メリーさんが恋しい四月一日君 9戦目
幼女なのか少女なのか……きっと中間くらいの表現に困る幼女です。
赤い赤い赤い。
それはどこまでも赤くそして黒い。その見た目だけでも十分にインパクトがあり生涯忘れることはなさそうなものではあるのだが、突出して目につくのは綺麗に割れた三日月の口だ。赤と黒の絵の具をぐちゃぐちゃにかき回した人型の物体の三日月型の口が異様に目につく。それはまるで全てを飲み込んでしまうのではないかというような赤い口。底なしの沼に引きづられていくのではないか?そんな錯覚させ覚えてしまう。
「あぁ!あぁぁっぁぁっぁあああ!リオ!私の美しい可愛いリオ!わ、わたクヒッ!ワタシの愛おしい|娘<人形>。さぁ、ヒヒッ、またおいでおいおいで。昔のようにあの時のようにか、かかかか可愛、くく、可愛がってあげるよ、あげるクヒッヒヒヒ!!」
不気味−−を通り越して吐き気すら催す悍ましいヒトガタは、両腕を名一杯に広げながらリオと呼ばれた少女に近付いていく。カクカクと小刻みに関節を歪めさせながらじりじりと歩くその姿は、どこからどう見ても人間的なそれではない。ていうか出来の悪いロボットのようだ。しかしそれが人の形をして異質な声を漏らしながら近付いてくるんだから恐ろしい。下手なホラー映画なんかよりよっぽどだ。
ヒトガタが動いたのとほぼ同時ぐらいに釣られるようにして他のヒトガタや例のファンシーアニマルズ(過去形)どもも同様にカクカクカタカタと動き出した。そいつらは脇目も振らずある一点のみを目指し進んでいく。
「どうして……?どうしてあなた達まで?!そいつらはあなた達にとっても憎い相手でしょ!私たちの全てを奪っていった元凶なのよ!どうして!なのに!なんで、そいつと同じことをしてるのよっ!!!」
リオは絶望と憎悪と悲壮を複雑に絡めた表情で叫ぶ。
その顔から見るに、このことは全くに想像していないことだったのだろう。明らかに俺を騙すために演技をしているという風には見えない。それどころか何処か怯えているようにも見える。
「あぁリオ……りおりおりおりおりおりおりろろじりおりおりろりおっろろろろろりろろろお!!!!」
「っ!!やべぇだろ!!」
惚けている場合か!!
俺らがこうしている間に奴らは着々と近付いて来ている。このままジッとしていればあっという間に囲まれ捕まってしまうだろう。捕まったらどうなるか……正直考えたくもない。取り敢えずわかるのは、俺もリオも終わるということだけだ。抽象的にしてるのはあえてだ。深くは考えたくないんだよ!察せ!!
「なんで……なんでなの……みんな……」
「いいから!取り敢えずここから逃げるぞ!!」
未だに放心状態のリオの手を引き俺は後ろを向き走り出す。当てはない。だがここにいて何もせずに捕まるよりはマシだ。俺はリオを半ば引きずるように走り続ける。兎に角奴らのいないところだ。
「はっはっ、あいつら、一体なんなんだよっ」
大体の予想は付いている。ていうかもう確信なんだけど。それでも口にせずにはいられない。なんたって俺もパニックだからな!自慢じゃないがリアルホラーとか本当にダメなんですぅ!メリーさんぐらいぶっとんでるというか可愛らしい感じならまだ大丈夫だけれどこんなザ・ホラーしてるのはダメだ!てか普通に無理だろ!
