メリーさん帰る 3戦目
一週間とは?
「いやぁ~……ごっつぁんです!」
「ばかばかばかぁああああああああああああ!!ごっつぁんですじゃないわよぉおおおお!!!」
「じゃあ……ごちそうさま?」
「あ、お粗末様です……じゃないわっ!!」
「じゃあなんて言えばいいんだよ」
「あたしファーストキスだったのぉ!30年くらい守ってきたものなのぉ!!ファーストキスは熱海の旅館で海と夜景を見ながらって決めてたのにぃ!!」
「また具体的っすね」
「それなのに……ぞれ゛な゛の゛に゛ぃいいいい!!酷いよぉぉ!!お嫁にいけないよぉおお!恨んでやるぅうう!もう一生憑りついてやるぅう!!!!うわああああああああん!!!!」
「どーどーどー。落ち着け落ち着け。あ、人参食べる?」
「あたし馬じゃないわよぉお!わあああああああああああん!!!」
あーあーあー。何ともまぁ騒がしいやつだ。
……いや、騒がしくさせた原因は俺なんで自業自得っすね。でもキスの件は故意じゃないぞ。本当にあんなに簡単にスポッと抜けると思ってなかったんだ。だってさ、こいつがふんぬふんぬやってて全然びくともしてなかったからさ、こっちからしてみればかなりの力が必要じゃないかと思うわけじゃん?
メリーさんは実は貧弱説とかあるかもしれんが、こいつの持ってたバールは普通に重いその辺に売ってるバールと似た感じだった。そしてそのバールをぶんぶん振り回していたわけだから決して貧弱というわけではない。平均的な筋力はあるはずだ。だから俺は相当力が必要だなと思ったわけだ。したらスポーンだぜ?そんなん予想できるかっての。
「まぁなんだ。アレは事故だ。不可抗力だ。俺たちの意志じゃない。つまりはノーカン、ノーカウントだ」
「ひぐっ……ぐすっ……のーかん?」
「そうだ。あんなのがキスなわけないだろ?キスって好きな人とするからキスなんだよ。だからお前のファーストキスはまだだ」
自分で言っておいてなんだが、無茶苦茶だなおい。
こんなんで納得できるわけないよな。
「そ、そうよ……ね……?あたしはまだファーストキスしてないのよねっ!ちゃんと熱海で理想のファーストキスができるのよねっ!!」
「お、おう」
「よかったぁ!よかったよぉおお!!」
おいおいおい、信じちゃったよ。
この子ちょろいよ。お兄さんちょっと心配になっちゃうんだけど。お菓子沢山あげるって言われてほいほい付いていきそうなぐらい不安なんだけど。
俺はいたたまれない視線をメリーさんに向ける。
金髪に白い肌、蒼い瞳に可愛らしい顔立ち。服装は不思議の国のアリスを思わせるような青いエプロンドレス。一昔前のヨーロッパに居そうな感じだ。胸は残念だが、それ以外は完璧な美少女だった。美少女って言葉はこいつのためにあるんじゃないかと思うほどだ。
「あ、そうだ」
メリーさんは何かを思いだしたかのように声をあげると、俺に向き直り正座をした。そして俺の顔を真っ直ぐに見る。
あんまり真剣に見られると照れるからやめれ……。
俺の心の声は勿論メリーさんには聞こえていない。メリーさんはそのまま真剣な表情のまま俺に頭を下げてきた。
「その……助けてくれてありがとう。あたし、あのままだったら一生壁として生きることになるとこだったわ。だからお礼。ありがとうございました」
「お、おう……どう、いたしまして」
驚いた。
おそらく今の俺の顔はポカーンと情けない顔をしていることだろう。でもそうなってしまう程に俺は驚いていた。
メリーさんて、俺のこと殺そうとしてたし、ギャーギャーと兎に角うるさかったから、てっきりこんなまともなことができるとは思っていなかった。まぁキスの件は完全にではないが一応こっちにも悪いなって思うとこがあったから仕方ないとして、それを抜きにしてもどう考えてもまともじゃないだろって思ってた。でも、きちんと助けてもらったらそのことに対してお礼を言えるだけの常識のある子だった。
うん。
今みたいな感じで出会っていたなら、俺はコロッといっちゃうね。今も少し揺らいだ。けど揺らいだだけ。やっぱりこの子は美少女で都市伝説で俺の命を狙ってた存在だ。そう簡単に傾くはずもない。
「でね、一応お礼としてね。あなたが気になることとか少しぐらいなら答えてあげようと思うの」
「気になることって……」
メリーさんはどうやら俺にいろいろ答えてくれるようだ。
確かにメリーさんてなんだよ、と気になるものはあるけど……急に答えてあげるってふられると何を聞いていいのかわからなくなるな。
何を聞こうか。
うーん……あっ、あったわ。
「メリーさんてさ」
「うん」
「今何歳?」
ピシッ。
部屋の空気が凍った感じがした。
やはりアレか。人間じゃなくても女性に年齢を聞くのはタブーだったのか。
でも仕方ないじゃない!!
だってメリーさん30年もなんちゃらかんちゃらーて言ってたのに見た目少女なんだもん。そりゃどうなってるのか気になるでしょ。
「じょ、女性に年齢を聞くのは……失礼だと思うの、あたし」
ピクピクと笑顔を引き攣らせながらメリーさんは言った。
心なしか体もふるえている。
なんだ、危ない薬でもキめてるのか?やっぱこいつメンヘラ――。
「メンヘラじゃないもん!!」
「ア、ハイ」
おうふ、心読まれた。
てかメンヘラに過剰反応しすぎだろ。必死で否定するってことはそういうことなのか?
