メリーさんいませんが 8戦目
めっちゃ遅れた。
矢印の通りジェットコースターの前まで来た俺はどこにルールの書かれたものがあるのか探すべくきょろきょろと見回してみる。が、よく見なくても入口のすぐ近くに立札が立っていた。
正直見るのがとてつもなく怖いのだが見なければもっと怖いことが待ってそうなので諦めて立札に書かれているルールとやらを読んでみる。
「えぇなになに……」
【ルール】
とても楽しい楽しい絶叫マシン。
あなたは普段のストレスから解放されるべくスリルを味わいながらもとても楽しんで乗ることができます。
「は?」
ん~。
ルール。ルールだよね?それってつまりはこのジェットコースターというアトラクションを攻略するうえでの決まり事ってことだ。なんだけどそれがこれか?
確かに俺ってば少々ストレスため込んでて、それを解消するために旅行に来ているのだが。
いや、あの性悪幼女のことだ。スリルと言うのはそれこそ命の危険を感じるものであって、死にそうになりながらも必死で楽しんでるようにしなければいけないとかいう鬼畜ルールなのだろう。だとすればどんだけハードルの高いアトラクションなんだ。やっぱり初めから殺しにかかってきてるよあの幼女!!
一体どんなものが待ち受けているのか……俺はゴクリと喉を鳴らし握りしめる。
「……ここを越えなければ次に進めない。そして俺に明日はない」
明日のことを考えてみる。
明日は7:30頃に起きて朝の風呂でゆったり。そして8:30頃に朝食を食べ一服したら10:00に旅館の外に出て町をぶらぶら。そこにはメリーさんもいて、面白おかしく過ごすのだ。自覚してしまった想いをぶつけるかどうかはまだ決めあぐねているが、それでも彼女の笑顔をまた見たい。見続けていたい。
「そのためには何としてもクリアしなきゃなんねぇよな」
俺はそう呟くと、パンッ!自身の頬をはたき気合を入れる。折角心から欲しいと思ったものがあるんだ、ここで諦めてなるものか。
意を決した俺は入口を通り抜けジェットコースター本体の前に立つ。
一見普通のジェットコースターといったところか。おかしなところは特に見当たらない。取りあえず座席が剣山になってるとかいうのはなさそうだ。
軽く観察を終えた俺は早速乗り込もうとしたその時アナウンスが流れだした。
『貴重品など落としたら困るようなものは右手にございますロッカーにお入れください』
「……結構優しいなおい」
俺はポケットをまさぐり何もないか確かめる。すると右ポケットに固いものが触れた感触があったので取り出してみると自分のスマホがだった。どうやら夢の中でも俺はスマホを手放せない現代っ子だったようである。
流石に夢の中なので落としたところで特に被害はなさそうだが、もしこれが現実にもフィードバックされるとかだったらただの悲劇なので、言われた通りスマホをロッカーの中に入れた。するとカチャと音が鳴り刺さっていたリストバンド付の鍵が縦になった。もしやと思い鍵を引っ張ってみると抜けた。
「……機能的である」
あの性悪幼女の遊園地とは思えない程に気の利いた仕様だ。
俺は少々感心しながらようやく目的のジェットコースターに乗り込んだ。
座り心地はかなりいい。おしりが痛くならないようにしっかりと考えて作られているようだ。きっと設計した人はよくわかっている人なのだろう。あの性悪幼女が設計したとは思えないのできっと技師さんのこだわりだろう。
俺はそんな見えない技師に感謝を述べながらシートベルトを着用した。それと同時に次のアナウンスが流れた。
『それでは落下防止用のレバーがを下しますので動かずにお待ちください』
アナウンスが終了してから数秒後レバーが下りてきて俺をしっかりと固定した。しっかりと言っても痛いほどではなくある程度の遊びがある。更に激しい動きで不可がかかった際の保険か、体の接触面には低反発の素材が使われているようで全く圧迫感を感じなかった。
「なにこの超優しい設計は……」
てっきりレバーがおりきった瞬間、レバー内にある針とかが飛び出してきてそれで固定でもするのかと思っていた。あの幼女のことだ『ふふっ、串刺しにでもすれば嫌でも固定できるでしょ?とても素晴らしいとは思わない?』とか言ってケタケタあざ笑うのだろうなとかそんなとこまで想像していたのだが。
