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孤鬼伝  作者: 雪之進
4/4

四節

 振るう、振るう、振るう。

 棒を振り続けてどれだけ経ったのだろうか。少なくとも月が2度程満ちた気がしたのだが。

 春の暖かさは既に終わり、夏の直前の大暴雨が森を見事に濡らしている。

 そんな中、私は今日も木の枝を振り続けていた。最初に使っていた物は振っている最中に折れてしまい、それから何回また振り折って、今は6代目である木の枝を振るっている。最初は握りに若干違和感を感じたが今では気にならない。

 木の枝を振るい続ける中で、私は振るう音が聞こえるようになった。

 私が最初に聞いたヒュンと言う音はまさしく棒を振った音だ。アレは本来は鳴らない音だったのだ。

 剣を振る音は、静かなのだ。雨音に遮られる程に僅かなのだ。

 振るい、なるのは音らしい音ではなく、葉が風に流されるような、その瞬間の音だ。


 例え子鬼であろうとも、振るい続ければ見える物もある。

 この振り方は鋭い。だが、本当は最初の振りで終わる振り方ではない。

 これは振って、その後に振る動作の一部でしかない。その一部でしかない動作が、完成されているのだ。

 私はまだその域にはいけないだろう。と言うか、奇跡が何度廻ろうが辿り着けない物なのかもしれない。

 未だに木の枝で木を切断できない私では遠すぎる。あの猫背の男のように、確か──鉄で出来た机を割る様な振りには程遠い。あの人間なら木の枝で木を切り倒すくらいやってのける筈。

 私はまず、この動作を極めるとしよう。何処までも鋭く迅い一振りを見事極めてみよう。

 

 その為にも、私は体作りを怠らないようにした。

 最近では走る距離も増え、途中で険しい道を駆ける様に心掛ける事にした。今では森を一周するようにもなり、朝の準備に走るつもりが気が付くと昼であることも多かった。そのおかげか、最近はどれだけ動いてもなかなか息が上がらなくなってきている。

 もちろん走るだけではなく、腕がなくとも木に登る訓練も行っている。これがまたキツい。

 腕が片方しかないので体がずり下がりやすいし、足を必死に動かしたところで支えられる事は少ない。けれどもそのままではちっとも上がれないので、私は足を手にして上る事を考えた。──足にも指が五本あるのだ。しっかりと掴めば大丈夫だと思ったのだが、いかんせん。足の指で体を支えれる程力がなかった。

 その為、その訓練を行う為に別の訓練も始めた。──蔓で縛った石の蔓を足の指先で握りしめて、それを上下に動かすのだ。初期の頃は足裏が破れ、肉が抉れ、爪が砕けたり、指が折れたりと散々だったが、繰り返す内に次第に持ち上げる時間も、持ち上げられる重さも増えていき、今では私の顔程もある石でも容易に持ち上げられるようになった。……まあ、木登りはその頃には手だけで登れるようになったのだが。こう、隙間に引っかけてから、勢いを付けて跳ぶのを繰り返している内に登れるようになっていた。

 まあ、それはそうと不思議なのだが、最近自分は両腕がある時よりも肉が強靭になっている気がする。

 肉は食べる機会がほとんどないし、苦い、青臭い、ドロリな草が主食で、それ以外と言えば芋やむかご、後は豆くらいで、大した肉が付くような物は食べてはいない。後はせいぜい少し辛味がある匂いの強い草の根とか、すっぱくて誰も食べない木の実とかくらいしか食べていないんだが。……何故だろうか。

 まあ、そんな事は今はいいか。

 それよりも重要なのは木の枝を振るう事だ。

 いつも通りの真似を始める。体勢は低く、木の枝を握る掌は柔らかに、踏み込む一歩は力強く、その力を体を通して腕に流し、振るう木の枝に力を伝える。──この時踏み込みなしの場合、未だに木の枝は軽い音しか鳴らさない。踏み込みをしたとしても、音が鋭いのは3回に1回だ。

