな街だなぁ。間違えて土足で上がらないように注意書きをしている家もたまにある。
靴を履き終えた私は、お父さんに抱き上げられて階段を下りて行く。兄さん達は先に下りて一階で待っている。
「はい、到着」
「ありがとう。おとーしゃん」
お父さんに下ろしてもらい、兄さん達と外に出る。お父さんも私達の後に外に出て鍵を掛ける。
私を真ん中にトウマ兄さんが右側、トウヤ兄さんが左側で手を繋ぐ。
「広場へしゅっぱーつ」
「はいはい」
「あんまりはしゃぎすぎんなよ」
そんなやり取りをしながら、私達は広場に向かった。