現実(夢だけど)はなんと甘美なことか。乗るための気遣いを忘れない細やかな気配りが心に沁みる。
「と、いかんいかん。油断するなよ俺。いつの時もホラー展開というのは安心しきった時に起きるもの……きっと動き始めれば地獄の連続。き、気張らなきゃ(使命感)」
緩み切っていた心に克を入れる。油断大敵だ。どこぞのAUOは慢心せずして何が王か!と言ってそれで大半負けている。反面教師とし彼以上に優秀な人はいないだろう。俺は脳裏に金色に輝くとある王を思い浮かべながら発進の時を待った。
『それでは発進いたします。安全のため腕を大きく振り回したりしないようお願いいたします。では楽しいひと時をお過ごしください』
アナウンスと終了と同時にブーとブザーが鳴り動き始める。
「ついにきおったか……」
ここから始まるは実況ターイム。
実況者は私、四月一日和人がお送りいたします。
私、生きるか死ぬかの身であり、今回のルールは楽しんでみせるということで全力で楽しんでいるようにお見せしなければなりません。和人さんは見事このアトラクションを制することはできるのでしょうか。
さぁ、始まりはやはり定番!急な上り坂でございます。結構な勾配の上り坂で体がほぼ垂直になっておりGがいい具合にかかってきております。この頂上に上るまでが非常に緊張し手に汗を握る場面なのですが……ここで和人さんの手を見てみましょう。おお!期待を裏切らないいい汗ばみです。これはなかなか緊張しているのではないでしょうか!
さて、和人さんの様子を見ていたらもう頂上はすぐそこ!
あぁついに頂上についてしまいました!さぁここからは絶叫タイムになります!一体どんなギミックが待ち受けているのでしょうか!はたして和人さんは無事、生き残ることができるのでしょうか!続きはCMのあt――――
「うおおおおぉぉおおああああああああああああああああああああ!!!!」
ガクンと一気に下り坂を降りたジェットコースターは猛烈な加速を生みながらレールを走っている。それと同時に俺は絶叫していた。
緊張を紛らわせるためにやっていた実況中継も継続できない程に体にかかるGと加速していく世界に翻弄されていたのだ。
急な加速、地面ギリギリまでせめるレール。
かと思えば次の瞬間には上を向いており、更に気付けば螺旋状になったレールの上を走りぐるぐるとまわる視界。内臓もあっちゃこっちゃ移動し、何とも言えない無重力感が全身を襲う。
とにかくもうヤバい。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!……いやああああああああああああああああああ!!!」
目まぐるしく変わる景色。それと様々なバリエーションの俺の声。なんか途中女の子っぽい声が出て、自身の新たな可能性を見つけたりもしたが、次の瞬間にはまた別の悲鳴と衝撃に忘れてしまうというそれはもう忙しい。ていうかやばいやばいyばい。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
藤原○也の迫真の演技をしながら絶叫し続けた。それはもう喉が枯れるのではないかというくらいに。
『おかりなさい!楽しんでいただけたでしょうか。お降りの際は足元にご注意ください。またお荷物をお預けのお客様はお忘れ物がないようお気を付けください』
気付けば俺はホームに戻ってきていた。
あっという間であった。実は乗ってないじゃねぇのというくらい。
しかし未だに残っている浮遊感と強風にあおられオールバックにセットされてしまった髪が確かに乗っていたのだということを実感させる。
若干覚束ない足取りながらも親切なアナウンス通り足元に気を付け降り、預けていたスマホをロッカーから取り出した。そして少しロッカーの前で立ち尽くす。
「……なんだろう。普通に楽しかった」
そう、楽しかった。