……めっちゃ睨まれたんですけど。
メンヘラは話題に出さない方がいいな。てかこいつの前でメンヘラって思うのはやめといた方がいいな。
「あーほら、お前、30年くらいファーストキス守ってきたって言ってたじゃん?てことは最低30歳だろ。見た目は少女って感じでどう見ても30年以上生きているようには見えないんだが」
メリーさんは相変わらず笑顔を引き攣らせたまま。本当は答えたくないのだろう。だが、約束した手前答えないわけにはいかないのか、言いたくない乙女心との狭間で葛藤しているようだ。
数秒メリーさんは何かを言いかけては口を閉じを繰り返し、はぁとため息を付いた。
「……正確な年数はわからないけど。でもそれくらい生きている?わよ。自分を認識した時にはこの体。それから体の成長はないわ」
「1mmも?」
「ええ。忌々しいことに1mmも1μmも1nmもないわ!」
「裏をかいて縮んだりは?」
「縮みもしないわよ!!寧ろ少しでも変動があればまだ希望が持てたわっ!でも全く持って代わり映えなしよ!!身長の伸びる体操とかジムにも通ったりとか、あらゆる努力というのをしたわっ!!けど……けどっ!全く!これっぽっちも!伸びないのよ!!成長しないのよぉ!!」
「お、おう……」
メリーさんは自分の成長しない体にコンプレックスがあるのか、物凄い勢いでまくしたてた。しかも目にはみるみる内に涙を溜め、最後の言葉を吐き出した後ついに両手で顔を覆いわんわんと泣き出してしまった。
本当に怒ったり泣いたり忙しい奴だな……。
俺は改めてメリーさんの立っていた姿を思い出す。
うむ。
確かに身長は高くない。寧ろ低いと言える。高校の全校集会では一番前になるくらいには低い。おそらくもう一つのコンプレックスであろう胸も成長の兆しの見える大きさなだけで、成長がないのなら大きさはそのままで、いわゆる貧乳という部類に入るだろう。てか微乳だな。着る服によっては絶壁だろうな。
俺としては身長が低くてもここまで可愛いなら気にすることなどないと思っている。実際、メリーさんはある意味完璧な美少女だ。無理に身長を伸ばす必要などないだろう。
……いや。
俺はロリコンではないぞ。
どちらかと言えばお姉さん的な方が好みだ。
貧乳よりも巨乳を求む。
絶対にロリコンではないからな。
美少女は愛でるべきものだと思っている。
ていうか、お前、ジムにも通ってたのかよ。
なんか無駄にリアリティあって悲しくなってくるよ。お前の努力が涙ぐましいよ。都市伝説様って庶民的なのかね?
「で、他に聞きたいことは?」
メリーさんはまだ瞳に涙を溜めているが、落ち着いたらしい。他に質問はないのかと俺に促してくる。
そうだな。
……。
…………。
「ないわ」
「は?」
「だからない」
「いやいやいや!あるでしょ?例えばどんな能力があるのとか?!」
「んじゃそれで」
「適当っ!!」
だって急に質問ない?と言われてもそうそう出てこんわ。就職面接でも必ずある「何か質問はありませんか?」だって事前にその会社について調べて気になることを聞く。つまり事前情報がとても大事だ。だが、メリーさんに至ってはwiki先生で流し読みしたくらいで事前情報らしい情報なんてそんなない。まさかメリーさんに向かって「この対処法は効果ありますか?」なんて聞けないし、遠回しに聞くにしてもある程度考える時間が必要だ。今この段階でどう聞くかなんて考え付かない。だから他に聞きたいことはないと答えた。
しかし、メリーさんは俺の答えに納得がいっていないようで、自ら質問例を挙げてきた。
しかも自身の能力ときた。
教えてくれると言うなら是非聞こうじゃないか。
「まぁいいじゃん。で、能力って?」
「むぅ……なんか釈然としないわね……あたしの能力は『誰にでも電話を掛けられる』と『掛けた相手の後ろにワープする』よ。ワープっていうのは段階を踏んで徐々に行くことも出来るし、いきなり相手の真後ろに飛ぶこともできるわ」
「へぇ……」
「何よその興味なさそうな反応は!?折角教えて上げたのにっ!」
「いや凄いなぁ(小並感)」
「全然そう思ってないでしょ!!あぁもうあったまきた!!今日のところは助けてもらったから危害は加えないけど、明日からはそうじゃないんだからねっ!」
メリーさんはプンスカと怒りながら立ち上がり玄関に向かっていった。
そして扉を開けてこちらを向くとベーッとあっかんべーをしながら出て行った。
全く、嵐みたいなやつだ。
ようやく静かになった部屋で俺はベッドに横たわる。
昨日帰ってから空が白むまで延々とメリーさんの相手をしていたために俺は疲れ切っていた。なのでベッドに入るとすぐに瞼が重くなり耐え難い睡魔が襲う。だからメリーさんが帰り際に「明日からはそうじゃないから」という言葉を完全に聞き流していた。
「あっ……」
俺はかすむ視界の中床に置かれているバールに目が行った。
そういやメリーさん、バール……わす……れ……て…………。
そこまで考えてから俺は眠りについた。