走る走る走る。
当てもなくこっちへ、そしてあっちへ。
しかし止まることはない。何故か?それは向かった先にあのヒトガタがいたからだ。B級映画よろしく奴らには瞬間移動能力というのがあるのかもしれない。結構な距離を走っている気はするのだが未だ安全そうな場所はまだ見つからない。正直そんな当てもなさすぎる逃避行に辟易としてくる。唯一安全そうな場所を知ってそうなリオも先ほどから「どうして……なんで……」と呟くだけで当てにならない。結果あてずっぽでひたすら走るしかない。
高校卒業してからはまともな運動をしてこなかった俺にとってこの大疾走はそりゃもう辛い。何が辛いって夢の中なのにリアルと同じように疲れるし喉が痛くなってくる。おまけに足まで生まれたての子鹿よろしくぷるぷるしてきている。つまり何が言いたいのかというと。
「ぜっ、はっ、はっ……っく、きっっっつ!!」
そうきついのである。そりゃもう人生の中で最もきついんじゃないかというレベルできついのだ。何これ。俺もともと陸上部だけど専攻は走り幅跳びだったし、ここまでアホみたいに走ったことないんだけど?なんで俺今走ってんの?別に今a○icsの靴とか履いてないぜ?コーナーで差とかつけられんから。若い時よりも走り続けてる俺なんなんだ一体。
え?そりゃ捕まらない為でしょ?
はい、そんなことを言ったそこの君大正解。もうそれだけなんです。俺の警鐘が鳴り響いてるんですよ、奴らに捕まったら終わりだって。まぁあれを見たら誰でもそうなるとは思うけど。兎に角、俺とリオは捕まらないように安全な場所へと逃げ込まなきゃいけない。でもその安全な場所が見つからない。じゃあ走り続けるしかないやん?でも俺結構きてんのよ今。つまり。
「ぜっ、はー、ぜっ、はー…んく、はぁはぁはぁ……限界じゃん?」
ついに体力を失ってしまった俺は立ち止まってしまう。
俺を情けないと思うか?
でもな現実そんなもんやて○藤。絵を描いてなかったやつがいきなり絵を描けるか?レーザー加工をしたことなかったやつがレーザー加工できるか?プログラミングしたことないやつがC言語なんて読み解けるか?普通無理だろ。今の俺はそんな状態だ。0から1を生み出すなんてのは無理だ。フィクションの主人公じゃないんだから無尽蔵のよくわからない体力を突然発揮するなんてのは無理。つまり何が言いたいかと言うと、もう体力切れです。勘弁してください。
カタカタカタ……
「……マジかよ」
それでも俺はないなりに何とかヒトガタがいないところに逃げ込みましたよ。よくわからない袋小路なんだけど。袋小路なんだけどね、誰もいなかったんだ。だから安全だ、てかもう体力的に無理だしようやく休めると思ったんですけど……。
うん!フラグだね!これフラグだよね!!誰もいない袋小路って逃げられないじゃん!!!俺のバカバカバカおバカ!!!なに自分でバッドエンド真っしぐらしてんだよ!!!
いや、まだ大丈夫だ。奴らの近づく音が聞こえてはいるが急いで出れば最悪掠るくらいで駆け抜けれるはずだ!あきらめんなよっ!!
俺は下を向いて俯いているリオの手を掴みまた走り出す。幸いなことに袋小路唯一の出入り口にはヒトガタの姿は見当たらない。これならワンチャンあり得るアルヨ!!
もう自分のキャラが崩壊してよくわかんないことなってるけど、恐怖を吹っ切る為だから仕方ないよね!大目に見てよね!!
まだ疲労の抜けていない体に鞭を打って走る。息だって上がったままだ。何の拷問だよってぐらい苦しい。正直諦めてしまいたい。でも俺にはまだ生を諦められない理由がある。最近できて割と不純かもしれないものだけどそれは諦めたくない。だったら今苦しくても何としてでも生き残らないとダメだろ。
心臓が爆発するんじゃないかというぐらい激しく鳴り続ける。どっか無理しすぎてか耳鳴りも酷い。なんか足の感覚もない気がする。けどもう出口はすぐそこだ。ここを抜けて直進していけば……。
「……は、は……はぁ、なる、ほど。うん、期待裏切らないよね」
袋小路を抜けた先、そこは唯一の活路なんかじゃなかった。うん、フラグを踏み抜いた時から気付いてたさ。そんな都合のいいことなんてないって。
「キヒッ、り、オ、もぅ、うもう、ニガサナイよ。さぁ、マた私と愛をアイアイアイアイアイアイアを育もウ!イッショになるんだリィィィオオオオオオオォォォォオオ!!」
眼前に広がるは無数のヒトガタ。その中心に居るのはあの男だ。真っ赤に染った毒々しい三日月を作りながらそいつは両腕を広げていた。