てっきり走行中に様々な極悪な妨害があるものだと思っていた。それこそ鉄球とかソーが迫ってきたりだとかするもんだと思っていた。それで楽しめとかどんだけ鬼畜なアトラクションなんだと憤り、何としてもクリアしてやると気合を入れていたのだけど……。
乗る前からお客様のことを配慮した親切設計。乗ってからも絶妙な緩急の付け方からアクロバティックな動き。絶叫マシン好きからすればこれ以上にないほど楽しいアトラクションだった。
絶叫マシンが苦手な人からすれば正に悪魔の如きアトラクションになること間違いなしだが俺にとってはただのご褒美だった。それこそ立札に書いてあったように日々のストレスを絶叫で発散し、様々な動きを体験させてくれたジェットコースターには楽しいと爽快感だけが残っていた。
俺は素直に楽しめたもののこのアトラクションをクリアできたのか気になりあたりを見回す。
特にこれと言って何も変化はない。
少し不安になりながらも出口とかかれた階段を降り切り、ついには外に出てしまった。そして更にまたキョロキョロと周りを見渡すとそこには立札があった。
ドキドキとしながら立札の内容に目を通す。
「『ご乗車ありがとうございました!また乗ってね!』……てそれだけかい」
あったのはいかにも遊園地らしい感謝の言葉だけだった。読み終えた今も特に何か起きる気配はない。
「ということはこれでここはクリアてことで、おk?」
中々に釈然としないが、負けたら即魂ボッシュ―トのゲームの最中でアトラクション終了後に何もないということはそういうことだろう。つまり俺は一つ目のアトラクションをクリアしたということだ。
「なんというか……うん思ったよりもヌルゲー?」
イヤだってさ、あんだけ凄惨で冷たい表情と目で見られたっていうのに結果がこれだぜ?そりゃそう思っても仕方ないやん?絶対あの幼女俺のこと殺す気満々だったもん。絶対殺すマンだったって。なのにまさか普通に楽しめるものが来るとは思ってなかったわ。
それにあのどこまでもお客さんを大事にした親切設計。もしかしてこれは本当にただ楽しんでもらいたいだけなのでは……そこまで考えて俺は戦慄する。
「はっ!!!まさかこれがあの幼女の罠か!!!」
そうだ。自分でさっきも思ったじゃないか。ホラー展開において安心しきったところで叩き落とすというのは常套手段であると。つまり一番最初のアトラクション・ジェットコースターは裏の裏をかいた恐ろしいアトラクションだったということだ。
まず『ルール』で警戒心を煽り、次に親切設計でどういうことだ?と不安にさせ、本命のジェットコースターでは楽しませ、最後には実は本当に楽しませたかっただけなのだと思わせる。そして次のアトラクションで安心しきった人間を狩る、と。
なんて!なんて極悪なんだあの幼女!!
俺には見えるぞ!幼女がニヤニヤと笑い俺が罠にかかるのを期待しているのが!!
くっ、卑怯者め。やはり怪異、人の心に付けこみ弄ぶとは……全くけしからん!だが残念だったな俺はお前の意図に気付いてしまった!お前の手のひらでくるっくる回されたりなんてしないからな!
正気に戻った俺は腕で額の汗を拭う。
危なかったぜ。
幼女の策略に気付いた俺は一層心を引き締め次のアトラクションへ向かうことにした。例によってはまた血の様な矢印が行先を教えてくれているのでその通り進んでいく。
次にまみえたアトラクション、それは……。
「お化け……屋敷、だと……?」
やりおった。あーあいつやりおった。よりにもよってお化け屋敷をチョイスしてきおった。
夢の中でお化け屋敷なんぞそれなんて悪夢だよ。いや、既に自身の生死を懸けるゲームをしてる時点で悪夢か。
にしてもだ。
あの幼女性格悪いわ~。
ジェットコースターでやばいやつだって疑わせておいて超新設設計。そして実はいいやつなんじゃとか思わせてからのお化け屋敷。俺じゃなかったらジェットコースターで懐柔されて次のお化け屋敷でゲームオーバーってとこだろ。なんてひどい奴だ。
俺はあの幼女の巧みな手腕に旋律しながらも肝心の立札を見る。
『ここは死の病棟。迫りくる幽霊たち。あなたは非日常的な世界にスリルと恐怖を覚えることでしょう。』
なんともまぁ恐ろしい文章である。
ていうかこれのどこがルールだよ!