 ──まだまだダメだな。

 練習で100パーセント成功しない物が実践で役立つとは思えない。もうしばらく練習が必要だ。

 人の真似をするだけでしかないのにこの大変さ、そしてソレを歴史と言う形で伝えていく人間が強いというのはよくわかる。──やはり人間は恐ろしく、それ以上に素晴らしい。

 ああ、私も人間のようになりたいものだな。



 ◆



 それは突然の事だった。

 普段、この周辺に人間や魔物は来ない。生活圏から離れているというのもあるが、この周辺は森の主の縄張りが近い為、危険と判断されて殆どの種族は立ち入らない。木の皮に抉る様な4本爪の跡を見付けたら逃げろがこの周辺の合図だ。

 幸い私はギリギリその範囲外で巣を見付ける事が出来たので今まであの恐ろしい主と出会う事はなかったが、──本日はどうも運が悪かったらしい。

 目覚めると同時に巣から這い出た私が木の枝を延々と振るい続けていると、不意にどこからか声が響いてきた。うひゃぁぁっ、とか、ぴにゃぁぁっ、とか。そんな奇妙な声だった。

 その声の方に視線を向けると、今まさに三人組の人間が必死な表情で走っているところだった。

 それは、先日の三人だった。どうやらもう一度この周辺に来ていたらしい。

 ただ、先日とは姿がかなり違っていた。……いやまあ、先日のように落ち着ている訳ではないのでしょうがないが。

 オスなのかメスなのか分かり辛い魔術師は意識を失っているらしく、盾も剣も持っていない熊耳女が放すまいと抱きしめながら走っていた。その後を追う様に駆ける猫背男は、たまに後ろに何かを投げ付けながら、木々を何本も切断しているのが見える。──相変わらず、凄まじい。

 そこまで見て、不意に猫背男が後ろを見ていた理由が気になり背後へと視線を向けた。そして絶句した。

 そこにいたのは体長7メトルはありそうな巨大な狼で、その体毛は濡れたカラスの羽ような黒に、鮮やかな赤の毛が混じっている。鋭く、まるで刃物のような牙の間からは火色の吐息が漏れて、強靭な四肢には鉈のように分厚く、それでいて剃刀のように鋭い爪が存在している。尻から生えている三本の尾は、怒りに任せて動き回って周囲の木々を見事な程に砕いている。

 この森であの狼を知らない存在はいない。この森に長年主として存在している<闇狼・異常個体ダークネスウルフ・ミュータント>だ。……ちなみに、この名前は先代の長に聞いたものだが、どうにも背中が痒くなる名前である。

 それに追われているという事は縄張りに入ってしまったのだろう。あの狼は狩の時以外は自分を中心に決まった位置までしか行動をしない。だからその縄張りに入らなければ恐ろしいが、決して手を出すことのない穏やかな狼だ。その証拠に、自分の周囲に存在する木々に縄張りの証明である証を付けて警告してくれるのだから。

 だが、縄張りに入った場合は話が別だ。一度入った物を食い殺すまで止まらない最悪の生き物となる。

 過去に南から来た子鬼の突然変異個体が自らを王として万を超える軍勢をもってこの森を超えようとしたところ、僅か一匹の狼によって一欠片の慈悲もなく食い殺されたのは懐かしい思い出だ。そういえばあの時他の子鬼は震えていたが、私だけはどうにも憧れたんだったか。尤も、種族が違うのですぐに忘れたが。

 ……それはそうと、このままだとあの三人組は食い殺されるだろう。

 別段何も感じる事必要などない。と言うか、別段何も感じてはいない。

 けれども、あの三人があのまま逃げた場合、あの集落が潰れる可能性がある。

 それは嫌だった。一時期だけの長だった私が、曲がりなりにも平穏に集落を守れたのはあの村の人間達のおかげとも言えるのだから。子鬼であるが、私は義理堅い、そういう風に生きたい。

 だけれども、自分の命を捨てるつもりはないので、まあ、なんというか。

 ──犠牲になってもらうとしよう。あの三人組には。

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