つまりはあれか?めい一杯ガクブルしろってことか?どんな無茶ブリだよ!俺は死の恐怖でガクブルだよこんちくしょう!
非常に嫌予感しかしないお化け屋敷だが、これも試練とやらだろう。神は人間に乗り越えられる試練しか与えないというし、きっとこれも乗り越えられるってことなんだろう。俺、無神論者だけど。ここは神を信じてやろうじゃないか。
まぁやらなければその時点で俺の魂はボッシュート、死亡確定なんでやらざるをえないんだけどな!なんて汚い幼女!!そこまでして俺の魂が欲しいか!!!
俺は非常に嫌々ながらもお化け屋敷の中に足を踏み入れていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おかしい……こんなの絶対おかしい」
あれから2時間くらいだろうか。
俺はお化け屋敷、海賊船、コーヒーカップと攻略してきた。結果から言うとどれも攻略できてこうして生きている。じゃあ何がおかしいのかというと。
「立札通り過ぎておかしい」
そうなのだ。
あれだけ絶対裏や落とし穴があると思っていたのにここに至るまで何一つとして何もなかったのだ。全部立札の内容通りだった。
そしてそんな今もメリーゴーランドに乗り立札通り、メルヘンな音楽とゆったりとした上下運動と回る景色。確かに癒しだよ。こう、慌ただしかった心が浄化されていくようだよ!でもさ、絶対裏あるよね?これ。だってあんだけあの性悪幼女啖呵きってたんだぜ?どこかで絶望したくなる状況が訪れるって思うに決まってんじゃん!なのになんもないんだもん!ただただ楽しいだけだったわ!
で、そんなこと考えてたらメリーゴーランドも終わり。アトラクションから出てみるが特にこれと言ってなし。つまりこのアトラクションもクリアしたってわけだよコンチキショー。
「なんだろ。全然いいことなのに。嬉しいはずなのに……こう納得いかない」
そう、ちょっと前まではこんな無理やり連れてこられて、しかも俺の魂が掛け金だとかふざけたことぬかされて。しかもまわりの視線やらが恨みがましくて異様な雰囲気に怯えてたってのに今じゃその緊張感も全然ないよ!
寧ろなんかいたるところにホスピタリティが散りばめられてて居心地最高だし楽しいし、最初のマイナスイメージが総崩れもいいとこなんだけど。
さっきまでだとそこに裏があるんじゃね?とか思っていたわけなんだけども、なんかね、そう思えば思うほど良い意味で裏切られるわけで。なんというかその、疑うことにつかれるぐらいなんですわ。勿論今こう思ってることが既にあの幼女の思惑通りなのかもしれないんだけど、まぁそれはないっしょと思えちゃうくらいには今は懐柔されてしまっている。
次のアトラクション『観覧車』。ラストのアトラクションになるわけだが……おそらく考えられるトラップとしては観覧車が途中で止まるとか、乗ってるかごが落ちて潰れたトマトになるとかあるんだが、まぁそれはないだろうと思ってる。その代り別の何かが待ってるのは間違いはないと俺は踏んでいる。そこで俺は気になってることを試してみようかなと。
取りあえず俺は毎度の如く現れる赤黒い矢印に従い観覧車へと進んでいく。そして見慣れた立て札に視線を向ける。
『ゆったりと流れる時間、美麗な景色をお楽しみください』
思った通りここでもあるのはただの善意。本気でこの遊園地を楽しませようという気持ちが伝わってくるかのような文章。勿論これだけだったらここまで思うことはないのだが、今までの出来事からこの文章がただ書かれているというものではなく、純粋にお客を大事にしているというパークの想いが溢れているのがわかる。
俺は足を止めることなく開かれた観覧車に乗り込んだ。程なくして扉が閉まりゆっくりと動き出した。
ラストアトラクション。
これを終えれば俺はここから解放される。そして無事目を覚ますことだろう。目を覚ませば朝か夜か。朝ならばそのまま朝風呂に入ってゆっくりして、メリーさんと一緒に町へ繰り出し癒されることだろう。それこそが俺の望むことではある。あるのだが、いまいち腑に落ちない。こんな遊園地に誘い出し、その俺に魂を掛けた勝負までしかてきた幼女の真意がわからない。
幼女は初めの宣戦布告から結局姿を現すことはなかった。だからそのことについて聞くことはできなかった。しかし、ラストアトラクションであるここでならきっと現れる、俺はそんな確信めいたものを持ちながら観覧車に乗り込んだのだ。
「ま、なんの確証もないんだけどな」
思考の渦にいたせいだろか、気付けば観覧車は頂上に達するところだった。そこでようやく俺は視線を外に向けたのだ。
「……綺麗だ」
この夢の世界にも太陽はあるのだろう。ちょうどそこには沈みかけの太陽が夕日としてオレンジ色に染まっていた。太陽だけではない。ここまで来るのに達成してきたアトラクションの数々が綺麗なオレンジに染まっている。あるのはアトラクションや屋台、ところどころにある風船や装飾。無人の寂しさのある遊園地ではあるが、それでもそこには人がいて楽しんでいて終わりを惜しんでいるかのようなそんな雰囲気がある。
夢の世界だ。ここは夢の世界ではあるが、こんな素晴らしい遊園地があるのならば是非とも訪れてみたい。それこそメリーさんと一緒に行けばとんでもなく楽しいだろうな。
「どう?楽しんでいただけたかしら」
物思いに耽っていると急に鈴の音のような可憐な声がした。
来たか。
視線を声のした方に向けるとそこには予想通りあの幼女がいた。幼女は俺の体面に座り優し気な笑みを浮かべながら俺を見ている。
「あぁ。正直言ってすんげー楽しかった。残念だったのは初めに疑ってかかっちまってどこか純粋に楽しめなかったことかな」
「あら?疑う要素なんてあったかしら」
「ありありだわ。楽しんでもらうにしてもあの登場と宣戦布告はないだろ」
「む、心外ね。折角サービスで私のスマイルまでつけたっていうのに」
「その笑顔が凶悪だったんだよ」
「レディーにその言葉はないんじゃないかしら?」
軽口の応酬をした後どちらからと言わずクスクスと笑いあう。一しきり笑い落ち着いた頃俺は気になっていたことを聞く。
「なぁ、どうしてこんなことしてんだ?」
率直な疑問。どうして俺をここに呼んだのか。そして何故あんな風に魂をかけた勝負と誤解を受けるような言い方をしたのか。幼女の茶色の瞳を見ながら俺は問いかける。
幼女は先ほどまでの笑みを消し、真剣な眼差しで俺を見つめた。その瞳には初めに感じた攻撃的で冷たい印象など何も感じられない。あるのは真摯に俺の質問を受け止めた理性ある瞳だった。
「……あなた、この遊園地で遊んでみてどう思った?」
「そうだな……」
先の質問と似たような問いかけ。しかしそこに含まれているものが少し違う。俺はついつい邪推してしまいそうになるのを堪え、シンプルに考えてみる。
「率直に言えば楽しかった。アトラクション事態がっていうのもあるし、何より至る所にホスピタリティが感じられて良かった。こんな遊園地が実際にあるのなら是非行ってみたいくらいにだ。ただ……」
「ただ?」
「こんなに楽しくていい場所なのに、そこで遊ぶ人が俺しかいなかったのが少し寂しかった」
そうだ、この遊園地は楽しかった。色んなアトラクションがあってどこまでも親切で。常に人を楽しませよう、幸せにしてあげようという気遣いと心優しに溢れていた。しかしそんないい遊園地にいるのは俺ただ一人だけ。確かに人の気配はあるのに実際にいるのが俺だけというのが気持ち悪さと、そして途方もない寂しさを感じさせていた。きらびやかで少々騒がしいはずなのに。
幼女はその俺の答えにそう、と小さく呟くと一つため息を吐く。それと同時に観覧車がちょうど頂点に到達する。
「私はねこの遊園地が好きなの。父様が作ったこの遊園地が大好き。それこそ毎日のように訪れてはアトラクションで遊んだり、いろんな人が楽しそうにしているのを眺めていたわ」
幼女は懐かしそうに目を細め微笑んでいる。
「でも、ある時この遊園地が廃園することになったの。収入は多いとは言わないし赤字とも言わない。それなりってところで、地主にもきちんとお金も支払ってたわ。けれど大きなホテルを建てることが決まってね。そのためには父様の遊園地をつぶさなきゃいけなくなったの」
幼女の眉が悲しげに八の字に下がる。確かに大好きだった遊園地が廃園になるとなればそりゃ悲しいだろう。俺としてもこんな遊園地を潰すってのがあり得ないなと思わざるを得ない。
「勿論父様や従業員のみんなは反対したわ。それで署名なんかもとったりして嘆願もしたの。けれどね、相手が悪かったわ。そこのホテルのオーナー、当時はとても大きな財力を持ってる人で私たちの嘆願なんて簡単に蹴散らせるぐらいの力を持ってたのよ。結果強引に廃園は決まり取り潰し。私たちの夢の遊園地はこの世から消えてしまったわ」
そこまで言うと幼女は顔を歪め歯をギシリと鳴らした。そこには初め見たときと同じような冷徹な瞳と、そして確かな憎悪の色があった。
「この遊園地は父様と私の夢だったの。そしてそれを楽しんでくれる人たちが確かにいたのに……あの男は簡単に踏みにじった……それだけじゃない!父様は裏で追い詰められ自殺、いえ、殺されて、母様も同じように後を追って……保護者のいなくなった私を引き取って……許せなかったわ……だから私はあいつの言いなりのように『いい娘』でいてあげてそして目の前で死んでやったの。あいつの絶望に染まっていく顔は傑作だったわ!それでも私の怒りは収まらなかった。気付けば私はこの遊園地に居て、自在に人の夢の中へもぐりこめるようになっていたの。それを知った私がやるべきことは一つ……わかるでしょう?」
狂気に染まった瞳で幼女は言い俺に詰め寄ってきた。鼻先がぶつかる手前というところか、俺は後ずさりそうになるが後ろが壁なためすることはできず、結果微動だにせず幼女を見つめている。
「私はこの力を使ってあいつをここに招待し遊ばせてあげたわ。それこそただの遊園地じゃない。あいつを楽しませる気なんて鼻からなかったんだもの。あいつ、終始助けてくれ!すまなかった!ていいながらぐちゃにぐちゃになって、そしてゲームに負けた。だからほらあそこにあぁして魂を縛られ続けてるの。面白いでしょう?」
幼女が近すぎる顔を離し少し離れたところにある建物を指差した。それを見た瞬間背中に怖気が走った。
建物自体は綺麗でこの遊園地に相応しいものだ。しかしその窓から見える中身は違う。どこまでも赤黒く、そして凄惨な光景であった。既に男か女かわからないくらい血まみれになりながら窓を叩く無数のナニカ。それだけじゃない。うさぎだろうか?様々なファンシーな動物の着ぐるみがチェンソーやナイフ、色々な凶器を持ちながら逃げ惑うナニカを追まわし、逃げ遅れたものはその凶器でずたずたにされる。
狂っている。
俺は吐き気を催し口から出そうになったものをすんでのところで飲み込む。吐かずにはすんだが、おかげで喉が痛いし、口の中が胃酸のにおいで酸っぱい。気分は最悪である。が、まぁ吐かなかったことを褒めてほしい。
「あぁ多すぎてわからないかしら。あいつら全員あいつの家族とか裏で繋がりのあったゴミどもよ。やりすぎと思うかしら?あいつらは他にも色々あくどいことして多くの人の人生を台無しにしてきているんだもの」
当然の報いだわ。
途中で興味でも無くしたのか幼女は最後の一言を詰まらなそうに呟くと窓の縁に肘を付、例の建物とは別の方に視線を向けた。俺も幼女に習い視線の先に目をやる。俺としてもあんなもんこれ以上見ていたくないし、何より少し間違えばナニカと同じようになっていた可能性もあるわけで、そんな恐ろしい『かもしれない』を振り払うべく視線の先、夕日に照らされたパークを見下ろす。
しかし先ほどの光景を見てしまったこともあってか、最初に感じた綺麗だという感想とは別に、その光景が少し生々しい赤に見えてしまいどこか純粋に楽しめない自分が居た。
「それであなたの質問に戻るとね……私はこの遊園地の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいって思うようになったの。いえ……違うわね。そういう風な考えに戻ったってとこかしら。一通りの復讐を終えて残ったのは生前の、父様や多くの人たちが楽しんでいたあの時の気持ち。だからたまたま疲れ切っているあなたを見たときに、この遊園地で遊んでもらって楽しんでもらいたい、そう思ってここに呼んだの。ただそれだけよ」
幼女はこちらを見ることなくそう言った。俺は幼女に視線を向けてみるとその横顔はどことなく寂しそうに見えた。本当にコロコロと表情の変わる娘だ。いや幽霊というべきか。死後人は肉体を失ってしまいその魂がむき出しになってしまう。それにより色々と敏感になってしまう、というのをどっかで見たか聞いたような気がする。所謂眉唾物なのだが、彼女の様子を見ればそれも間違いではないんだろうなと思う。
「でね、あなたがここで楽しんでくれているのを見れて……うん、やっぱりこれが私の本当の本当の願いだったんだって確信したわ。だから……」
幼女は俺の方を見ると花が咲き誇るような可憐な笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
「……そうか」
俺は見惚れてしまった。メリーさん程ではないにしろこの幼女の笑顔が輝いて見えたのだ。
こいつは間違いなく人を憑り殺している。それは間違いない。先ほどの凄惨な光景を作り出したのがこいつなんだ。それを見て俺は間違いなく恐怖と嫌悪感を抱いてしまった。しかしこいつにとってそれは大切なことであり、ある意味無念であったことの一つなのだろう。でなければこうして死んでも尚彷徨い続けることなどなかったはずなのだから。
俺は復讐を否定はしない。
だって俺だって俺を使い潰そうとした前会社のやつらが憎くて仕方ない。些細な復讐ではあるがその会社を辞めてやった。今回はそれで済んでいる。だが少し間違っていれば俺も殺人に手を染めてしまうこともありえた。かもしれないたらればなんてそれこそ考え過ぎたって意味のないことではある。でもそういう可能性もありえたのだと思えばこの幼女のことは決して否定できない。
この幼女がどれだけ酷い目にあったのかはわからない。自身の夢であった遊園地を奪われた悲しみも、家族が追い込まれ死んでいった悲しみも、そして全てを奪い甘い蜜を吸っていたという男への憎しみも。俺は当人じゃないんだから、全てを聞いたわけではないのでわかりはしない。寧ろわかるのであれば俺も同様のことをしただろう。
「にしてもあなたが根ほり葉ほり聞いてこなくてよかったわ。もし聞かれていたら……もしかしたらまた飲まれていたかもしれないもの……さて、少し長話をしたかしら。あぁ、でもちょうどいいみたい。もうこのアトラクションも終わりのようだわ」
サラッと恐ろしいことを言われてが聞いてないふりをし外を見てみる。すると幼女の言う通り観覧車はもう終わりに差し掛かっていた。あと数秒もすれば1周し終わり扉が開くことだろう。そして出れば俺はこの遊園地の全てのアトラクションをクリアしたことになる。約束通りであれば俺はここから出してもらい元の世界に戻れるはずだ。
「ちゃんと出してあげるわよ?だからそんな微妙な顔で私を見ないでちょうだい」
「信じていいのか?」
「あら?なら信じなくてもいいわよ。これからどうなるかはあなた自身で確かめればいいのではなくて?」
確かに。敵と言うのにはちょっと微妙だがそんな相手に本当か?などと聞く方がおかしいか。俺は幼女の切り返しに苦笑する。そしてそれと程なくして観覧車は止まり扉が開く。
俺は先に観覧車を降り後ろを振り返る。すると幼女が観覧車の中から片手を差し出している。一瞬何やってんだこいつ?と頭を傾げそうになったが、すぐにエスコートしろと無言で言っているのがわかった。俺はそんなお嬢様にやれやれとため息を吐きながらもその手を掴みゆっくりと降ろす。
「さて、これで晴れて全てのアトラクションクリアよ、おめでとう。あなたはクリア特典としてこの世界から解放してあげます。あとは好きなタイミングで起きろと強く念じれば元の世界へ帰れるわ」
幼女はそう言い俺から手を放した。俺は手の中から幼女の手がなくなってしまったことに少し残念な気持ちになる。なんというかね柔らかくて気持ちよかったんだこれが。まぁその手を赤く染めていると思えば少々複雑な気持ちに並んでもないが。
「あぁ、それとあなた。私を幼女と呼ぶのはやめなさい」
「はぁ?」
「気付かないとでも思ったのかしら。あなたからはこうなんというか、まるで小さな女の子を見るようなくすぐったい視線を感じるのよ。しかも度々幼女がーとか言うのが聞こえていたから」
不覚。どうやら幼女に幼女と心で言っていたことがばれていたようだ。というか実際にこの幼女のことを幼女と口に出していたことを幼女は耳聡く聞いて……。
「もう!だからそれを止めなさい!しかも今の全部口に出ていたわ!あなたは淑女の扱いを覚えるべきよ!私の名前は……!」
ギギギ……ギシ、ギチギイギギギ。
幼女がそこまで言った時だった。不自然な金属音の様な異音が鳴り響いた。
俺と幼女はハッとし周りを見てみる。すると遊園地は先ほどまでの幻想的な雰囲気は消え去っており、どこか薄暗く不気味なものに変容していた。こいつ最後の最後で裏切りやがった!と俺は幼女の方を見てみると、幼女も同様に焦燥感をあらわにし辺りを見回している。
「ど、どういうこと?ここは私の世界。私だけの夢の世界。なんで?どうしてこんな……やめて、誰よこんな!私の遊園地はこんなじゃない!」
世界が塗り替わっていく。より黒く、より赤く。それはあの凄惨な建物のように。
俺はここにきてまた感じてしまった。命を付け狙われるそんな恐ろしい感覚だ。しかしそれは目の前の幼女からは感じない。ではどこあからか?そんなの簡単だ。至る所から、だ。
俺も幼女に習い辺りを見渡す。そこには未だ変化を続ける遊園地が映るのみ。不意に幼女の動きが止まった。そして視線はある一転を映しているようだ。
「な、なんで……、なんでお前がここにいるっ!!」
幼女は金切り声を上げ睨み付けている。
俺は幼女の視線の先に目向ける。
「やァ……ハハは、あい、ア、あイシあいあ、会いたかったよ!わがい、イとしのキヒ、キヒヒヒ……」
そこに居たのはあの建物の中で血まみれになっていただれか。相も変わらず誰であるかなんて判別のつかない酷い見た目をしている。だが幼女の様子から見るにこいつは恐らくオーナーだろう。
「お前はあそこに閉じ込めたはずよ!なんで出ているの?!あれだけ念入りに戸締りをして見張りもつけて……えっ?」
幼女は敵意をむき出しにしオーナーに向けて叫び声をぶつける。その勢いは凄まじい。しかし唐突に勢いがなくなりしりすぼみになっていく。
「なんで?なんであなたまでそこに?え?あれ?あなたは私の味方で……え?どうして?」
幼女は酷く混乱しているようだ。それもそのはず、オーナーの横にはいつの間にか様々な凶器を持ち追い掛け回していた着ぐるみたちがいたのだから。しかもその体は赤黒くどこまでも醜い姿へと変貌していた。
「キヒヒ、キ……ドウシエ?どうし?き、そソレはね」
オーナーは気色の悪い声を上げながらバッと両腕を広げた。それはさながら愛おしいものを受け入れる態勢だ。
「わ、ワタしが、お前をあ、アシテイルからだリオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
それを聞きあらゆる物陰からオーナーと同じような血濡れたナニカが迫ってきた。
人を呪わば穴二つ。
リオと呼ばれた少女は隣でただ震えていた。